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15.(後編)

 ローズベリー伯爵領とペンブルック伯爵領のそれぞれの領都を結ぶ王国の主要街道の一つに設けられた、農村地帯のど真ん中に位置する宿場町。

 当然、数多くの宿が軒を連ねている訳だが、その中に一軒だけ、別格の高級宿がある。

 俺とアレクは、朝に出立したその宿に、再び、宿泊していた。

 ただ、今回も予約などせず訪れた筈なのだが、本日は最高級の一室が確保されていた。

 今日の朝、宿を引き払う際には、用事を済ませたらそのまま領都に戻る予定、と告げていたのだが...。


 まあ。この部屋が空室だったのか空室にしてくれたのかに関しては、特に問うまい。

 が。この部屋の隅っこに、専属の可愛いメイドさんが配備されていた点については、是非とも問いたい。

 そう。この広い部屋の中、出入り口の扉に一番近い(すみ)の壁際に、メイド少女が居た。

 一般的な大人なメイドさんとは違う可愛らしいメイド服を着て、直立不動で、壁際に立っている。

 顔は無表情を保っているが、よくよく見ると足がプルプルと微妙に震えていたりする。

 うん。これは、アウトだろう。


「えっと、アレク。あれ、どうすれば良いんだ?」

「宿からの心尽くしの贈り物でしょうから、アルが美味(おい)しく頂けば?」

「おいっ!」

「大丈夫ですよ。後腐れもない人選がされている筈、ですから」

「いやいや」

「しかし。宿の方も心得たもので、アルの好みがリサーチされていますよね」

「へ? どの辺が?」

「美人で、少し年上で、無表情」

「な、何故に?」

「早くも、ラヴィニアさんを優遇しているという情報が、広まっているのでは?」

「...」


 壁際の隅っこで、更に小さく縮こまってガクブルしているメイド少女さん。

 そんなメイド少女さんを横目に、言葉で軽いジャブの応酬を繰り広げる、俺とアレク。

 他人事であれば少しは笑えたかもしれないが、全く洒落(しゃれ)にならない状況だ。

 さて、どうしたものか、と俺が頭を悩ませている、と。

 アレクが、スタスタスタと足早にメイド少女さんの方へと歩いて行った。


「お嬢さん、アルのお(めかけ)さん志望ですか?」

「ちゃ、ちゃいます!」

「こういうお仕事は、経験が豊富な人なのかな?」

「は、初めてですって!」

「う~ん、アルが初体験か。それは、可哀そうに」

「え、ええっ! そんなに酷い人なんですか? ま、まさか、こんな服装もご主人様の趣味?」


 何やら、聞き捨てならない会話が交わされていた。

 しかも。何とも、不本意な誤解まで、生じている様だ。


「な、なんで、こんなことに...う、うわぁ~ん」

「おいおい」

「...」

「勝手に、人を変態扱いするんじゃない!」

「...」

「って言うか、私が君を呼んだ訳では無いだろうが...」

「すいません」

「アレクも、悪ふざけが過ぎるぞ」

「申し訳ありません」


 アレクは、ニコニコと笑った顔のままで、反省した素振りは全く見えない。

 しかし。エカテリーナさんの魔法少女といい、この子のメイド少女といい、この世界では妙なところに日本のサブカルチャーが息づいているよなぁ。

 まあ、それはさて置き。取り敢えず、俺は、メイド少女さんの事情聴取から着手する事になったのだった。


 * * * * *


 王国の主要街道にある宿場町の高級宿で、最上級の部屋に泊る。

 質素倹約と質実剛健がモットーと言えなくもない環境で長らく過ごしている俺にとっては、少しばかり敷居が高いのだが、人間慣れればどうにかなるものだ。

 そう。フリフリでひらひらなメイド服を着たメイド少女による給仕も、慣れてしまえば特に気にもならない。


 俺とアレクは今、俺が常に装備している小さな革鞄(ポーチ)から取り出した書類の山を、手分けして精査していた。

 その外観とは裏腹にかなりの収納量を持つアイテムボックスである俺のポーチが、今回も大活躍、だ。

 領都の領主館にて事前情報として準備されていた書類の山を、俺は、サクッと一通り目を通した後で丸ごと収納して持って来てしまった訳なのだが、それが今ここで役に立っている。

 まあ、普通は、この分量の領地経営上の機密書類や公式な報告書など、外に持ち出す事は無いだろうし、持ち出そうとも思わない。

 持ち出すにしても、紙の書類は嵩張る上に結構な重量になるので、分量的にも重量的にも制限を大幅に緩和してくれるアイテムボックスがあるからこその、荒業だ。

 大量の書類の束を取り出すところを見ていた、メイド少女のグレンダさんも、目をまん丸にしていたくらいだから、一般的な所業ではないと言えるだろう。


「アレク。そっちは、どんな感じだ?」

「予想通り、といった所かな」

「あの悪役面した貫禄十分なご老体に、何か不正の痕跡でもあったか?」

「いいや。搾取はしているのだろうが、ギリギリで不正は回避している、といった感じだな」

「う~ん。強権発動には無理がある、って事か...」

「そうだな。だが、()き使っていた若い小作農たちがアルのお陰で開墾が進んだ開拓村に入植するのを妨害していた、というのは間違いなさそうだ」

「であれば、その線から攻めてボロが出るのを待つ、といった方向性になるか...」

「ああ、そうなるな。ただ、他にも、もう二つ三つは、手札が欲しい処だな」


 村長であるフレデリクさんに、何かと盾突いていた村の長老の一人でもあるダレン殿と呼ばれていた人物に対して、如何にして揺さぶりを掛けるか。

 俺とアレクの二人は、そんな命題に取り組んでいた。

 二人で手分けして、過去の記録やデータをひっくり返し、そこから読み取れる事実を組み立てて更にその裏付けを行う、という作業を繰り返している最中なのだ。


 ちなみに、現時点では普通に給仕役を(まっと)うしている、この部屋の隅の壁際に装備されていたメイド少女は、グレンダさんというお名前で、高給に釣られて内容もよく確かめず今回の臨時仕事に応募して来た、素人さんだった。

 ただし。この町でも、ローズベリー伯爵領でも、玄人(くろうと)さんという職業は公式には認められていないので、宿の主人も、愛想をふりまき部屋に花を添える役として雇っただけだ、と申し開きをしていたのだが...。

 まあ、そんな大人(?)の事情は、さておき。

 ご本人の話では、グレンダさんは、身寄りのない独り身で、主に日雇いの臨時仕事で苦労しながら生計を立てている、という事だったので、暫くの間、アレク専属の小間使い(雑用係)として雇うことにした。

 このまま放置すると、いつかは何かの事故に巻き込まれている未来がまざまざと見えて、俺には見て見ぬ振りが出来なかったのだが、アレクには渋い顔をされた。

 ので、嫌がらせも兼ねて、宿の主人が何故か所有していた同じ衣装も併せて二セットを買い上げ、グレンダさんに制服として支給しておいた。

 アレクだけでなく、グレンダさんにも困惑顔をされた。ので、少し早まったのかも知れないが...。


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