赤ん坊アルマ
イーリスから魔法のレクチャーをしてもらってから半年が経過した。
赤ん坊のオレはと言えば、拠点が赤ちゃんベッドだから基本的にやる事がないので、生まれてから1ヶ月くらいの時から魔法の訓練を始めた。
イーリスに言われた通りに手を前にかざして、何かのエネルギーがそこに集まるようにイメージ。
すると、身体の中心あたりから手に向かって、何かが流れていくような感覚があった。しかし、その感覚が肩口まで来ると一気に霧散してしまうのだ。
訓練を始めて1ヶ月から2ヶ月くらいは、そんな感じのが続いていた。
ところが3ヶ月目に入ると、肩口で霧散していたそれが今度は肘まで行くようになった。
この時オレは確信したね。『もうすぐ魔法が使える!』って。
……まあ、そんな事なかったんですけどね!
それからも訓練は続けて、最近ようやく手首辺りまで感覚が来るようになったところ。
ローマは1日にして成らず、なんて言葉があったけど、今まさにそれを感じている。
「うん? ――――、アルマ? ――――か?」
「あー?」
赤ん坊としての成長と言えば、言葉がある程度聞き取れるようになったとか、あーとか、うーみたいな声なら出せるようになったくらいかな。
ところで、オレの名前は『アルマ』と言うらしい。なんか、ちょっと女の子みたいな感じするけど、せっかく付けてもらった名前だ。文句は言うまい。
「――――、母さん! アルマ、――――!」
「いいけど、――――?」
「大丈夫!」
そういえば、オレの上には兄が1人と姉が2人いるらしい。
生まれてから1ヶ月半くらいの時にようやくお目見えした。
兄は父上譲りの金髪緑眼で、いつもむっつりした顔をしている。ちょっと怖い雰囲気の人間だ。歳はオレより5つ上。
だが、オレは知っている。むしろオレだけは知っている。むっつり兄上は、こっそりオレのところに来ると、頬をつついて来ては、へにゃっと顔を歪ませて笑うのだ。かわいい。
姉上達はそんなむっつり兄上とは対照的に、よく笑うしよく話し掛けてくる。
上の姉上は特に元気っ子で、足音高く部屋に入ってきては、長々と喋って帰っていく。髪は短い金だが、眼は黒い。
下の姉上は上の姉上よりも大人しく、むっつり兄上に少し似ているかも知れない。髪は長い黒で、眼はエメラルドグリーン。顔立ちは母上に似ていて、纏う空気も母上っぽい。普段はキリッとした顔をしているけど、オレが手を伸ばすと途端ににへらっと笑う。かわいい。
ちなみに姉上達は兄上より年上で7歳と6歳。
「アルマと――――。ねー?」
上の姉上……『ねー?』と言われてもオレには何が何やら……。
まあ、適当に返事しておこう。
「うー?」
「――――だよ!」
「あうー」
「もー、アルマ――――でしょ!」
……バレたかな? 適当に返事してんの。
ちょっと怒ってるように……見えな……く、もないかな?
しかしな姉上。オレは喋りたくても喋れないんだ。もう半年くらい待って?
「――――、アルマは――――。無茶――――」
「えー? でも――――、――――?」
「それは――――。――――だろう」
うーん……もう少し……贅沢は言わないから、せめて姉上の言葉だけでもわかるようになれば良いんだけどなぁ……。
◆
それから更に1ヶ月。
ここまで来ると、流石に言葉もわかるようになってきた。未知の言語だからか、脳が処理出来るようになるまで時間がかかったんだろうな。
「――失礼します」
ノックの音の後で部屋のドアが開き、誰かが入ってきてそう告げる。
お? なんだ? メイド?
んー……今まで見たことないメイドだな。少なくとも、部屋に来たメイドとしては初めての顔だ。
「お初に御目にかかります、アルマ様。旦那様と奥様が諸用にてお屋敷を空けておられるため、私がお世話する事となりました。ライラと申します、よろしくお願いいたします」
流麗な動作で恭しく頭を下げるライラ。
そういえば、父上ことレオンと、母上ことシーナは、今日は用事があって朝から家を空けると言っていた。
それでこのライラがやってきた、と。なるほど。
「早速ですが、部屋のお掃除からさせていただきますね」
掃除か。
まあ、確かにちょっと汚れてるもんな。ごめんな、散らかして。
……まあ、何も言わないのも失礼だし、了承の意を示しておこう。
「ぅあい!」
「!? い、今、お返事を……?」
「うー?」
「……いえ、そんなはずありませんね。アルマ様はまだ赤ん坊の時分なのですし」
まあ、そういう事にしておこうか。
赤ん坊だからと言って侮らないでもらいたくはあるけどね。
「アルマ様、お布団をお取り替えいたしますね。ですので、申し訳ないのですが、しばらくお待ちください」
オレの居城『赤ちゃんベッド』の布団を取り替えるために、今ある布団ごとオレを床に移動させるライラ。
――この瞬間を待っていたんだァ!!
幸いに、掃除の為に風通しをよくする目的でドアと部屋の窓が開いている。屋敷の中を探索するにはこの機会を逃してはならない……!
この屋敷の中でオレが行った事のある場所と言えば、この自分の部屋と母上の寝室だけだ。
けど、それだけじゃ面白くない。探検したい。
「……………」
しかし、どうする? ハイハイでは動きが緩すぎてすぐに捕まる。しかしまだ立って歩くのは無理だ。
どうする……どうすればいい……?
「…………!」
そうだ、転がればいいんだ。今視界の端に映ったボールを見て思い出した。転がれば、赤子の身体にはない機動力を確保出来る。
よーし、そうと決まれば善は急げ。ライラに見つかる前に、いざ出陣!
そうしてころころと転がり、まずは廊下に出る。なるべく発見までの時間を稼ぐ為に、外開きのドアの陰に身を隠しておこう。
屋敷の廊下は肌触りのいい絨毯が敷かれていて、転がって移動するのに障害はなさそうだ。
フフフ……さあ、冒険の始まりだ!
……スケールが小さいけど。




