16.(前編)
宿場町にある高級宿で最上級の部屋に宿泊し、朝食を美味しく頂いてから、本日も朝から、豊かな農村地帯にある小さな農村を訪れている、俺とアレク。
前日と同様に本日も村長宅の前にある広場にて、俺たちは、公式な調査役としての職務を遂行してる姿を、村人たちに見せつけていた。
勿論、今日は、可愛らしいメイド衣装を装備したグレンダさんも、同行している。
アレク専属の小間使いという名目で連れて来ている訳だが、ここでは特に担当する仕事はなく、アレクの後ろに控えているだけ、だった。が、かなり目立っていた。
当然、俺とアレクは周囲の反応を平然と知らん振りしてスルーする訳だが、村人たちの視線は、チラチラとグレンダさんの方へと向かう。
好奇の視線に晒されているグレンダさん本人は、物凄く、居心地が悪そうだった。
そんな外野の様子はそのまま放置して、俺とアレクは、村長のフレデリクさんと打ち合せ中。
昨日は、出迎えてくれたフレデリクさんに概要説明を受け、いざ被害者の皆さんからヒアリングしようと移動を開始する直前に、ダレン氏という意地の悪い村の長老さんに邪魔された訳だが...。
今日は、ダレン氏が多忙なのか不在だったのか、現時点では、特にこれといった妨害は入っていない。
我々の来訪は、村長を通じて村人に事前告知されている筈なので、ダレン氏も知らない訳ではないと思う。
何かを企んでいるのか、完全に舐められているのか、判断に迷うところだ。
まあ、今日は邪魔されても引き上げるつもりは全く無いので、来るなら来い、といった感じなのだが。
「えっと。水あたりを起こしたと自己申告している村人たちが、自宅で療養中なのは変化なし?」
「はい」
「その原因とされた井戸に、昨晩は特に異常等は発生していない?」
「はい」
「その井戸に何らかの細工をしたという容疑を掛けられた村人たちは自宅待機を継続中?」
「はい」
「つまり。状況に変化はなく、その後は特に追加でトラブル等も発生していない、と?」
「はい。左様でございます」
「成る程。流石、フレデリクさんは優秀な村長さんですね」
俺は、村人たちの前で、公衆の面前にて、村長のフレデリクさんを持ち上げておく。
フレデリクさんは、無言で、唯々、深く一礼して、謝意を表明するのみ。
うん。本当に、出来た人、である。
「では。念のために、井戸の水質を再検査してから、自称被害者の方々からお話をお聞きした上で必要に応じて治療を行い、最後に、暫定容疑者の皆さんに事情を伺った上でその処遇を決定する、という段取りで良いですか?」
「はい。問題ございません」
即答するフレデリクさんに、ざわつく周囲の村人たち。
俺は、ここで初めて、この小さな広場に集まっていた村人たちの方へと視線を向けて、ゆっくりと見回した。
グレンダさん効果で少し浮ついていた村人たちの雰囲気が、一気にピリッと引き締まる。
「村の皆さんも、この段取りで構いませんよね?」
「「「...」」」
「異議がある方は、速やかに申し出て下さい」
俺は、静かになった村人たちの顔を、一人ずつ、ゆっくりと見ていく。
何人かは、慌てて首を振ったり、引き攣った顔で固まったりしていた。が、特に異議のある村人は、居ないようだ。
俺は、改めて村長のフレデリクさんの方へと向き直り、その目を見ながら話し掛ける。
「ああ、そう言えば。今回の騒動で容疑を掛けられた人たちに、何か、共通事項はあるのですか?」
「...はい。御座います」
「あるんですか...。ちなみに、その内容は?」
「全員が農地を持たない村の若者で、辺境の開拓村への入村を希望していた者たちです」
「ふう~ん。それは、また」
「申し訳ございません。村としては、若者たちの挑戦を支援するよう推奨していたのですが...」
「まあ、領都からの通達も届いていた訳だから、普通であれば露骨な妨害行為は出来ない筈だよね」
「はい。ただ、結果的には、村から安価な人手が減る事になりますので」
「まあ、確かに、そういう事があるかもしれないね」
「はい。ですから、不利益を被る事になる可能性がある数名の大地主たちには、領主さまのご意向である旨をキチンと説明しております」
「うん。ご苦労さま」
「いえ、当然の事ですので...。ただ、極端な人手不足になる農地が出来ないよう人員の再配置など調整もしたのですが、それでも一部の方からは不満の声が出ておりまして」
「まあ、労働条件が悪かったり、雇用主が慕われていなかったりすると、そこから抜け出して新たに挑戦しようと考える者が多くでる事もある、だろうからね」
「...」
「う~ん。という事は、もしかして、被害者も容疑者も同じ地主に雇われている人たちだったりする?」
「その、容疑が掛かっている者たちの一部は、被害にあったと申告している者たちと、同じ地主の元で働いてはおりますが...」
「ダレン氏の所、かな?」
「...」
「成る程。よく分かりました」
沈痛な表情で、無念そうに項垂れる、フレデリクさん。
バツの悪そうな表情をして顔を見合わせる、一部の村人たち。
まあ、ある意味では杜撰な狂言というか、外部の手が入ると容易に綻びてしまう程お粗末な企み、といった結末が待っていそうな状況だった。
「それでは、村長さん」
「はい」
「まずは、井戸の水質の再検査から、始めましょうか」
「承知致しました」
俺は、昨日も確認した井戸へと向かうべく、フレデリクさんを促す。
その結果。
村長であるフレデリクさんを先頭に、俺とアレク、メイド少女のグレンダさんと続き、その後を村人たちがゾロゾロと付いて来る、といった構成の移動集団が出来上がったのだった。