13.(中編)
辺境の名もない開拓村から領都に向かう馬車の旅、その旅程の中間地点。
距離的には、まだ辺境に程近い場所に位置するのだが、この町までは意図的に整備されていない荒れた田舎道が続くこともあって、領都との中継地点となっている宿場町。
ここは、近辺で一番大きな町ではあるが、村に毛が生えた程度の規模しかない小さな田舎の町、だった。
そんな、長閑な町にある唯一の宿屋に、俺たちは、宿泊していた。
それも、俺たち以外には宿泊客がいない、という貸し切り状態、で。
「アルフレッド様。申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
「はい。確かに、お預かり致します」
と、ミッシェルさんが俺に預けて行ったのは、白猫ドラゴンだ。
ラヴィニアさんとミッシェルさんが入浴その他諸々の用事を済ませている間、俺が預かる事になったのだ。
勿論、俺が積極的に預かる方向で話を持ち掛けた、その結果、だったりする。
そう。
馬車の中で、俺が大汗かきながら弁明していた際に、念話で漏らした意味深な科白の意図を追及するために、敢えて、この機会を作ったのだ。
宿の部屋に、俺は一人で居た。白猫ドラゴンのエレノアさん、一匹と一緒に。
寝室とは別にある居間の、応接セットのソファーに、向かい合って座る。
何だか、白猫ドラゴンの態度がデカい、ような気がするが、気の所為だろうか...。
「さて」
『...』
「エレノアさんには、ラヴィニアさんの白っぽい銀色のオーラが見える?」
『...』
「見える、んだよね?」
『...』
「あれは、何?」
『...』
「誰にでも見えるものではない?」
『...』
「えっと...そうだな。ヒゲを何本か、切ってみようか。うん、そうしよう」
『止めんか』
「確か、髭剃り用のナイフが何処かに...」
『はあ...。わかった、分かった』
「で?」
『魔力の残滓、じゃ』
「魔力が、無意識に漏れてる、って事か?」
『放出しているのではなく、体内を循環している魔力の残像的な物が、見えているんじゃ』
「ふう~ん」
『...』
「エレノアさんにも、ラヴィニアさんが、白っぽい銀色のオーラを纏っているように、見えている?」
『ああ、そうじゃな。綺麗だと思うぞ。白銀のオーラは、珍しい。白銀のドラゴンが稀少なのと同じ、じゃのう』
「間抜けなドラゴンの方は、おいといて。オーラの色に、意味はあるのか?」
『ふん。ラヴィニアのような綺麗な色は、治癒魔法に特化した者に見られるようじゃな』
「魔法能力が高いことも、条件?」
『当然じゃ。能力が低い者には、魔力の残滓が見える程は出んよ』
「成る程」
『ぬしには、妾がどう見えておる?』
「う~ん。稀に、小さな竜の形で、虹色の七色くらい綺麗な色の混じったオーラの様な靄っとしたものが見える、かな」
『ふむ。妾は、普段は魔力を抑えているんじゃが、おぬしには見えるのか...』
「ま、まあ、な」
『常人には、見えぬ筈じゃが?』
「そ、そうなのか?」
『まあ、良い。妾は、全ての属性において高い才能を持っておるので、綺麗な虹色に見えるんじゃ』
「という事は、俺も、虹色に輝いている、って訳だな?」
『...』
「ん? 違うのか?」
『いや、おぬしは...まあ、そんなものであろうよ』
「へ? どういう意味?」
『特に意味はない。ところで、おぬしには、他にオーラが見える者は居るかや?』
「あ、ああ。ご隠居様と、執事のリチャードさん。この二人には、時々、見えることがあるかな」
『うむ。あの二人か。確かに、人族にしては、常人離れした魔力と体力の持ち主、じゃな』
「そうなんだよねぇ~。因みに、俺も、人族だぞ?」
『それはそうであろうよ。まあ、少しユニークではあるが、の』
「ええ~、そうなんだ。どの辺が?」
『多少は規格外なところもあるが、人族の範疇、じゃな。妙な知識が、気になると言えば気になるがの』
「ははは。そこは、褒めようよ」
『ふん。で、あの、マッチョな二人は、おぬしに、どう見えておるんじゃ?』
「そうだねぇ。ご隠居様は、透明感のある真紅のオーラ、かな」
『まあ、そうじゃろうな。火系統の魔法の能力が高い、というか特化型じゃな』
「へえ~。まあ、その傾向はある、かな。他にも、何か色々と、裏技を隠してそうだけど...」
『そうかもの。オーラだけでは、分らんこともある。で、執事の方はどうじゃ?』
「う~ん。リチャードさんは、微妙なんだよな。薄い黄色というか黄緑というか、光の加減で分かり難い色のオーラ、なんだよな」
『おぬしも、まだまだ、じゃの。あれは、透明感のある黄緑色で、火と風の二系統が突出して秀でたタイプ、じゃな』
「へえ~、そうなんだ。そう言えば、リチャードさんが魔法を使っている所は、見た事が無かったよな、俺」
『ふん! これで、満足かえ?』
「あ、ああ。ありがとう」
『では、くれぐれも、念話の件は、秘匿するようにの』
「あ、ああ。勿論」
『であれば、そろそろ、妾の迎えが来る頃じゃから、そこの机にでも座って、お仕事とやらを片付けてはどうじゃ』
「お、おう。そうするよ」
俺は、部屋に備え付けの立派なデスクに持参した書類の束を広げて、決裁処理に取り掛かった。
白猫ドラゴンのエレノアさんは、ソファーに寝そべって寛いでいる。
何となく理不尽な気もしたが、まあ、猫という事になっているので、仕方がない。
そんな邪念も消えかけて、俺が書類仕事に集中し始めた頃に、ミッシェルさんが、白猫ドラゴンを引き取りに来た。
頻りと恐縮するミッシェルさんに、俺は笑顔で、用事の済んだ邪魔者をお返ししたのだった。