13.(前編)
朝。辺境伯の屋敷、自室のベッドの上で、俺は目覚めた。
うん。やはり、馴染んだ寝床での睡眠は、快適で疲れが取れる。
現在の俺は、野宿や不眠不休が数日続いた程度では、全く支障は無いのだが、熟睡できていなかったのもまた事実だ。
まあ、この世界で、この身体での生活を始めてから、記憶にある限りでは、三年余り。
中身の実年齢と実力や過去の実績は別として、公式には十五歳という事になっている現在の俺の身体能力は、俺の知識や記憶の中の一般的な人類と比較すると、かなり高性能なのだ。
ただし。肉体的な疲労は別として、快適な自室のベットで通常通りに寝起きするのは、やはり、気持ちが良いものだった。
結局。白猫ドラゴンのエレノアさんが爆誕して仲間に加わったその後、俺は、荒野への探索も兼ねた討伐隊のメンバー全員に対して、内心では大汗を掻きながらも表面上は取り繕って毅然とした態度での説明と任務完了の宣言を行い、異論や追及を受けることもなく、帰路についたのだった。
探索の四日目からは、周囲を注意深く観察しながら、行きとは少しルートを変えて移動し、もう一日の野営を挟んで、五日目の夕方には屋敷へと無事に帰還した。
ご隠居様とリチャードさんへの報告を、タジタジとなりながらもアレクのフォローを随時受けながら何とかやり遂げて、一連のミッションは完了、と相成った。
うん。お疲れ様、という奴である。
いや、まあ。猛烈に今後が気になる事項も多少は残ったが、取り敢えずは、危急の課題は片付いた、と思いたい。
というか、無理矢理にそう思う事として、昨日はぐっすりと休ませて貰った。
この地に、平和が戻った。
隣国の動向は気になるが...リチャードさんに、細工その他の対応を纏めてお任せ中。
俺にも、平穏な日々が訪れる。と、良いのになぁ...。
「おい、アル。起きたのなら、行くぞ」
「あ、ああ。今から行くよ」
ご隠居様との、朝食も兼ねたミーティング、だった。
俺の部屋まで迎えに来てくれたアレクと共に、俺は、ドナドナされる子牛の気分で、食堂へと向かうのだった。
* * * * *
そして、今。俺は、優雅な馬車の旅を、満喫していた。
訂正。
優雅に満喫しているふり、をしていた。気分的には、...だったが。
同じ馬車の中には、アレクと、ラヴィニアさんとミッシェルさん。
同行は、この伯爵家の馬車の御者と、騎馬の護衛が五名。
ただし、護衛の内の二名は、エカテリーナさんとデュークさん、だったりする。
行先は、領都。ローズベリーの街。
目的は、三組で、それぞれに、異なる事情があった。
一番単純なのは、冒険者の二人。で、役目を終えての、拠点とするローズベリーの街への帰還。
予定通りなのは、ラヴィニアさんとミッシェルさん。で、ラヴィニアさんの養子縁組を成立させるべく王都に向かうために、まずはローズベリーの街で事前準備。
想定外なのは、俺とアレク。で、何やらローズベリー伯爵領の別の地域で厄介な問題が発生した、との知らせを受けたご隠居様とリチャードさんから、問答無用で仕事を押し付けられての領都行き。
一仕事片付けたのに、休む間もなく、次の課題が降って来る。
とほほ、な気分だった。
俺の、辺境スローライフは、何処に行った?
まあ、他の二組も、もう少し辺境伯の屋敷でゆっくりして貰っても良い処を、俺たちの余波を食って慌ただしい領都行きとなってしまった感もあるので、そちらに対する申し訳ない気持ちもあり、気分は絶賛下降中、だった。
一時はどうなる事かと心配したご隠居様の体調も、荒野から帰ってみれば、元気溌剌でピンピンしていたので一安心だと安堵していたら、この仕打ち、だ。
病気療養中であっても、ご隠居様がスパルタなのは、変わらなかった。
まあ、無理をされても困るので、俺に仕事を回してくれて良いのだが、何だか敢えて難しくして無茶ぶり状態を意図的に起こしているような気が...。
「アルフレッド様、無理をされていませんか?」
「?」
「何だか、無理矢理、楽しいフリをされおられるような...」
「そ、そんな事は、ない、ですよ」
「そうでしょうか?」
「はい。本当に」
「あの、わたくしと一緒なのがお嫌なのであれば、わたくしは馬に乗り換えても良いのですが...」
「いやいや、そうじゃなくてですね」
「...」
「ラヴィニアさんとご一緒できるのは、嬉しい、のですよ。ただ、今回の領都行きの経緯が、少しばかり不本意だったもので、ね?」
「わたくしが、もう少し愛想のよい、場を和ませられるような性格であれば、アルフレッド様も...」
「いやいや、ホント、ラヴィニアさんに不満など無いですっ、て。ラヴィニアさんと一緒に居ると、ほんわかと和やかな気分になれるので、是非、ご一緒させて下さい」
「でも、わたくしのような行き遅れよりも、若くて明るい子の方が...」
「ええっ? ラヴィニアさんって、十六ですよね? その歳で行き遅れって...」
「伯爵家の娘であれば、十五歳までには婚約者が決まっていて当然ですから...」
「いやいやいや。そんなこと、無いですよ。たぶん...」
助けを求めて、アレクの方を見ると、生暖かい眼差しで一瞬見返したかと思うと、すいっと視線を逸らされた。
ミッシェルさんは、決して俺と目を合わそうとせず、完全に空気と化している。
俺はまだまだ貴族の常識には疎いと自覚しているのだが、流石に、ラヴィニアさんの発言は極端だ、と思う。ので、ここは気にする必要なしと断言したいところ、だが、自信がない。
しかし。
俺の配慮が足りなさ過ぎたのが、そもそもの原因ではあるのだろうが、今日のラヴィニアさんは、テンションが相当に低いような...。
やはり、養子縁組の話を強引に進めたので、いざ現実という段になると少しナイーブになってしまった、という事なのだろうか。
困った、な。ここは、彼女の思考の焦点を別方向に逸らす、べきだよな。
「そう。ラヴィニアさんなら、これからは、公爵家の養女として王都の社交界でモテモテになるのは間違いなし、だよ」
「...」
「そ、それに。ラヴィニアさんって、後光がさすように輝いて見えるから!」
「えっと。そ、そうなんですか?」
「ホントに、ホント、だから。焦らず、鷹揚に構えて、今後の事はゆっくり考えていけば良い、と思う」
「...」
「うん。本当に、ラヴィニアさんって、白というか白銀色に輝いて見えるんだよね...」
そう。俺には、ラヴィニアさんが、白というか銀色というか、オーラを纏うというよりは輝いているように見える、のだ。
応対に窮して若干(?)べた褒めし過ぎた自覚はあるので、アレクとミッシェルさんの方からビシバシと感じる生暖かい視線は甘んじて受けるとして、確かに、俺には、ラヴィニアさんが輝いて見える、のだ。
ん?
もしかして、俺だけ?
他の人には、あの、ラヴィニアさんの後光がさすような輝きが、見えない?
『阿呆が...』
今更ながらに、疑問を持って考え込んでしまった俺に、念話で、辛辣な突っ込みが入った。
ラヴィニアさんの膝の上で丸まって寛いでいる白猫ドラゴンのエレノアさんが、呆れ顔で、俺を見ていたのだった。たぶん。