13.(後編)
近隣では一番大きな町だが村に毛が生えた程度の規模しかない小さな田舎町の、早朝。
長閑で小さな町にある唯一の宿屋、その中庭で、俺たちは、朝の鍛錬中だった。
ちょっとした気紛れ、という奴だ。
というか、何となく早朝に目覚めて宿屋の中をぶらついていると、たまたま冒険者の二人が朝練をやっているのに出くわしたので、俺も飛び入りで参加してみた、といった感じだ。
この二人、見た目とは裏腹に、結構、生真面目なんだよなぁ。
それぞれの得物である大剣や剣などを手にして、只管に、素振りを続ける。
適度な汗をかいたところで、朝の鍛錬は終了、となった。
これも何かのご縁だろうと、本日は、特別サービスで、お湯版のヴァッシェンを振舞っておいた。
三人とも、体が温まった状態で汗も落とせてスッキリし、中庭の手近な場所にあったベンチに座って、休憩中。
デュークさんは、姉であるエカテリーナさんに良いように煽られ、体力の限界まで身体を動かしたお陰で、ヘロヘロの放心状態。
今日も魔法少女なエカテリーナさんは、余裕の表情で、そんな弟を楽しそうにニコニコと眺めている。
俺は、そんな二人を微笑ましく見ていたのだが、丁度良い機会なので少しばかりお願い事をしようかと思い立ち、エカテリーナさんに話し掛けることにした。
「エカテリーナさん。今回の依頼は、行きも帰りも慌ただしくて、すいませんね」
「いいえ。冒険者稼業なんて、こんなものよ。まあ、リチャード様からのご指名だし、報酬は悪くなかったから、気にする必要ないわよ」
「そうであれば、良いのですが...」
「まあ、討伐じゃなく探索なんで成功報酬もないし、日当制なのに想定より日数が少なくなったから手当は多くなかったけど、今回はリチャード様からのご指名だったので箔付けになったし、ボーナスも弾んでもらったので、トントン、ってとこかな」
「ははは...」
「それに、パーティーを組んだメンバーも良い人達ばかりで楽しかったから、割りと良い依頼だったわ」
「それは、良かったです。それに、ラヴィニアさんとは、仲良くされてましたよね?」
「あの子も、最初は余りにもお貴族様然としたお嬢様にしか見えなかったので、少し距離を置いてみたのだけれど、話してみると良い子だったし、冒険者と見下すことも無かったからね」
「極端な猫好き、というか...」
「あれはあれで、微笑ましくて可愛らしい年相応な感じなので、良いんじゃない。私からすると、彼女は妹みたいなもの、でもあるしね」
容姿と恰好は幼い女の子路線だけど、表情は大人の女性なエカテリーナさんが、くすくすと笑う。
一部の評判や第一印象があまり良くない傾向にあるのは、彼女が師匠と慕う人物が諸悪の根源のような気もするが、まあ、色々と事情があるのだろう。
リチャードさんから聞いた彼女の経歴を考えると、何か力になりたいとも思うのだが...。
「ところで。ローズベリー伯爵閣下が、私に何の御用ですか?」
「ははは。流石、凄腕の冒険者さん、ですね」
「はい、はい。煽てても、何も出ないわよ。どうせ、ラヴィニアさんの事でしょ?」
「まあ、そうです」
「どうせ、リチャード様から、私の家庭の事情についても聞いているのでしょね」
「ええ。すいません」
「別に良いわよ。これでも、一応は、プリムローズ家に縁ある家系の出ではあるので、心づもりはしているわ」
「ありがとうございます」
「で、何をすれば良いの?」
「あの、あくまでも、侍女としての教養を持ち教育と訓練も受けている冒険者さんに、という趣旨での依頼の打診ですので、都合が悪ければ断って頂いても構わないし、報酬に不満があれば言って下さい」
「はい、はい。妙なところに、律儀よね」
「いえいえ、エカテリーナさん程では」
「はいはい。だから、煽てても、何も出ないって言ってるでしょ」
「すいません」
「それで?」
「えっと。エカテリーナさんに、ラヴィニアさんの護衛と相談役も兼ねた侍女として、暫くの間、付き添っていて欲しいのですが、如何でしょうか?」
「ふ~ん。で、報酬は?」
「一日当たり、今回の五割増し、で如何ですか?」
「何それ、そんなにヤバいの?」
「いえ。ラヴィニアさんの周辺は、当家の関係者で固める予定ですので問題は無い、とリチャードさんから聞いています」
「なら、何で?」
「エカテリーナさんには、ご実家の男爵家からの人員という体裁をとって頂くので、その迷惑料という事で」
「はい、はい。それで良いわよ」
「ありがとうございます」
「けど、私、ここ数年はずっと冒険者暮らしをしてたから、侍女のお仕着せは勿論、貴族の令嬢としての衣装や小物なんか、何も持っていないわよ」
「大丈夫、です。リチャードさんに、抜かりはありません」
「いや、まあ、そうだとは思うけど」
「私がエカテリーナさんの了承を取れば、領都の領主館には準備が整っている、という話でした」
「はあ、そうですか」
「本当に、見かけによらず、細かい所まで目が届くよね。リチャードさん」
「そうね。何だかこちらの行動を読まれているようで腹が立つけど、色々とお世話になっているのは確かだから、文句も言えないけどね」
「そうなんですよ」
「あなたも、苦労するわね」
「ははは...」
こうして、エカテリーナさんが、引き続き、ラヴィニアさんの支援にあたってくれる事となった。
ちなみに。
デュークさんは、本人への意思確認がされる事もなく、エカテリーナさんの行動に引き摺られる形で、ラヴィニアさんの周辺警備にあたる人員の一人として組み込む事が決まったのだった。
* * * * *
本日、俺たちは、二泊した領都の領主館から、それぞれの目的地に向かって出立する。
一昨日の夕方に領都に着き、昨日はそれぞれに忙しくそれぞれの準備や対応に追われ、今日は朝から慌ただしくそれぞれの目的地へと向かって旅立つ。
俺とアレクは、ローズベリー伯爵領の北西地域にある農村地帯へ。
女性陣にデュークさんを加えた他の皆さんは、王都にあるノーフォーク公爵家の邸宅へ。
方角がほぼ正反対なので、ここ、領都の領主館の前で、一旦は分かれることになる。
「アルフレッド様、お世話になりました」
「ははは。ラヴィニアさんは、大袈裟だな。私は、お世話という程の事はしていませんよ」
「そうでしょうか?」
「ええ。ラヴィニアさんには私の仕事の手伝って頂いた上に、手料理まで振舞って頂いたので、寧ろ、私の方がお世話になった、と言えそうですよね」
「そうですか。色々とご迷惑をおかけしたので、お役に立ったのであれば嬉しいです」
「勿論、物凄く助かりましたよ。暫くは、王都で頑張って頂くことになるようですが、また、お会いしましょう」
「はい。それでは、お先に失礼致します」
ラヴィニアさんが、丁寧に一礼してから、ローズベリー伯爵家で用意した馬車へと乗り込む。
そのラヴィニアさんの腕の中には、白猫ドラゴン。
当然、という顔で、ラヴィニアさんに抱かれたまま、俺をチラリと一瞥して馬車の中に消えた。
侍女のミッシェルさんが、俺に目礼してから、その後に続く。
もう一人の侍女の...エカテリーナさんは、化けたなぁ。
「どうかしら?」
「うん。完璧な、できるオーラが漂う優秀な侍女、ですね」
「そうでしょ」
「はい。頼もしい限り、です」
「わたくし、出来る女、ですから」
「そうですね。そのまま、ノーフォーク公爵令嬢の侍女として、就職されては如何ですか?」
「そうねえ。悪く無い話なんだけど、デュークがねぇ...」
「まあ、急いで結論を出す必要はないので、ご検討くださいな」
「はい、はぁ~い。では、ローズベリー伯爵様、失礼致します」
冒険者から侍女へと見事にジョブチェンジしたエカテリーナさんも、馬車の中へ。
そして。馬車の周囲を見回してみると、護衛の中に、デュークさんの顔もあった。
馬車のドアが丁寧に閉じられ、馬車を囲んだ隊列が、王都へ向けてゆっくりと移動を開始する。
暫くの間、俺は、その一行が離れていくのを見送った。
何となく、一仕事終えた後のような感慨に浸りながら...。
さて。
俺も、厄介なトラブルが発生しているらしい農村に、向かうとしますか。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
また、ブックマークと評価、ありがとうございます。もの凄く、励みになります。