11.(中編)
それは、所どころ乾いた魔物の血や泥などで汚れてしまってはいるが、確かに、白銀の竜、だった。
我々人間よりも遥かに大きな体躯を持ち、威圧感と圧迫感も十分にある。
あるのだが、稀に姿を見かけられる事から世間に伝わっているこの生き物の成体が持つ巨大なイメージからすると、ややコンパクトで小ぢんまりとしている、と言えなくもない。
つまり。小柄な個体、と言うには、少し小さ過ぎるのだ。
たぶん。大人に成っていない、まだ子供のドラゴン、なのだろう。
そんな、小さな(と言っても、人から見ると巨大だが、幼い)白銀の鱗を持つドラゴンが、見慣れぬ魔道具と思しき器具から発する魔法の網に捕われ、眼を血走らせて口から泡を吹き息も絶え絶えになりながらも、悲鳴のような咆哮を上げて無茶苦茶に暴れている。
確かに。可哀そう、だった。
俺たち六人は、かなり離れた位置の、疎らに生える針葉樹の陰から、そんな狂ったように暴れる白銀のドラゴンを、じっと見ていた。
どうしたものか、と...。
そう。
ラヴィニアさんに言われて、そういう目で見る、と。
確かに、この小さな(?)ドラゴンは、可哀そうな状況だった。
そもそも、竜は、魔物ではない。この世界では、幻獣、に分類される、神秘的な生き物だ。
人間に対して好意的かどうかについては、甚だ疑問が残る。が、高い知能を持つ生き物だ、とも言われている。
少なくとも、訳も無くただただ凶暴に暴れる魔物のような生き物、ではない。
という事は、目の前の暴力的な状況には、何らかの原因がある筈、なのだ。
ただ、まあ。その原因を取り除いたからと言って、俺たちに友好的な態度を取ってくれるという保証もない訳だが...。
「えっと。助ける?」
「はい」
「「...」」
「へ? マジで?」
「そ、そうなんだぁ...」
「そう、だね。う~ん、どうすれば良いのかなぁ...」
「アルフレッド様なら、お出来になると信じております」
「ははは、ありがとう。そ、そうだ。エカテリーナさんなら、どうします?」
「え? 私?」
「はい」
「う、う~ん。取り敢えず、もう少し近付いて、観察する?」
「お、ナイスアイデア!」
という事で。
俺は、単独で、凶暴化しているが身動きの取れない状況と思われる白銀の竜に、気付かれないよう注意しながらも、大胆に単独で接近する。
かなり消耗している上に混乱状態のようなので、視界にさえ入らなければ大丈夫、だろう。
まあ、いざとなれば、ぶっ飛ばしてしまえば...は、駄目、だったよな。
う~ん。切ったり、焼いたりせずに、打撲で気絶させる?
おっ、そうだ。エアー・ハンドで、ガシッと掴んで、動けなくしてから正気に戻して治療すれば、良いか...いやいや、そんな簡単に拘束できるのか?
魔法で創造する疑似的な手の形をした空気の塊であるエアー・ハンドの、握力と持久力についての限界テストは、した事が無いんだが、魔力の量と根性でどうにかなるのか?
など、など。
色々と考えながらも、大胆かつ慎重に移動して、お子様白銀竜の視界の外から、その背後や周囲の地面など観察する。
怪しいのは、周囲三か所に設置されている拘束の魔道具らしき物体と、背中に刺さっていて不吉な気配を放つ短剣、の二つ、かな。他には、...なし。
と、おおよその目星を付けてから、再度、俺は慎重で大胆かつ迅速に移動して、パーティーメンバーの元へと戻っていく。
俺が合流すると早速、ラヴィニアさんが、一見すると分かり難いながらも明らかに期待の篭った眼差しを向けて乗り出してきた。
「アルフレッド様、どうでしたか?」
「大体は想像が付くんだけど、見ただけで確証までは難しいね」
「そ、そうですか...」
「ま、まあ。全く見込みがない訳では無いから、少し相談かな」
「相談、ですか?」
「ええ。アレクとエカテリーナさんに意見を聞きたいんだが、二人とも、良いかな?」
俺は、怪しい魔道具と短剣などの様子や状態について、確認してきた事項と俺の考えを説明し、アレクとエカテリーナさんの意見も聞きながら、この後の行動と役割分担の案を組み立てる。
出来上がった行動計画の案を、改めて整理、俺とアレクとエカテリーナさんにデュークさんとラヴィニアさんとミッシェルさんにも加わって貰って、パーティーメンバー全員で議論する。
リスクとリターンを分析し、俺たちにも小さな竜にも危険が少なく、いざとなれば俺たちが安全に退避できるように保険もかけて確実に退路も確保して...。
意見が出尽くしたところで、改めて最終案を整理、再確認して、俺が最終決定を下した。
ラヴィニアさん発案(?)による、可哀そうなお子様白銀竜の救出(?)作戦の開始、だ。
* * * * *
俺たちの目の前には、気を失って目を瞑り、横たわっている生き物。
何故か、我々人間よりも遥かに大きな体躯だった筈が、小さく縮んで、バレーボールサイズになっている。
しかも。
エカテリーナさんが、このままの姿で人里に連れて行くと混乱の元になる、と幻覚魔法をかけているので、見た目は可愛い白猫の姿、の元ドラゴン。
そんな、白猫に見える、摩訶不思議にもサイズが大幅に縮んだ白銀のドラゴンを、一見無表情に見えるが実はおめめキラキラで覗き込んでいる、ラヴィニアさん。
俺は、万が一に備えて、ドラゴンには触れずその周囲に最大出力でエアー・ハンドを展開したまま、様子見中。
ラヴィニアさんの後ろではミッシェルさんが、いつでも強固な防御魔法を展開できるように、緊張した面持ちで意識を集中している。
アレクとデュークさんは、いつでもラヴィニアさんとミッシェルさんを抱えて左右に逃走できるよう、グッと身体に力を溜めて身構えている。
「あの、ね。ラヴィニアさん?」
「何でしょうか? アルフレッド様」
俺が、聞こえるか聞こえないか位の微妙な小声で、ラヴィニアさんに話し掛ける。
と。ラヴィニアさんは、無防備にのほほんと、白猫ドラゴンに視線を向けたまま、答えてくれる。
「もう少し、離れませんか?」
「大丈夫です」
「いや、まあ、ね。念のため、ね。安全距離というものもあるので」
「大丈夫ですよ」
「そ、そうかなぁ」
「ええ。大丈夫です」
「はあ。...分かりました」
「?」
「「「...」」」
何故に、こうなった?
俺たちは、唯々、遠い瞳をして、彼女と目を瞑ったままの白猫ドラゴンを、眺めるしかなかったのだった。




