8. (後編)
伯爵令嬢であるラヴィニアさんに当家が提供した部屋は、この屋敷にある客室の中ではかなり豪華な方の部屋ではあった。が、ご多分に漏れず、この屋敷らしい質実剛健な造りの部屋だった、筈なのだが何故か、訪れてみると、少し華やかになり、女性が使っている部屋らしい雰囲気へと変わっていた。
別段、新たな家具や備品など持ち込んだ様子もなく、多少は細々とした家具の配置換えなど行われてはいるようだが、大きく手が入れられた訳ではない、と思う。
小物や飾りが少し増えているような気がしない訳でもないが、何となく見覚えがあるので、大多数はこの屋敷に元からあった物、だとは思う。
う~む。
ラヴィニアさんや侍女のミッシェルさんの感性が素晴らしいと言うべきか、貴族女性としては当然の嗜みのレベルなのか、判断材料を持ち合わせていない俺にはよく分からないが、このような才覚は辺境にあるこの屋敷には足りていないものであるのは確か、だろう。
などと。現実逃避の思索に耽り、急に訪れる事となった女性らしい部屋にどぎまぎする自身を誤魔化してみたりしていたのだが、時間も無いので、速やかに現実と向き合う事にする。
「ラヴィニアさん。お話とは、何でしょうか?」
俺は、安定の無表情で、一見するとツンと澄まして、応接セットの向かい側のソファーに座っているラヴィニアさんを見る。
よくよく見ると、何やら葛藤している様子の窺えるラヴィニアさん。
流石に彼女の心中までは読み取れないので、さて、どうしようか。と、俺が少し迷っていると。
「盗み聞きするつもりはなかったのですが、アルフレッド様とアレクサンダー様のお話を、お聞きしてしまいました」
「ははは。すいません。ラヴィニアさんのお部屋の前で話し込んでいた私が悪いので、お気に為さらずに」
「お気遣い、ありがとうございます」
「こちらこそ、申し訳ない」
「いえ。居候している身ですので、何かのお役に立てば、と考えておりましたが...。編成予定のパーティに支援系の人員が足りず、お困りなのでしょうか?」
「ま、まあ、不足しているのは確かですが、無くても対処は可能ですので、大丈夫ですよ」
「...」
「それよりも。大変申し訳ないのですが、昨日からのトラブルの影響もあって、ラヴィニアさんにお約束している部外者からの干渉を粉砕する件が、まだ解決していません」
「あの、わたくしの方は、それ程は急いでおりませんので、どうぞお気になさらずに」
「いえ、残念ながら、そうも言っておれないのです。屋敷の者からも多少はお聞きになっているかと思いますが、この近辺が少しばかり物騒な状況なので、ラヴィニアさん達には、もっと安全な場所に移動して頂けないかと...」
「そうなのですか?」
「はい。この屋敷の守りは万全ですし、領都からの増援が明日にでも到着する予定ですので、この屋敷に滞在を続けられても危険な目に遭われることは無いと思うのですが、ご不自由をお掛けする恐れもあるので、念のために、領都にある館の方へ移ることをご検討頂きたいのですが、如何ですか?」
「...」
「勿論、直ぐに決めて頂く必要はありませんよ。明日になれば、もう少し、王都の方の状況にも進展があると思いますので...」
ラヴィニアさんは、侍女のミッシェルさんと顔を見合わせる。
そして。二人で、何やら暫くアイコンタクトでの会話(?)をした後、頷き合った。
「アルフレッド様」
「はい、何でしょうか?」
「わたくしは、治癒魔法を得意としており、治療や回復の実務経験がございます」
「え?」
「ミッシェルは、防御魔法に特化しており、わたくしの護衛としての経験が豊富で、自身とわたくしの二人を同時に魔法で防御することが出来ます」
「ええっ?」
「ですから、わたくしとミッシェルを、アルフレッド様のパーティにお加え下さい」
「ええええっ?」
「わたくしは、アルフレッド様と、その、お、お友達、なんですよね?」
「え、ええ、まあ」
「であれば、困っているアルフレッド様をお助けするのは、当然です」
「ま、まあ、そうかも?」
「はい。ですから、わたくし達を、アルフレッド様のパーティにお加え下さい」
何だか、ラヴィニアさんが、凛々しい。
まずはお友達から、と言い出したのは俺の方なんだが...そう来るか。
真顔で、真摯に、こういう事を言われると、思わずグッと来るものがある、よな。
「ありがとう」
「では...」
「ただ、この屋敷への滞在を継続するのとは違って、パーティーを組んで荒野への探索に出るとなると、かなりの危険を伴うのは、分りますよね?」
「それは、勿論...」
「俺は、あなたを危険な目には合わせたくない、と思う」
「...」
「世の中には女性の冒険者もいるし、俺が傍に付いていれば滅多なことは無いと言えます。が、良家の子女として、あまり褒められた行動ではない、のでは?」
「万が一の際には、アルフレッド様に責任を...いえ、どうせ貰い手もない境遇ですから、修道院に入って慈善活動に取り組むのも良い、と思えてきました」
「いやいやいや。そうではなくて、ですね...」
「どちらにせよ、このまま領都や王都に逃げ帰ってしまっては、周囲の皆様も、わたくしの事をアルフレッド様の友人としては認めてくれないでしょう」
「いや、それは、まあ、何とかですね...」
「ですから。どちらにせよリスクがあるのであれば、わたくしは、より前向きな方の選択肢を選びたい、と思います」
「...」
「アルフレッド様、お願い致します。わたくしとミッシェルを、アルフレッド様のパーティに加えて下さいませ」
ラヴィニアさんが、深々と頭を下げる。
その後ろで、侍女のミッシェルさんも、深々と頭を下げていた。
俺の後ろで、アレクが、盛大に溜息。
「ラヴィニア様のご意思は、確かに、承りました」
「お、おい。アレク...」
「ですが、安易にお応えできる内容でもございませんので、少しお時間を下さい」
「...はい。分かりました」
「...」
「ご理解下さり、ありがとうございます。とは言え、状況に然程の猶予がある訳ではありませんので、明日の朝までには、アルフレッドの方からお返事をさせて頂きます」
「よろしくお願い致します」
「承知致しました。それでは、私とアルフレッドは、失礼させて頂きます」
ラヴィニアさんに、丁寧な礼をする、アレク。
その様子を見るともなく見ていた俺に、アレクは、無言で、ラヴィニアさんの部屋からの退室を促してくる。
俺は、仕方なく、ラヴィニアさんに軽く目礼をして、ソファーから立ち上がるのだった。