12.
荒野の探索行、三日目は、いったん森林から荒地の続く荒野へと戻り、二日目の野営地と同じ場所での野営となった。
少し早い時間だったが、致し方ない決断だった、と思う。
天然娘ぶりを発揮したラヴィニアさん以外の皆が精神的に疲れている、といった実情に十分配慮した結果、だった。
勿論、肉体的にも、楽な一日では無かった。が、ある意味、想定の範囲内。
それよりは寧ろ、短時間とはいえ、最大レベルでの緊張の連続と、最大出力での魔力操作の持続と繰り返しの方が、精神的に負荷が高かった、のだ。
更に。その後の、惚けた白猫ドラゴンに関わる彼是に、ラヴィニアさんとミッシェルさん以外のパーティーメンバーが精神的に疲弊した、というか気が抜けた、というか...。
お高くとまって見える深窓の令嬢は、何処に行った?
と、思わず突っ込みたくなる程、明らかに不審で怪しげな生き物に、でれでれのラヴィニアさん。
ちなみに。
幻覚魔法を強制的に解除して、自ら、白猫の姿となった小さな竜は、摩訶不思議なことに、見た目だけでなく触った感触も猫、になっていた。
そんな、怪しさ満載で要警戒なはずの生き物である、白猫ドラゴンは、女の子で、名前はエレノア、なのだそうだ。愛称は、エレに決まった、らしい。
まあ、愛称の方は、さておき。この「お名前」の判明(?)した経緯が、またまた困った問題、だった。
ラヴィニアさんの「お名前は?」という問いに対して、当然ながら、白猫ドラゴンは無言。
傍から見ると、ラヴィニアさんと白猫ドラゴンが、可愛らしく見つめ合っているようにしか見えない。
無言で見つめ返す白猫ドラゴンに、可愛く首を傾げるラヴィニアさん。
そんな微笑ましい光景が、繰り広げられた。その後。
ラヴィニアさんが「あら。エレノアちゃん、というのね」と言った際には、皆、少し生暖かい視線になっていたのだが...俺の額には、一筋の冷たい汗が流れていた。
その訳は、と言えば。
俺には、白猫ドラゴンのエレノアが念話で答えた、と分かってしまったから。
微かな思念しかキャッチは出来なかったのだが、間違いない。念話で、会話が成立する。
高い知能を持つと世間では信じられているドラゴンに、こちらの思考がどの程度漏れているのかが不明なままなのは、懸念事項として残る。
が、念話での会話が成り立てば、意思の疎通も可能になる。
と、いう事で。
今、現在。
焼け焦げ跡も多々ある広場(?)に面した、針葉樹で構成された森林の中。
俺は、何やかやと理由を付けて、他のパーティーメンバーを追い払い、白猫ドラゴンのエレノアと、差しで向かい合っていた。
「で。エレノアさん?」
『...』
「う~ん。俺の攻撃力については、改めて、デモストレーションが必要かな?」
『...』
「よし。ラヴィニアさんは悲しむかもしれないが、跡形もなく燃やしてしまおう。そうしよう!」
『...ふん!』
「まあ。話が通じるなら、交渉の余地はある、と思うのだが?」
『わかった、分かった。外道に不覚を取ったのは、妾の瑕疵じゃ。致し方ない』
「うん、うん。話が分かる相手で良かった、よかった」
『ふん!』
「と、いう事で。あんな状態になるまでに、何があったか、説明してくれるよね?」
『嘘を吐くかもしれんぞ』
「ははは。それも、そうだね。じゃあ、サクッと誓約を立ててもらおうか」
『内容によっては、死力を尽くしての逃走を選ぶ、が?』
「はい、はい。無茶は言いませんよ」
『...』
「ラヴィニアさんを、守護すること。ラヴィニアさんと俺に敵対する者に、便宜を図らないこと。我が国の人間に、危害を加えないこと。ただし、ラヴィニアさんおよびエレノアさん自身に危害を加えようとした者には、死なない程度の制裁を加える事は可とする。って感じで、如何かな?」
『ま、まあ、良いじゃろ』
「ありがとう。良心的、だろ?」
猫の表情を判別するのは、難しい。
と思うのだが、なぜか。白猫ドラゴンのエレノアさんが苦虫を噛み潰したような顔をした、ような気のする俺だった。
* * * * *
荒野の探索行も、三日目の日が傾いて、夕方。
パーティーを組んでから野営も三回目になると、皆慣れたもので、特に彼是とお互いに言わずとも自然に役割分担がなされて物事が進んでいく。
しかも、前日と同じ場所での野営、となったので、遅滞なくテキパキと準備が進められていく。
ただし。俺だけは、整地などの環境整備が不要なためにすることも少なく、手持ち無沙汰となったので、ほけっと考え事をしているのだった。
白猫ドラゴンのエレノアさんとの話し合いは、相応の成果を得て、恙無く終わっていた。
ドラゴンが高い知能と念話の能力を持つ、という驚愕(?)の事実については、ご本人からの要望もあったし、俺の第六感も同意見を推していたので、当面は、俺だけの胸の内に納め、非公開の情報とする事にした。
その為に、白猫ドラゴンのエレノアさんから聞いた情報は、状況証拠と周囲の痕跡からの推測、といった扱いにならざるを得ず、少し面倒なのだ。
が、まあ。それは、兎も角。
今回の探索行は、大量の魔物が辺境の砦に押し寄せて来たという異常事態について、事象が発生した原因を特定し、第二弾以降の発生を阻止すること、が目的だ。
魔獣が怒涛の勢いで通ったらしき痕跡を丁寧に辿って、その根源と思しき場所へと赴いてみれば、明かに人為的に起こされている異常事態、を発見。
という流れで、当然ながら、その関連性を疑う事になる訳だが...。
ラヴィニアさんの機転で、外的要因により凶暴化していたドラゴンを救出。
ラヴィニアさんのお陰で、ドラゴンとの意思の疎通が出来ると発覚。
ラヴィニアさんの人徳もあり、ドラゴンの懐柔にも成功。
そして。
自身の瑕疵であり汚点だとの認識もあってか口が重たかったのだが、元凶でありながら被害者でもあったドラゴン本人から、ことの真相を聞くことも出来た。
曰く。
その言動から隣国の軍人と推定される集団に捕まり、意識も朦朧とさせる拘束の魔道具で、身動きすら出来ない状態にされてしまった。
その集団が、周囲から多数の魔物を何らかの方法で続々と追い立てて来た。
そうして魔物の大集団が出来上がると、隣国軍人集団の中の誰かが、朦朧としていたドラゴンの背中に、呪いが付与された短剣を突き刺した。
その結果、凶暴化したドラゴンが、身動きの取れないまま、目の前にいた魔物を無差別に攻撃したため、魔物の群れがパニック状態に陥って、大量の魔物がローズベリー伯爵領へと向かう大暴走に発展していった。
というのが、事の真相だった、らしい。
ただし。残念ながら、それらを裏付けるような明確な物的証拠は、得られていない。
白猫ドラゴンがラヴィニアさんの腕の中に一旦納まった後、アレクと冒険者二人で、ドラゴンが捕われていた場所とその周辺を隈なく調査したものの、めぼしい物証は得られず、という結果に終わっていたのだ。
一方で。
白猫ドラゴンの話では、凶暴化していた際に、辛うじて意識はあったので、悪人たちがそれ以上のトラップを仕掛ける余裕もなく自国に引き上げると言って速やかに撤退して行った、のを確認した、らしい。
つまりは、これ以上の脅威もない(筈)、という事だ。
そんな状況の中で、俺は、この事態にどう決着を付ければ良いのか、落とし所を探る必要があった。
今日はもう皆お疲れなので、明日の朝にでも再度、ドラゴンが捕らえらていた場所とその周囲を改めて調査する。と、俺が宣言して、此処まで引き上げて来た、のだが...。
出所が特定できる見込みは薄そうな、呪い付きの短剣と捕縛の魔道具のみ。で、ご隠居様に報告する事が出来るのか?
といった課題も、ある。が、その前にまずは、皆にどう説明するのかが悩ましい。
帰還することは、決定、で良いと思う。
よいと思うのだが、その理由付けというか根拠を、どう示すべきか?
はあ...頭が、痛い。
幸いにも、不寝番をしている間に考える時間だけは十二分にありそうなので、じっくり考えるとしよう。