アルマとマグナ魔法大全
己の不明が招いた冒険の終焉から早くも数ヶ月が経過し、オレことアルマも、ようやく1歳を迎えた。
誕生日のパーティは、それはそれは豪勢だったものだ。……惜しむらくは、赤ん坊であるオレは、パーティのために作られた数々の料理の大半を口に出来なかった事か。
ああ恨めしや! どうしてオレは赤ん坊なんだ! ちくしょう!
……なーんて事を、パーティ当日は心の中で吼えていたものである。
そんな口惜しい誕生日パーティからもしばらく経って、オレもようやく二足歩行が可能になった。
やろうと思えばもっと早くから出来た……けど、抱えられるのが気持ちよくてずるずると先延ばしにしてしまっていた。
……まあ、1人で歩けるようになった今でも、たまに抱っこされているのだが。
「アルマ。今日は私がお前の子守役だ。動くなとは言わないが……まあ、あまり危ない事はしてくれるなよ?」
「あい」
父、レオン・クラウディウス。
母、シーナ・クラウディウス。
兄、ライカ・クラウディウス。
上の姉、フレイ・クラウディウス。
下の姉、レンカ・クラウディウス。
これが、我が家族である。
なんともまあ、上から下まで3文字の名前で、実に覚えやすい。
ちなみに、今日の子守役は下の姉上こと、レンカ・クラウディウス。
……クラウディウスって、なんか、皇帝筋の生まれみたいでドキドキするなぁ。薔薇と黄金を愛するべきだろうか。
ともあれ。
オレとしても、わざわざ子守をしてもらうのに手間をかけさせるのは忍びないし、別にレンカ姉上に従うわけじゃないけど大人しくしておこう。
「うん、良い返事だ。……さて、アルマ。何をしようか?」
何を……いや、もう決まっている。
本だ。本を読むのだ。
あの日果たせなかった野望を、今こそ!
そして、魔の力を我が手に!
というわけで姉上、書斎に連れていってください。
「しょさい」
「うん? 書斎? 父さんの書斎か?」
「あい!」
「……書斎か。でも、書斎で何をするんだ? 本しかないけど……きっとお前には読めないぞ?」
「ほん!」
「そんなに行きたいのか。……仕方ないな。まったく、私も甘くなったものだ」
そう言って、困ったように微笑みながらオレを抱き上げるレンカ姉上。
姉上! お言葉ですが、あなたがオレに甘くなかった時なんかありませんよ?
「……む。なんだその顔は。何か言いたげだな、アルマ?」
「……………」
まあ、藪を突いて蛇を出す趣味はないので、ここは首を横に振って誤魔化しておこう。
無用な争いは好まないのがオレだ。
「本当か……?」
なかなか疑り深いですね、姉上……。
しかぁし! 今のオレは赤ん坊。そこいらの大人よりポーカーフェイスが出来るぞ!
「……まあ、いいか。それより書斎だったな。行くか」
オレを抱っこした姉上が、部屋を出て、廊下を書斎の方へと向かう。
特に何事もなく書斎の前まで来ると、姉上は儀礼的にドアをノックした。
『うん? 開いているよ』
書斎の向こうから聞こえてきた声に姉上がドアを開け、中に入る。と、そこには、机に向かっている父上がいた。
まあ、ここは父上の書斎だし、別に不思議な事ではないのだが。
「おや? レンカがここに来るなんて珍しいね。何か読みたい本でも出来たのかい?」
「いや、ここに来たがったのは私ではなくアルマなんだ、父さん」
「アルマが? ……ふむ。よし。じゃあ、せっかくだから、私が本を取ってあげよう。アルマ、どの本がいいかな?」
父上が椅子から立ち上がり、柔和な笑みを浮かべて問い掛けてくるので、まずは書斎を一通り見回してみる。
レンカ姉上は同年代の女の子に比べると少し背の高い方だから、本が見やすくて助かるなぁ。
……ええと。
『マグナ公国の歴史』
『明日から始める剣術~入門編~』
『料理下手でもこれなら出来る! 簡単料理レシピ集』
……なんか変なの置いてない?
歴史書はともかく、なんでレシピ本なんか置いてあるんだ? もしかして、父上が料理を……?
……まさかね。それより、早いとこ目的の本を探さないと。
『戦う女性に振り向いてもらう為の10の行動』
『男をオトす為の剣術 エレナ・マルキン著』
『文武両道を往く シーナ・クラウディウス著』
なんだこれ。
母上が書いた本はともかく、なんでこんな、妙な恋愛指南書が置いてあるんだ。
魔法に関する本はどこだよ!?
『マグナ魔法大全』
あった!
よし、これを指差して父上に取ってもらおう。
ちょっと分厚い……いや、広辞苑くらい厚さがあるけど、父上なら持てるはずだ!
「ん!」
「おっ、見つかったのかい? んー……これかな?」
違う父上! それはエレナ・マルキンとかいう人の『男をオトす為の剣術』だ! オレの性別を考えてくれ!
「ははは、冗談だよアルマ。こっちだよね?」
流石におふざけだったらしく、父上の手が横にスライドして、一冊の本で止まる。
『戦う女性に振り向いてもらう為の10の行動』
違うわ! 逆! 逆側にスライドして、父上!
ていうか、そんな本捨てちまえ!
「……違うようです、父さん」
「おや、そうかい? 私が若い頃は、これを読んで頑張ったものだけどね。……シーナは振り向いてはくれなかったけど」
……じゃあ、父上はどうやって母上を射止めたのだろうか。……気になる。
「まあ、それはともかく。アルマが欲しいのは、多分これだよね」
父上のそんな言葉と共に『マグナ魔法大全』が本棚から引き抜かれる。
そう! そうだよ、それだよ父上! 恋愛指南書に手を伸ばした時は正気を疑ったけど、まともな思考を手放してはいなかったんだね、父上!
「それは……。父さん、アルマにはまだ早いのでは?」
「けど、アルマが見ていたのはこれだよ。きっと、アルマには類稀な魔法の才能が眠っていて、だから本能的にこれを欲したんじゃないかな?」
「……そうなのか、アルマ?」
魔法の才能があるかはわからないけど、どうすれば魔法を使えるようになるのかとか、どんな魔法があるのかとかは気になる。
……まあ、別に本能的に欲したわけではないし、ここは曖昧スマイルで切り抜けよう。
「……ふふ。アルマは可愛いな」
オレの笑顔を受けて、レンカ姉上がフッと笑顔になる。……よし、作戦は成功したな!
「レンカは本当にアルマの事が大好きだね。……と、それより、この本はレンカが読むには少し難しいかな」
「……それなら、アルマにも難しいのではないですか?」
「うん。けど、ほら、私がいるからね。読み聞かせをするような本ではないけど、アルマは中身が気になるだろうし、読んで聞かせてあげよう」
ありがとう父上!
もし魔法が使えるようになったら、まずは父上に見せるよ!
……まあ、訓練で魔法使ってるところを誰にも見られなければ、だけども。
ともあれ、これでこの世界の魔法がどんなものか判るというもの。
さあ、読んで聞かせてくれ、父上。




