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10.(前編)

 荒野の旅は、順調に進んでいた。何事もなく、平穏無事に。


 当面の目標として、北方の遥か彼方に見える険しい山脈の麓を目指し、周囲に異常がないか丁寧に観察しながら、馬を並足で駆けさせて半日。

 時たま遭遇する魔物は、冒険者の姉弟(きょうだい)が率先してサクサクと片付けてくれるので、他のメンバーは結果的に唯々のんびりと乗馬を楽しむ旅となった。

 つまり。全く、探索としての成果なし、調査の進捗も無い、といった状況だ。


 順調に、何事もなく、荒野の旅路は(はかど)っていく。


 砦では、今回の探索行(たんさくこう)の出発準備を行い、領都からの増援よりも少し先行して昼前に到着していた冒険者の二人と合流。

 パーティーを組むメンバーでの顔合わせを兼ねたお互いの自己紹介を行い、得手不得手を確認した上で役割分担を決定、今回の行先と目的に合わせた装備の点検と追加、(はぐ)れた場合の行動を申し合わせてから、簡単に昼食を済ませ、慌ただしく出発したのだが...。

 荒野は、特に異常もなく、唯々だだっ広くて何もない荒れ果てた土地が続いているだけ、だった。


 さて、どうしたものだろう、か。

 またもや、(おの)が思考に沈みかけていた俺に、アレクが、スッと馬を寄せて来て、注意喚起してくる。


「ん?」

「アルフレッド様。そろそろ、野営の準備を致しませんか?」

「ああ、そうだな。このメンバーでの野営は初めてだから、余裕を持って準備した方が良いか」

「はい」

「分かった。適当な場所は...」


 俺は、周囲の異常を探るために拡散させていた探査の範囲を絞り、前方の手近な地点に野営に適した場所がないか、確認する。

 残念ながら、この辺りには水場が無いので、出来るだけ周囲への警戒が容易で風除けになる大きめの岩がある場所が良い、と思うのだが...。

 と、俺と同様に周囲を軽く見渡していたアレクが、俺と同じ場所で目を()めた。ので、そこを野営場所に決定。


「あそこにする、か」

「そうですね」

「よし。じゃあ、デュークさん、少し東寄りに進路を取って下さい」

「了解っす」

「皆さん。少し先の右手に見えている岩と低木がある辺りで、今日は野営としましょう」

「「「はい」」」


 先頭を進んでいた冒険者のデュークさんが、進路を変更。

 続いて、エカテリーナさん、アレク、俺、ラヴィニアさん、ミッシェルさんも、騎乗している馬の手綱を引いて、進行方向を少し東寄りへと変更したのだった。


 * * * * *


 本日の野営地は、俺が魔法で地面を(なら)して邪魔な小石などを除去した場所に、某猫型ロボットのお腹に装備されたポケットの如く俺の腰に提げた小さな革鞄(ポーチ)から取り出した二()りのテントやキャンプグッズなどを設置して、サクッと出来上がった。

 その外観とは裏腹にかなりの収納量を持つアイテムボックスである俺のポーチが、冒険者稼業のそれなりに長いらしいエカテリーナさんから垂涎の的となったり、ラヴィニアさんとミッシェルさんが、慣れた様子で石組みの(かまど)を使いこなして調理をしてくれた料理が思っていたよりも美味しく頂けたり、と恙無(つつがな)く野営が進行していく。


 問題は、この場所での野営で唯一と言ってもよい欠点である、水場が無いこと。

 パーティーメンバーの持つ技能と準備した装備や物資のお陰もあって、大概の事はカバーできるのだが、水場すなわち大量の水が無いと、お風呂の用意はできない。

 残念ながら、俺のある意味では微妙にチートな傾向にある魔法の能力でも、大量の水を遠方や空中から召喚するような大規模な反則技までは実現できないので、アイテムボックスに料理用の飲料水を収納しておくくらいまでが限界なのだ。

 限界なのだが、何故か、一つだけ、裏技的な水流による洗浄の魔法は、使えたりする。

 ただし。少し癖がある方法なので、要説明、だったりするのだが...。


「女性陣には、大変申し訳ないのですが、この辺りには水辺が無いので、入浴するためのお風呂や温泉の準備までは出来ないんですよ。申し訳ない」

「ま、まあ、当然よね」

「そ、そうですか...せめて、おじょ」

「想定の範囲内なので、問題ありませんわ」

「...えっと、エカテリーナさん。冒険者さんは、普段、どうしておられるのですか?」

「庶民は毎日お風呂に入れる程に裕福な人ばかりではないし、冒険に出ると水場が無い場所での野営も珍しくないので、我慢する事も多いわね」

「エカテリーナさんも、ですか?」

「勿論、私は身嗜みに気を遣うレディ、ですもの。小さな(たらい)に水を張って、時間があれば水をお湯に温めてから、絞った手巾で体を拭くくらいの事は致しますわ」

「魔法で体を洗ったりはしない、と?」

「ええ、そうね。そんな魔法が、あるの?」

「う~ん、そうですか。やはり、あまりメジャーな魔法じゃなかったのか...」

「あるんだ...。ちなみに、どんな魔法?」

「そうですね。説明が難しいので、実際にお見せした方が良いかな?」


 そう。この世界に洗濯機はないし、洗濯は盥などでジャブジャブ洗ったり足踏みしたりなので、水流の説明が難しい。鳴門の渦潮も、メジャーな代物では無いしなぁ...。


「そうなんだ。じゃあ、実際にやって見せて!」

「え、ええ。まあ、良いですけど...」

「デューク。体験してみてよ」

「ね、姉ちゃん...」

「ほらほら。その辺の、少し離れた所に立って!」

「べ、別に、良いけどさあ...」

「...」

「さあ。アルフレッド様、お願いします!」


 俺は、苦笑いして、デュークさんの方を向く。

 デュークさんは、一瞬、ビクッとして、何気に額から冷や汗を一筋垂らしてはいたが、精一杯に平気なふりをしている。


「デュークさん。鼻をつまんで、息を止めて下さいね」

「は、はい!」


 俺は、心もち、姿勢を正す。

 呼吸を整え、軽く集中。

 デュークさんの周囲に、洗濯機の水流をイメージ。術名を、ぼそりと唱える。


「ヴァッシェン」


 ひと呼吸おいて、何処からともなく水がザバッと降ってきて、デュークさんが、透明な空洞のある水球の中に閉じ込められる。

 続いて、その水球の水壁が縮まりながら水流となって渦を巻き、デュークさんを揉み洗いした。

 なすがままの状態で、目を見開いて硬直する、デュークさん。

 そんなデュークさんを、面白そうに興味津々で見つめる、エカテリーナさん。

 そして。数秒で、デュークさんから水流が引き、すっとその場から全ての水が消えた。


「どうだった? デューク」

「うん。水が少し冷たかったけど、さっぱりすっきりしたよ。これは、良いなぁ」

「おお、そうなんだ。服は湿ってないの?」

「うん。パリッと、乾いているよ。ただ、やっぱり何だか少し、ひんやりと冷たいかなぁ...」

「あ、ああ。ごめん。ごめん。お湯にすれば良かったね」

「...」

「え? お湯でも出来るの?」

「え、ええ。まあ...」

「じゃあ。私は、お湯でお願い!」


 こうして。俺は、女性陣全員に、入浴の代わりとしてのお湯版ヴァッシェンを順番にかける事となり、皆さんから後で感謝の言葉を頂いたのだった。


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