禁じられた古の魔法
「――魔法とは、想像の具現化であり世界の法則とはまた別の、新たなる法則である」
「……父さん、それは?」
「うん。これは、このマグナ公国がかつて王制国家だった時代から、語り継がれてきた事なんだ」
「あう……?」
父上が言うには、『魔法』とは、今日に至るまでマグナ公国(王国)の人間だけが使う事の出来る、物理法則を置き去りにした真なる法則であるらしい。
魔法の本質は、想像の具現化。
地球で言うところのオカルトや神秘などは魔法に含まれるようだ。
例えば、ある地点に火柱を発生させる想像をしたのだとして、それを、魔力を媒介に詠唱で想像の補強をして具現化する。これが魔法。
当然、具現化すれば火柱が発生する。
ただし、込める魔力量が少なかったり、逆に多かったり、あるいは詠唱をミスっていたり、イメージを上手にできなかったりすると、魔法は暴走したり、あるいは、そもそも発動すらしなかったりする。
そして、魔法はマグナの民にしか扱えない力であるので、マグナの民は幼い頃から魔法の訓練をするのだそう。
生まれながらに卓越した魔の才能を持つ人間もいれば、まったく使えない人間もいる。
だから、魔法が使える事は前提ではあるが、だからと言って魔法が使えないのは非難されるような事ではない。というのが、マグナ国民の常識らしい。
子供の頃は魔法が使えなかったけど、歳を重ねると使えるようになったという例もある、との事だ。
ちなみに。
マグナ国民は大体漏れなく魔法が使えるが、武力に秀でた人間も多くいるらしい。
我が家ではシーナ母上とライカ兄上、そして今オレを抱っこしてくれているレンカ姉上が該当する。
上の姉上であるフレイ姉上は、魔法の腕は平均的らしいが、その分、保有魔力量が多い上に複数の属性を扱えるらしい。
フレイ姉上のような存在は十数年に1人くらいの確率で生まれ、彼らは扱える属性の多さから、『エレメンタラー』と呼称されているとか。
「父さん、属性とは……?」
「レンカ。君は魔法の授業はきちんと受けているのかい? クラウディウス公爵家の人間として、知識くらいはきちんと身に付けていないとダメだよ?」
「少し、訊いてみただけです。それに、アルマはまだ魔法の属性などは知らないでしょうから」
「ああ、そうだったね。ふふふ。レンカは本当にアルマの事が好きなんだね」
「もちろんです。可愛い弟ですから」
「……ライカも弟だと思うけど?」
「ライカは母さんに似てむっつりしていますから。それに、どちらも愛すべき弟ですけど、ライカはもう6歳ですし」
ああ……なるほど。つまり、レンカ姉上は持ち前の母性でオレを愛してくれてるわけか。
まあ、父上と母上はお盛んだったようでフレイ姉上、レンカ姉上、ライカ兄上は歳が近いからな。初めての歳の離れた弟だから、寵愛を受けているという事なんだろうな。
……ま、それがなくても赤ちゃんってのは無条件で可愛いもんだしな。たまに憎たらしいけど。
「うんうん。私も、我が子はみんな可愛いと思ってるからね。……と、それより、属性について、だったね。レンカは覚えているかい?」
「ええと……基本の属性は6種。地、水、火、風、光、闇……です」
「正解だよ。他の属性は覚えているかな?」
「もちろんです。他にあるのは、上位属性と呼ばれる樹、氷、焔、雷……あと……」
「ふふ。そこからは私が引き継ごう。上位属性は5種。今レンカが言ってくれた樹、氷、焔、雷と、聖。そして、更に上位の属性として時空が存在するんだ」
「時空、ですか?」
「うん。文字通り、時間と空間を操る魔法だね。ただ、マグナという国が興ってからも、興る以前も、その使い手は少なかったようだね。10000人に1人いれば奇跡だとされたほどらしいよ」
地、水、火、風、光、闇に、樹、氷、焔、雷……そして時空か。
オレは……どの属性に適性があるんだろう。個人的には雷とか時空とか、心惹かれるんだけどな。
「それからね。これは、魔法の属性とは別の話になるんだけど、このマグナには『禁術』に指定されてる魔法があるんだ」
「禁術……?」
「うん。これは魔法の授業でも習う事だけど、知っておいて損はないから、レンカとアルマだけでも、今から聞いておいてくれるかな」
「あい」
「わかりました」
父上はオレ達の返事を聞いてからオレとレンカ姉上の顔を順番に見つめると、『うん』と1つ頷いてから話し始めた。
「禁術指定をされている魔法はいくつかあるんだけど、そのどれもが『人道に悖る』として指定されている事を、まず話しておくよ」
人道に悖る。
つまり、それに手を出すという事は、人間として越えてはならない一線を越えてしまうという事か。
まあでも、そうして言われてるし、禁術なんて仰々しい名前で呼ばれてるわけだから、手を出す人間がいるとも思えないけど。
「まあ、でも、禁術と言っても、その呪文なんかが全部、今に残っているというわけではないんだ。だから、私からは、今にまで伝わる禁術について説明をするよ」
「わかりました」
「うん。とは言っても、残っているのは1つだけしかないんだ。それ以外の禁術は、あまりにも危険で人道に悖るとして、名前以外は完全に失伝してしまっているから」
「最後に残った禁術……それは、なんなのですか?」
「……名前を『獣人組成術』という。範囲は、まあ、マグナ公国1つ分くらいかな。というか、これはマグナの民を対象にしてしか発動しないからね」
「獣人組成術? つまり、獣人を生み出す魔法という事ですか?」
「簡単に言ってしまえばそうだね。でも、この魔法で言う『獣人』というのは、レンカや他のみんなが知っているような、『二足歩行の獣』というわけではないんだよ」
「……では、どういうものを言うのですか?」
「獣人組成術は、人の魂に細工をする魔法なんだ。人の魂に獣の魂を融合させて、身体能力や自己治癒力、寿命なんかを大幅に引き上げる魔法でね。それを施された人は『獣人』と呼ばれる。だから獣人組成術なんだよ」
「対象となった人は『獣人』なのに、魔法の名前は獣人組成術なのですね」
「うん。不思議だよね」
なるほど、獣人組成術ね。
正直『不思議だよね』で済ませていい代物じゃないと思うんだが……まあ、どうせそれを使うタイミングなんか無いだろうし、単純な知識として持ってればいいか。
人と獣の魂の融合……獣人か。確かに……人道に悖るかもな。
「けど、きっとこの魔法を使うような時はないと思うよ。レンカも、飽くまで知識としてだけ持っていてね。危険なものを危険だと知らないのは、それこそ危険な事だからね」
「はい。しかし私は、たとえ天地が逆転してもそのような魔法を使う事は無いでしょう。人の魂の形を勝手に変えるなど、赦されない事ですし」
「そうだね。フレイも、レンカも、ライカも、そしてアルマも。みんな賢いから、禁術なんかには手を出さないだろうと思っているよ」
「はい。……しかし、父さん。なぜ『獣人組成術』なのでしょうか。魔法なら『獣人組成法』とした方が適切なのでは?」
「うーん……それは、実はあまりよくわかっていないんだよ。ただ、太古の昔、マグナの民は魔法ではなく魔術と呼ばれる力を使っていたらしいから、きっとその名残なんだろうね」
「なるほど。魔法の前は魔術を……」
「うん。けど、そうだったのではないか、という事が話されているだけだから、確証はないのだけどね」
魔法と魔術……。
呪文があるのも、魔術の名残なんだろうか。
どちらかと言えば、呪文を唱えるのは魔術というイメージがあるし……。
あーいや、でも、魔術は儀式的なものだから、やっぱり魔法の方が呪文を必要とするのかな?
「禁術に関してはそんなところかな。それ以外の普通の魔法に関しては……この『マグナ魔法大全』に全部載ってるはずだから、勉強しておくといいよ。今はアルマが興味を示してるから、これはアルマに貸してあげよう」
そう言うと、父上は椅子から立ち上がり、ドアの方まで歩いていくと『おいで』とレンカ姉上を誘った。
そうして父上の誘いにのってやって来たのは、他でもない、オレことアルマ・クラウディウスの自室だ。
「これはアルマに貸すから、自分の部屋で好きに読みなさい。レンカも、一応一緒に見ておくと、使ってみたい魔法なんかが見つかるかもね」
「しかし、それではアルマのお守りが……」
「ふふ。アルマはこの本に興味津々みたいだから、読破するまでは大人しくしているんじゃないかな? だから、あまり心配する事はないよ」
「……わかりました。それじゃあ、アルマ。私と一緒に読もうか」
「あい」
「うん。私はまだしばらく書斎にいるから、もし何かあったり、他の本が読みたくなったりしたら来ると良いよ」
父上はそう言うと、『マグナ魔法大全』を絨毯の敷かれた床に置いて、『じゃあ、私はこれで』と言って部屋から出ていった。
……よぉし、これでようやくオレも魔法の訓練が出来るぞ。苦節数ヶ月……思えば長い時間我慢していたものだ。
という事で読みたい! 今読みたい! すぐ読みたい! 早く読みたい!
「おっと……暴れるな、アルマ。読みたいのはわかったから、大人しくしていてくれ。お前に暴れられて、万が一にも落としてしまったら、私は悲しくなってしまう」
読みたい気持ちが逸って両手を『マグナ魔法大全』に伸ばしてもがいていると、レンカ姉上からそんな苦言をいただいてしまった。
……むぅ。仕方ない。読みたくはあるけど、姉上に迷惑をかけてまで読みたいわけじゃないからな。大人しくしよう。
「ありがとう、アルマ」
レンカ姉上は動きを止めたオレの頭を撫でると、早速床に座り込んで『マグナ魔法大全』を開いてくれた。




