魔力操作
「ぜ……」
「全部!?」
驚きからか、レクスレンがその場で立ち上がる。
「驚き冷めやらぬとは思うが、早速授業を始めよう。……手始めに。みんなは、手っ取り早く魔法の腕を上げるには、何をすればいいと思う?」
「魔法の腕を上げるには……?」
「限界まで魔法を使う、とか?」
最前列のニアがそう口にする。
「確かに、それも1つの手段だ。魔法を使いまくれば、魔力の総量が増えて、結果として魔法の腕は上がる。間違いない。……だが、オレの答えとは違うな」
「……クラウディウスはどんな答えを持ってんだ?」
「それを今言ったら授業にならんだろ、グラディオ。頭を捻って、考えてみてくれ。……ちなみに、フォリオ先生はどう考えますか?」
傍らにいる、未だにぽかんと口を開けて呆然としているフォリオ先生に水を向ける。
先生はハッと我に返ると『そうですね……』と考え始め、しばらくして口を開いた。
「魔法の熟練度……とでも言いましょうか。武術でも型の練習を続ければ、身に付き、力になります。なので、それと同じように魔法をとことん練習する……ですかね」
「なるほど、確かにそうですね。どれだけ不恰好でも、練習すれば様になりますから」
「……どうやら、私の答えはクラウディウスくんのものとは違ったようですね」
困ったように苦笑を浮かべながら言うフォリオ先生に、こちらも苦笑を返す。
実際のところ、限界まで魔法を使うのも、魔法を使い続けるのも、魔法の腕を上げる方法としては間違いがない。
ただし、間違いではないというだけで、正解ではない。
「確かに、今言ってもらった方法は、どちらも間違いではない。……が、もっと簡単に、誰の力も借りる事なく、尚且つその差が自覚出来るような方法がある。……わかるかな?」
「勿体ぶらずに教えたら如何かしら、クラウディウスさん?」
「アイリーン・セルベルン。それはギブアップの宣言という事で相違無いか?」
「……ええ。残念ながら思いつきませんの」
「他のみんなはどうだ?」
そう言って目を向けてみるが、目を伏せたり、首を振ったり、手でバッテンを作ったりしている。
が、サイクスだけは、何故かニヤリと笑って口を開いた。
「ヒントをくれよ、クラウディウス。ノーヒントじゃ、流石に厳しいぜ」
「ヒント? ……それもそうか。じゃあ――そうだな。最初で最後、最大のヒントをやろう」
「おう。それは?」
「マグナに生まれた人なら、誰もがやった事がある事だ。例外は……多分存在しない。魔法はここから始まると言ってもいい」
「魔法は、ここから始まる……?」
「そうだ。誰もがこれをやった。これを出来て初めて、魔法が使えるようになった。魔導の初歩の初歩だ。……さあ、その名前は?」
そこまで言うと、流石に誰もが答えに行き着いたようだった。……が、どうにも半信半疑らしく、疑問が解消されたという顔はしていない。
「あ、あの、ど、どうして、魔力操作が魔法の腕を上げる事に……?」
「いい質問だ、アルノー。魔力操作、とひとくちに言っているが……みんな、実際何をしているのかわかってるか?」
「何って……魔力操作は魔力操作でしょ」
「わかってないな、レングス。オレ達が魔法を使えているのは何故だ? マグナに生まれたからか? 違うだろ。魔力を操れるからだ」
「魔力を、操れるから……?」
「そうだ。魔法の発動方法や詠唱を知っていたって、魔力を扱えないんじゃ魔法は使えない。だから、手っ取り早く魔法の腕を上げるなら、魔力操作を徹底してやるしかない」
「……根拠は?」
「根拠ときたか、ウォルレイン。そう訊かれたら、オレはこう答えるしかない。……オレがそうしてきたからだ」
魔力を知覚した頃から今日に至るまで、1日たりとも欠かした事はなかったんだ。
こればっかりは、オレを根拠にさせてもらおう。
「魔力操作は魔法を扱う者には初歩中の初歩。技術というのも烏滸がましいレベルの、なんて事はない作業のようなものだ。だが、初歩中の初歩……全ての基礎であるが故に、それを続けるだけで魔法の精度も威力も、魔力効率も……およそ魔法に関係する全てが向上する。これは、オレが今まで鍛練してきて確信した、純然たる事実だ。みんなも見たはずだ。試験の日、オレが使った『ボルトエクレール』を」
「見ました、わね……確かに。けれど、それを根拠とするには少し弱いのではないかしら? 具体例があなたしかいないのでは、わたくしはとても信じきれませんわ」
「なるほど、それは道理だなセルベルン。なら、本当に効果がないのか……反証のためにもやってみたらどうだ? 期間は……そうだな、1週間でいいか。それで十分に効果が出るだろ」
「わかりました。1日どのくらいやればいいんですの?」
「集中力が続かなくなるまで」
「……………はい?」
「体力の限界と言ってもいい。肩で息をして、全身が汗に塗れ、もう1歩も動きたくないとさえ思うようになるまでだ」
「……………」
「ああ、安心していい。1日目の限界は、2日目には通過点になってる。1週間もやれば、限界なんか知らなくなってるだろうさ」
「そ、そうなの……」
「まあ、セルベルンだけでは証拠にも反証にも乏しいし、今からみんなでやろうか。魔力操作のやり方は覚えてるよな?」
そう問い掛ければ、おずおずといった様子の頷きが返ってくる。
まあ、流石に覚えてるよな。
「じゃ、やってみるか」
言うと同時に、目を閉じて自分の身体の中を流れる魔力に集中する。
この『魔力』は血液とは違って、身体のちょうど中心から全身を巡って中心に還り、そしてまた全身を巡る……というのを繰り返している。
中心から右腕、中心から左腕、中心から右脚、中心から左脚……そういう具合に、中心からそれぞれの身体パーツに魔力を巡らせているわけである。
それは、普段は何も意識せずにいても流れていくのだが、魔力操作とはそれを意識的に動かすものだ。
……さて。
話の中では『なんだ、簡単そうじゃないか』と思うかも知れないが、これが存外に難しい。魔力操作を初めてやる時は、多分誰しも、少しも魔力を動かせないだろう。
大体1週間ほどやり続けた辺りから少しずつ動かせるようになって、コツを掴み始めたらあとは楽なものなのだが。
しかし、そうして動かし難きを動かすというのは、相応に集中力を必要とする。
ましてや、体内を流れる不可視のエネルギーに注力して、これを動かそうとしたら、並の集中力では利かない。
現代に置き換えて言えば……せめて、スポーツ界にある『ゾーン』と呼ばれる状態に至って、初めて魔力を動かせるようになると言えばいいだろうか。
つまり、魔力操作をしている状態というのは、自ずから『ゾーン状態』に入っている状態だと言える。
まあ、そうは言っても結局は体力をかなり消耗する。オレも魔力操作を始めた当初は、その場で糸が切れたように眠りに落ちたものだ。
……え? 魔力操作してなくても落ちてた?
……まあ、そういう事もあるんじゃないかな。うん。
とはいえ、今となっては魔力操作なんて、いちいち目を閉じなくても、日常の延長でやれるくらいなのだが。
「……………」
何とはなしに目を開けて見ると、みんな目を閉じて魔力操作に集中しているようだ。
ちら、と隣を見るとフォリオ先生も同じように目を閉じている。何してんだこの先生。




