9. (前編)
俺は、辺境伯の屋敷を出発し、魔物の襲来に備える砦へと向かって、馬を進めていた。
荒野から魔物が大挙した今回の騒動の原因を探るために探索へと打って出る、少数精鋭の討伐隊メンバーが、一緒だ。
と言っても、領都から呼び寄せている冒険者たちとは、砦で合流する事になっている。
今、現在、俺と並んで馬を駆っているのはラヴィニアさんで、その後ろにアレクとミッシェルさんが轡を並べていて、最後尾には伝令役を務める予定の強者な兵士二名が続いている。
不本意、だった。
昨晩、夕食の後に、再び養父殿の寝室に集まって対応を協議した訳だが、何故か、最初に俺が探索も兼ねた討伐隊を率いて速やかに出立すると宣言して以降は、俺の意見が全て無視されたままに討伐隊のメンバーが決められてしまったのだ。
まるで謀ったかのように、養父殿とリチャードさんとアレクで白々しい茶番のような会話を交わし、ラヴィニアさんとミッシェルさんの同行を決めてしまった。
皆は何を考えているのやら...解せん。
「どうかされましたか?」
「い、いえ。特には...」
俺の内心が、表情に出てしまっていた、ようだ。
ラヴィニアさんに、少し気不味い思いをさせてしまった、みたいだな。
いかん、いかん。
「ラヴィニアさんは、乗馬がお得意なんですか?」
「はい。動物は好きなので...」
「そうですか。ミッシェルさんも?」
「彼女は、ずっと、わたくしと一緒なので、巻き込んでしまいました」
「つまり、お二人とも、乗馬はお得意なんですね」
「まあ、下手ではないと思います」
「では。緊急時の予行演習も兼ねて、砦まで、ギャロップで馬を駆けさせましょう」
「分かりました」
「アレク。砦まで、飛ばすぞ」
「了解」
「ミッシェル。大丈夫ですよね?」
「はい、お嬢様」
「では。砦に向かって、駆足!」
俺は、ラヴィニアさんの様子を注意深く見守りながらも、馬の駆けるスピードを一気に上げた。
* * * * *
俺たちは、特にトラブルもなく、辺境の砦へと到着した。
ラヴィニアさんの乗馬の腕前は、かなりのもの、だった。
侍女のミッシェルさんも、危なげなく馬を乗りこなしていた。
そんな二人の様子とは別に、意外だったのは、この二人が砦に到着した時の、兵士たちの反応、だ。
それ程は交流があったと思えないのだが、何故か、兵士たちが彼女たちに好意的だったのだ。
乗ってきた馬の世話は、砦の兵士に任せて、俺たちは、砦の中へと入る。
砦の中の、防御結界を制御する魔法具が設置された指令室とは別にあり、現在は作戦室と化している、この砦で一番広い会議室へと、向かう。
「現状は?」
「特に変化ありません」
「部隊の配置は?」
「現在、第五中隊が荒野に出て、城壁沿いに巡回しながら、散発的に遭遇する魔物の退治と処理を行っております」
「遭遇した魔物の規模は?」
「小物ばかりで、多くても数匹までの群であります。アルフレッド様が屋敷に戻られて以降は、合計しても数十匹程度、かと」
「そうか。ご苦労さま」
「はっ。恐縮であります」
俺は、交代制で砦に詰めている兵士たちを労いながら歩みを進め、辿り着いた作戦室へとそのまま入室する。
作戦室の中では、入って直ぐの場所、部屋の中央に設置された大きなテーブルの一角に、第五中隊の指揮官たちとその補佐官が立ったままで集まり、何やら相談していた。
そして。その一角とは少し離れた部屋の奥、窓際の方の席に、椅子に座った冒険者らしき二人の男女が、居た。
「...」
「あれが、領都から来た冒険者か?」
俺の後ろで、アレクが、この部屋の入り口付近にいた兵士の一人に、小声で尋ねているのが聞こえる。
アレクの眉間に、皺が寄っている光景が目に浮かぶような声音、で。
「はい。あちらが、応援の冒険者殿たちであります」
「そうか...」
俺はふと、リチャードさんの弁を、思い出した。
そして。あのリチャードさんに、癖のある人物、と言わせただけの事はある、と実感。
だが、実力はある者達、とも、あのリチャードさんに言わせた人物だ、と気を引き締める。
たぶん、この世界の女性としては些か奇抜な格好、なのだろう。が、俺にとってはある意味で見慣れた衣装、と言えなくもない。
俺は、派手な出で立ちをした女性を含む二人組の方へと、にこやかな笑顔で、足を向けた。
ツインテールにしたド派手なピンク色の髪を、感心して見る。
こんな色の髪の毛の人もいるんだぁ、と思わず、しげしげと見つめる。と、微妙な違和感。
ん?
俺は、思わず、足を止めかけた。が、直ぐに、何事もなかったかのように取り繕い、微妙に速度を落としながらも歩みを進める。
魔法の気配を感じた彼女の周囲に、薄く探査の魔法を照射。
幻覚魔法で、外観というよりは髪色を擬態している。元の髪色は濃い茶色、だな。
他に不審な魔法が使われている気配は...なし、と確認。
服装と同様に髪色への拘りがあるのだろう、と不本意ながらも理解できたので、害なしと判断し、そのまま声を掛けることにした。
「こんにちは。領都から駆け付けてくれた、冒険者の方ですね?」
「...」
窓の外をつまらなそうに眺めていた女性が、胡散臭げにこちらを見る。
その横に座っていたチャラい感じの男性の方は、こちらを見ると慌てて立ち上がり、直立不動の姿勢をとった。