11.(後編)
俺たちは、気を失って目を瞑り横たわっている白猫ドラゴンを、一見無表情に見えるキラキラおめめで覗き込んでいるラヴィニアさんに、振り回されていた。
今はエカテリーナさんの幻覚魔法で白猫に化けているが何故か大幅に体長が縮んだ白銀のドラゴンと、ホンワカしているラヴィニアさん。
眼福の組み合わせ、だ。
が、つい先刻まで凶暴に暴れていた白猫ドラゴンは、間違っても安全な生き物とは言えない、と思う。
人間から見ると巨大だが幼い白銀の鱗を持つドラゴンが、見慣れぬ魔道具と思しき器具から発する魔法の網に捕われ、眼を血走らせて口から泡を吹き息も絶え絶えになりながらも、悲鳴のような咆哮を上げて無茶苦茶に暴れている。
そんな光景を目の当たりにして、可哀そう、と救助を考えるラヴィニアさん。
そんなラヴィニアさんの感覚を受け入れて、凶暴なドラゴンの鎮静化で合意した俺たち。
ただ。
俺たちは、未曽有の大規模な魔物襲来の原因探索も兼ねた、討伐隊である精鋭パーティーなのだが...。
それは兎も角。
俺たちパーティーメンバー全員で議論をし尽して決定した救出作戦は、想定通りに為らないことも多々あり、予想以上に時間もかかり苦労はしたが、結果を出せた。
エカテリーナさんによる、意図的に派手さアップ威力ダウンに調整した火炎系の攻撃魔法と特殊効果的な幻覚系の魔法を駆使した攪乱によって、視覚と聴覚と風圧や熱に対する触覚を惑わす事により、周囲の気配や魔力の発現を誤魔化し。
デュークさんによる、微妙に相手の攻撃が届かない距離を保った正面からの剣による威嚇的な攻撃とフットワーク軽く高速で動き回る行動で、ドラゴンの注意を惹き。
アレクとミッシェルさんが防御に徹して護衛するラヴィニアさんに、ドラゴンの様子を注意深く観察して貰い、混乱と興奮の状態変化および怪我と残存体力の具合などを見極める事によって、継続の可否と次アクション移行タイミングの指示を見計らった。
俺は、隠密行動でチャンスを窺い、怪しい物二つの排除と、排除後の拘束および意識を刈って無力化する役目を負って行動した。
威嚇のつもりの攻撃が多数ヒットしていたり、なかなか意識を刈ることが出来ず威力を上げざるを得なかったりと、呪いが付与されていたように見える怪しい物品二つを排除し、何とか殺さず行動不能な状態にできた頃には、結構なダメージを与えてしまっていた。
安らかな様子だったが瀕死の状態に陥った白猫ドラゴンを、慌てて、俺とラヴィニアさんの二人で、浄化と治癒を断続的に施し回復させて、現在に至る。
まあ、俺は、最初だけ、浄化を主体に施しただけで、治癒の方は殆どがラヴィニアさんによるもの、だったが...。
そして。
俺たちの努力と苦労の結果、正常状態を取り戻した、高い知能を持つと言われる幻獣、白銀のドラゴンが、目覚めた。
ただし、見た目は、ただの白猫のお目覚め、だったが。
「ドラゴンさん、目が覚めた? 体調は、どうですか?」
「...」
優しく話しかけるラヴィニアさんを、不思議そうに見返す白猫ドラゴン。
白猫ドラゴンが、少し周囲を警戒しながら、自身の姿と纏わり付く魔力を一瞥する。と、ぶるんっ、と身を震わせた。
すると。エカテリーナさんの幻覚魔法が、霧散。元の白銀の小さなドラゴンの姿に、戻った。
つぶらな瞳で、じっとラヴィニアさんを見る白銀の小ドラゴン。
白銀の小ドラゴンを見つめる、ラヴィニアさんとミッシェルさん。
「「キャー、可愛い!」」
「えっ...そうなの?」
「そう、なんでしょうね」
「「...」」
「女の子の考えることは、分からん...」
俺は、しげしげと二人を見ていた視線を、特に意味も無く、ふと、エカテリーナさんへと向ける。
エカテリーナさんには、視線を逸らされた。
その横に居た、デュークさんと、目があう。
「デュークさん...」
「はあ、なんすか?」
「デュークさんって、何歳?」
「はあ、二十三になりますが...」
俺とアレクは揃って、エカテリーナさんを見た。
「「なるほど」」
「な、何よ!」
「「いえ、何でも」」
まだまだ子供な女の子たちと、大人の女性。と、区別することになった。
見た目は逆、などと考えてはいけない。
俺とアレクは、何となく、頷き合った。
ラヴィニアさんは、確か、動物が好き、と言っていたから、今回の反応は、たまたま、かもしれない。
そう。ラヴィニアさんとミッシェルさんは、動物好き。
何故か縮んでバレーボール大まで小さくなったとはいえ、白銀のドラゴンを動物のカテゴリに含めて良いのか、という疑問は残るが...。
そんな周囲の反応はスルーで、ラヴィニアさんと白銀の小ドラゴンとの会話(?)は、続いていた。
「まあ、凄いのね。他人の魔法は、不快だったの?」
「...」
「でも、周囲の目もあるから、白猫さんの姿に戻して貰って良いかしら?」
「...」
「ダメ、かな?」
ラヴィニアさんが、可愛い。
こんなキャラ、だったっけ?
などと、ボケたことを考えている、と。
「ん?」
強大な魔力を操る気配が、ドラゴンから迸った。
俺は、とっさに、ドラゴンとラヴィニアさんの間に、最大出力で、圧縮空気の盾を展開。
ドラゴンを、半球状に、分厚く濃い圧縮空気の壁で、覆う。
それとほぼ同時、に。アレクがラヴィニアを、デュークさんがミッシェルさんを、抱えて後方に飛び退く。
エカテリーナさんは、自力で四人と同じ位置まで、俊敏に退避。魔法の発動に備えて身構える。
続いて。間髪入れず、俺が、腰の剣に手を添え引き抜こうと、身構えた、その時。
ポンッ。
という音と共に、白銀の小ドラゴンが、白煙に包まれた。
そして。
煙が、ふっと消え去った後には。白猫が一匹、キョトンとした表情で、座っていたのだった。