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ケモノビト  作者: 光月
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学院生活が始まる朝に


 ギルドへの登録を済ませた明くる日。

 朝も早くに宿を引き払ったオレは、とりあえず様子を窺うだけ窺っておこうと《アドラス工房》にやって来た。

 相変わらず実用性重視らしい刀剣が樽に突っ込まれたり並べられたりしている店舗部分で、奥から聞こえてくる金属を叩く音に耳を傾けながら刀剣を眺める。


「……あ」


 そういえば。

 学院では武術も習うのだからと直剣を頼みはしたけど、万が一のために携帯しやすいナイフかダガーあたりを頼んでおいても良かったんじゃないか……?


「しまったな……。時空魔法のおかげでどうせ所持制限はないんだから、色々作って貰うんだった。失敗したなぁ」


 ただまあ、もしかしたらカルナが気を利かせてそういうのも作っておいてくれて……ないか。ないよな。

 カルナとは4日前が初対面だし、初見の相手にそこまで親切にはしてはくれまい。気に入ったとは言ってくれてたが、それとこれとは話が違うからな。


 ……それにしても。

 カルナ・アドラスとは、果たしてどんな人物なのか。


 名前も顔も声も姿も知ってはいるが、普通、一介の鍛冶師が大公に認められて、さらに家名を名乗る事を許されるなんて事はない。

 それが罷り通るなら、例えば『あそこのなんとかと言う家の人間は鍛冶で有名らしい』なんて話がいくらでも湧いてくるはずだ。

 しかし、現実としてそういう話は一切出てきていない。……まあ、あるいはオレの知らない5年の間にそういう話は出尽くしたのかも知れないが。


「腕は……確かなんだよな。ここにあるのも、結構なもんだし」


 並べられているナイフを1つ手に取って観察してみる。

 業物……とまではいかないが、見るからに斬れ味が良さそうなナイフだ。刃は少し肉厚な感じだろうか。多少乱暴に扱っても刃毀れしなさそうな感じも受ける。


 ナイフを置いて、今度は木箱に突っ込まれた直剣を手に取る。

 なるほど、似ている。

 流石に直剣である分ナイフよりもかなり頑丈そうに見えるが、しっかり研がれていて、このまま使っても差し支えないだろう。


 これらを本当にカルナが鍛えたのだとしたら、彼女はかなり腕の良い鍛冶師って事になる。

 年齢は……見た目はハイティーン。要は10代後半。

 身体の線は……まあ、細い。腕も足も、なるほど女の子って感じだ。

 とても金属を打つために鎚を振るってる腕ではなかったし、それらしい筋肉も付いてそうには見えなかった。

 ……まあ、魔法で強化したりして鎚を振るってるのかも知れないが。


「……わからないもんだな、世の中」


 思えば、師匠も身体は女性らしい細いラインをしていた。

 一体その身体のどこにそんな力があるんだと疑問になるほど力強く重い一撃を繰り出し、かと思えばびっくりするくらいしなやかな動きで回避をする。

 当時から思ってはいたが、あれは詐欺だ。


 まあ、ともあれ、あの見た目年齢で大公が直々に家名を与えるほどには、カルナ・アドラスという人間の鍛冶技術は凄まじいという事だ。


「あー……流石に時間が早すぎたかなぁ。学院に行くにはまだ早いし、かといって手持ち無沙汰だし……どうしたもんかね」


 前世では、こういう時はどうしてたっけか。

 あの世界では携帯ゲームもあったし、何よりスマホがあったから、暇潰しには事欠かなかったんだよなぁ。

 この世界じゃ、そんなものは望むべくもないわけで……。


「……魔力操作の訓練でもしてるか」


 魔力操作。

 それは、魔法の訓練の基礎にして全てである行為。

 日夜これを行う事で、自分が持つ魔力総量を引き上げられたり、魔法の制御が上手くなったり、魔法発動時に消費する魔力量が減ったりする。

 続ければ続けただけ効果が現れるので、ゲームのレベリングが大好きな人にはオススメだ。


「他にやる事ないし、始めよう」


 目を閉じて、身体を流れる魔力に集中する。

 魔力は、心臓あたりから血液のように身体全体を巡っている不可視のエネルギーだ。

 自覚するのに結構苦労するが、一度自覚してしまえばあとは楽なもので、ある程度好きに出来たりする。


 某龍の珠を追って強敵と戦う漫画にもあった、『気』という概念が一番近いかも知れない。

 ただ、魔力はその大きさによってかなりの圧力を伴うので、某死神漫画の『霊圧』にも似たところがある。


 まあ、そんな話はどうでもいい。

 余計な事は考えずに、ただただ、体内の魔力を動かす事に集中――。


「――あら?」

「ん?」


 と思ったのだが、何やら聞き覚えのある声に、つい集中を乱されてしまう。

 つい昨日にも聞いた声だ。


「こんなところで何してるのよ、アルマ?」

「アリアか。オレは……まあ、進捗の確認かな。お前は?」

「私は……ほら、学院では武術も習うじゃない? だから、私に合う武器を鍛えてもらおうと思って」


 ……なるほど。

 アリアはメルフェム大公家の人間だし、カルナの事を知ってても不思議ではない……か。

 いや、それにしても。


「お前も剣を使うのか?」

「まぁね」

「意外だな。お前は魔法一辺倒なのかと思ってた」

「……なんで?」

「だって、お前は魔法の勝負は仕掛けてきても、剣術の勝負は仕掛けて来なかったからな。だから、武術はやらないんだと思ってた」

「あぁ……なるほど……」


 何故か頑なに魔法での勝負だったんだよなぁ。

 ……あれかな? ここが魔法大国マグナだからかな? 武術で有名な国だったら、アリアも武術で勝負を仕掛けてきたかも知れない。


「当時の私は、まだ武術は習ってなかったのよ」

「じゃあ、いつから?」

「5歳からね。アンタと違って武術に関しては経験が浅かったから、だから勝負はしなかったのよ。負けるのが目に見えてたから」

「……出来れば魔法での勝負も勘弁して欲しかったんだが?」

「魔法は! ……まだ勝ち目があると思ったのよ」


 一戦目から手も足も出なかったくせに、あれで勝ち目があると思ってたのか。こいつは驚いた。

 ……もしかしたら、勝てば満足して以降の勝負はなかった可能性もあるな。ああ……クソ、どうしてそこまで頭が回らなかったんだ、当時のオレ……!


「あれで勝ち目があるわけないだろ」

「うるさいわね」

「魔力操作も覚束なかったくせに、よくもまあ勝負だなんて考えたもんだ。むしろ尊敬する」

「うるさいわね! 何よ、自分がちょっと実力が上だからって――」

「……ちょっと?」

「……かなり」

「かなり?」

「結構……」

「諦めの悪い奴だな。大人しく『地上のゴミと神様くらい実力が離れてた』って言えよ」

「誰が地上のゴミよ!」

「――うるせえな。人の家でピーチクパーチク吠えてんじゃ……あ?」


 綺麗な銀髪、妙にエロスを感じるチョコレート色の肌、鮮やかな真紅の瞳。

 アドラス工房の女主人、カルナ・アドラスのお出ましである。


「よう、カルナ」

「あら、カルナ」

「……なんだ。アルマと大公家の雄鶏(おんどり)か」

「誰が朝早くから喧しい畜生よ!」


 いい切り返しだ。ツッコミが上手い。


「アルマは今()ってるヤツの確認だろうけど、雄鶏は何しに来たんだ?」

「だから――まあ、いいわ。剣を鍛って欲しいのよ」

「嫌だ」

「なんでよ!?」

「いや……うん、言い方が悪かった。今からすぐに取り掛かるのは無理だ。1週間は休みが欲しい」

「1週間!? なんでそんなに!?」

「なんでもだ」

「もう……! なんでコイツのは鍛てて、私はダメなのよ!」

「まあまあ、落ち着けよアリア。カルナにはカルナの、仕事のやり方ってもんがあるだろ。オレは4日前にここに来て依頼したんだから、1週間くらい待ってやれ」

「4日……。そう、そうよね。ごめんなさい。取り乱したわ」

「……まあ、それは良いんだけどよ」


 落ち着きを取り戻したらしくしょぼくれるアリアと、それを受けてバツが悪そうな顔で頭を乱暴にかくカルナ。


「でもカルナ、次に取り掛かるまで1週間ってのは、一体どういう理由なんだ?」

「それは……あー……いやぁ、うーん……」

「いや、言えないなら別に無理に話してくれなくてもいいんだけどな?」

「……いや。アルマの事は気に入ってるから、教えてやる。けど、誰にも言うなよ……?」

「ああ、言わないよ」

「よし。じゃ、ちょっと耳貸せ」


 言われた通りに耳を出すと、カルナは顔を近付けてきて、ぼそぼそと囁き声で理由を教えてくれた。


 実はカルナは、先祖にサキュバスとダークエルフを持つ家系に生まれた先祖返りらしい。

 実家も鍛冶屋で、幼い頃から父や母の背中を追って鍛冶師としての腕を磨き続けていたのだが、いつ頃からか尋常でない性欲の昂りを覚え、それを発散するように鎚を振るい鍛冶仕事に打ち込んだところ、それまでにない傑作を鍛える事ができ、性欲も発散出来たそうだ。


 そうした事が何度かあって、性欲を高めてから一気に解放するように武器を鍛てば良いものが作れると確信したカルナは、仕事の依頼には性欲が一定まで溜まってから取り掛かるようにしたという。

 オレが4日前に来た時は、ちょうど性欲が極限まで高まっていたタイミングだったようで、これ幸いと早速剣を鍛ってくれたそうだ。

 そして、鍛冶仕事の最中は常に性欲を消費して武器を鍛つらしく、その仕事を終えたらまた性欲を溜めるためのインターバルが必要になるとのこと。


 ちなみに、性欲を仕事で消費しても人並みの性欲は残るらしい。


「……なるほどなぁ。確かにこれは話せないわ」

「お前だけなんだからな、話したの」

「それは嬉しいな。……まあ、ともあれだ。お前の剣は今すぐには無理らしいから、大人しく待て、アリア」

「わかったわよ」

「でもまあ、一応注文は聞いとく。何がいいんだ?」

「細剣ね。あとは……護身用のナイフを1本お願いしたいわ」

「細剣とナイフな。わかった。出来上がるまではこの辺にあるヤツから適当に持ってっていいぞ」

「ありがと、カルナ」


 短く礼を言うと、早速とばかりに物色を始めるアリア。

 ……さて、オレの剣はどうなんだ?


「アルマの剣は……悪いな、まだちょっと仕上げが残ってんだ。夕方には渡せるはずだから……取りに来れるか?」

「んー……どうだろうな。今日から寮暮らしだから、ちょっと難しいかもな」

「ああ、学院の。……わかった。じゃあ、あたしが持ってってやるよ。特別サービスだ」

「そりゃありがたいけど……いいのか?」

「気にすんな。あたしはお前を気に入ってんだ。これくらいするさ」

「……そっか。じゃ、甘えさせてもらうかな。そしたら、依頼料だけど――」


『いくらだ?』と続けようとした口を、何か柔らかいもので塞がれた。

 次の瞬間、隙間を潜ってぬるりとした温かいものが口内に差し込まれる。

 目の前にあるのは、目を閉じたカルナの顔。


 ……ああ。間違いない。

 これはキスだ。しかもディープなヤツ。


 突然の事に混乱して動けないでいると、侵入してきたカルナの舌が口内を蹂躙し始め、30秒か1分か、あるいはもっとか――結構な時間を、歯をなぞり、舌を絡めとり、唾液を交わらせていた。

 やがて、カルナの顔が離れると同時に侵入してきた舌も引き抜かれ……眼前には、満足げに自分の唇を舌で舐めるカルナがいた。


「お前からは金は要らねえよ、アルマ。その代わりと言っちゃなんだが、色々と、懇意にしてくれよな……?」


 そう言ってこちらを見るカルナの目は、4日前と同じような濡れた目をしていて、妖しげな光を宿していた。


 ……もしかしたら、オレ、この世界では腹上死を経験する事になるかも知れない。

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