10.(後編)
辺境伯として準備した資材を俺が所有するアイテムボックスから取り出すなどして快適な野営場所を用意し、ラヴィニアさんとミッシェルさんの調理した食事を美味しく頂き、俺の魔法でサッパリと一日の汚れを落としたので、後は寝るだけ。
と言っても、夜の荒野には危険な魔物が徘徊している事もあるので、順番に不寝番を立てての就寝、となる。
俺は、今、ラヴィニアさんと二人、野営地のテント横に設けた焚火の前で、のんびりしていた。
ラヴィニアさんが淹れてくれた紅茶のカップを手に、焚火の火をぼおっと見ている。
冒険者の二人は、雇い主に気を使ったのか、野営の準備であまり役に立たなかったことを気にしたのか、早い時間に仮眠をとり夜中に起きて早朝にまた少し仮眠するという一番きつい役割りを買って出てくれて、今は、テントの中で寝ている。
アレクとミッシェルさんも、いつも朝が早いので夜更かしよりも早朝の起床が楽だと言って、夜も明けない早朝に起きるための早寝となり、やはり、テントの中だ。
勿論、テントは、女性用と男性用に分けて二つ用意しているので、男女別々になる訳だが...。
「アルフレッド様の魔法は、貴族らしくない、ですね」
「ははは...」
「いえ。魔法の能力は高位の貴族に相応しいものなので、魔法の使い方が、というべきでしょうか...」
「そうかな?」
「アルフレッド様って、元は冒険者だったりするんですか?」
「う~ん...」
「アルフレッド様は、伯爵家の養子、ですよね」
「ははは。ラヴィニアさんって、答え難いことを聞くよね」
「ごめんなさい」
「まあ、恋人か親友にでもなってくれるのなら、正直に答えても良いんだけどね」
「...」
「まあ、たぶん。今回の探索が終わって辺境伯の屋敷に戻った頃には、ラヴィニアさんの籍はロンズデール伯爵家からノーフォーク公爵家に移っているだろうから、特に支障は無いとは思うんだ。けど」
「...」
「私の方は、ラヴィニアさんの事情について、ラヴィニアさんの口からは何も聞かせて貰っていていないんだよね」
「...」
「まあ、それは兎も角、として。ラヴィニアさんは、私の事をどのように聞かされていたのですか?」
「...そうですね。王都の社交界では、アルフレッド様がプリムローズ家の著名な外観的特徴を兼ね備えておられるので、先代のローズベリー伯爵様の隠し子か、既に亡くなっているプリムローズ子爵であった先代のローズベリー伯爵様のご子息の忘れ形見か、と噂されていました」
「へえ。そうなんだ」
「今回の爵位継承の際には、一見すると急に現れたようにも見えたけど、数年前から辺境に居て、その前には冒険者として他国を放浪していたらしい、といった噂もありましたね」
「ほお~、なるほど」
「...」
「教えてくれて、ありがとう。参考になるなぁ。ローズベリー伯爵としては、王都の貴族社会を無視する訳にもいかないので、ボチボチと対処できるように成らなきゃいけないんだけど、腹黒い人たちの相手は苦手でね」
「そうですね。わたくしも、あまり得意ではありませんわ」
「うん、うん。ラヴィニアさんって、生真面目だもんね」
「...」
「鉄壁の守りの冷たい微笑みでスルーは出来ても、人の悪口は言えないから、話を合わすのに苦労してそうだ」
「いえ、そんなことは」
「ある、でしょ?」
「...」
ふっと目を逸らす、気まずげな表情のラヴィニアさん。
出会って、まだ、数日しか経っていないのだが、意外とたくさんの表情を見せてもらった気がする。
そんな、取り留めもないことを考え、雑談をしている内に、夜も更けてきたようだ。
野営地の周囲には特に変化は無かったが、テントの方でゴソゴソとしている気配がする。
どうやら、エカテリーナさんが仮眠から戻って来たようだ。
「ふぁ~あ。眠い...」
「ごめんなさい。一番辛い役割を任せてしまって...」
「ん? 私の方はお仕事ですもの。お嬢様が気にする事は無いわ」
「いえ。でも...」
「大丈夫、大丈夫。私は慣れているから、ね。伯爵様は、どうなの?」
「ははは。私は、楽させて貰う方だからね。申し訳ない」
「お貴族様って、普通に夜更かしとか、するの?」
「う~ん。私は、辺境でずっと生活してるので、どちらかと言うと、早寝早起き、かな」
「うわぁ~、健康的なのね。お嬢様の方は、どう?」
「わたくしも、どちらかと言うと早寝早起きですが、王都にいた際には夜会などで夜更かしする事はよくあったので、夜遅くても平気ですよ」
「へえ~、そういうものかぁ...」
エカテリーナさんと三人で雑談していると、デュークさんも起きて来た。
デュークさんは、寝ぼけ眼、という奴だった。
そんなデュークさんを見て、エカテリーナさんがムッとした表情をする。
「こら、デューク! シャキッとしなさい」
「あ、ああ。姉ちゃん...」
まだ半分寝ぼけているデュークさん。
そんなデュークさんに、眉間にピキッと縦線が入ったエカテリーナさんが、蹴りを入れる。
ゲシッ。
い、痛そうだった。
デュークさんは、声もなく悶絶している。
エカテリーナさんは、知らんフリ。あらぬ方を向いて、口笛を吹く真似までしている。
そして。
二人揃って何やら小声で言い合いながら、身繕いでもするのか、テントの方へと一旦戻って行った。
「お二人は...仲の良い、ご姉弟ですね」
「そ、そうだね」
「お二人を見ていると、気兼ねなく接することが出来る身内が傍に居るのは本当に幸せな事なんだ、と思います」
「...」
「...あ。変な事を言いました。ごめんなさい」
「いや。私は気にしない、が...ラヴィニアさんには、ご姉妹が居られるのですか?」
「...」
「あ、ごめん。言いたくなければ」
「妹が一人、います。彼女の方は、両親の元にそのまま居ますが...」
「そ、そうなんだ。ラヴィニアさんの妹さんなら、やはり、美人さん、かな」
「わたくしより、可愛らしい女の子、ですよ」
「...」
「わたくしの様に、愛想がない事も無く、よく笑う可愛らしい子、です」
「私には、表情がころころ変わるラヴィニアさんが、可愛らしく見えるけどなぁ...」
と、思わず柄にもないことを言って視線を逸らす、と。
いつの間にか戻って来ていて、呆れた顔をした、エカテリーナさんとデュークさんと、目が合った。
「「仲のよろしいことで」」
「「...」」
こうして。
荒野の夜は、順調に更けていった。何事もなく、平穏無事に。