入学式は簡潔に
入学試験の日から2日後。
オレは再び、アルシェーラ魔導学院までやってきていた。
他でもない、入学式の日である。
オレ達新入生は試験当日と同じように整列し、学院にある講堂にいる。
無論、在校生である先輩達や学院の教師陣、メルフェム大公その人なども列席し、教育機関の入学式としては然もありなんといった感じだ。
まあ、メルフェム大公に関しては、以前、絵で見た事があるくらいで、特別面識があるとかではないのだが。
「なんだかドキドキするわね……!」
惜しむらくは、新しいオモチャを与えられた子供のように目を輝かせているアリア・メルフェムが、オレの隣に陣取っている事か。
……なんでこいつオレの隣にいるんだろう。他に友達とかいるんじゃないのか?
大公家の令嬢が、まさかオレしか知り合いがいないなんて事はないだろうさ。うん。
その点オレは、今まで魔法や武術の修行ばっかりで、隣にいるアリアを除けば完全なぼっち入学なわけだが。
……あれ? オレの方が惨めじゃない……?
『――それでは、これよりアルシェーラ魔導学院入学式を開始する』
なんてアホな事を考えていると、アルシェーラ先生が壇上に立って入学式の開会を宣言した。
こういう式典の司会進行は教頭先生みたいな立場の人がやるもんだと思ってたんだが……まあ、異世界だしなぁ。前世基準で考えるのはダメか。
『とはいえ、お前達新入生が入学する事など既に周知の事実であるからして』
……………うん?
『ついては、私から一言。それと、メルフェム大公から言葉を頂戴するだけで済ませよう。安心しろ、私の学院では毎回こうだ』
!?
い、いや、そんな驚く事でもない……のか?
個人的には、こういう式典の時って来賓挨拶とか長くて『あーあ、早く終わんねえかな』なんて考えてたから、この展開は願ったり叶ったりなんだが……それでいいのか!?
『お前達が学院に入るにあたって、私から言える事は――毎度の事ながら多くない』
えっ……毎度の事なの?
『全ての事に励め。武術でも魔法でも、研究でも、それこそ恋愛だって構わん。どんな事にも励め。それがお前達のためになるはずだ』
……なるほど。
言い方はちょっと野暮ったい感じはあるが、なかなか深い、含蓄のある言葉だな。
『私からは以上だ。次はメルフェム大公からお言葉を頂戴したい』
その言葉通りに、最早言う事はないらしいアルシェーラ先生が壇上から退き、代わりにメルフェム大公が壇上に立った。
『新入生諸君、初めまして。私がクロード・マグナ・メルフェムだ。君達にはメルフェム大公と言った方が通りが良いだろうから、そちらで覚えていてくれれば良い』
メルフェム大公は、なるほどセイル・メルフェムをそのまま大きくしたような感じだ。
暗めのブラウンの髪に怜悧な光をたたえた瞳。
こういう事を考えると失礼かも知れないが、とてもアリアの父親とは思えない。
あるいは、アリアは母親の血が強いのかも知れないが、流石に離れすぎではないだろうか。主に人格の面で。
……まあでも、瞳の色は同じだ。
『アルシェーラ学院長が簡単に挨拶を済ませてしまっているが、君達ほどの年齢にもなれば、我々大人がいちいち何か言わなくとも大丈夫だろうと考えている。故に、私からも一言二言だけにしておこう』
そこで一旦言葉を切って、メルフェム大公がこちらに視線を寄越した。
もしかしたらアリアを見たのかも知れないが、自惚れでなければ、オレと目が合ったように思う。
メルフェム大公はそれ以上は何をするでもなく、視線を正面に戻すと再び口を開いた。
『今ここにいる者も、いない者も、かの戦争を体験している事だろう。あるいは戦争とは無関係な場所から来ているかも知れないがな。……ともあれ、あの戦争を経験し、レオン・クラウディウス元公爵によって『獣人』となった君達の中には、己の力を持て余した者もいる事だろう』
優しく諭すような、しかししっかりとした語調でメルフェム大公は言葉を紡ぐ。
『このアルシェーラ魔導学院は、そういった者達の為にとのアルシェーラ・クラヴィスよりの提案を形にしたものだ。身分や生まれた国の違い。言葉も価値観も違う事だってあるだろう。……しかし、ここではそれは関係ない。貴族だろうと平民だろうと他国の人間だろうと、等しく肩を並べる学院の生徒だ。それをゆめ忘れる事なく、これからの学院生活を楽しんで欲しい』
言い終わると、メルフェム大公は少し体勢を整えてから壇上から下りて元いた場所に戻っていった。
何故か、オレの方をじっと見ながら。
ともあれ、先生の言葉そのままなら、これで入学式の全行程が終了だろう。
実際、アルシェーラ先生もまた壇上にいる。
『以上をもって入学式を終了する。新入生には後で制服を配布するから、とりあえずはその場にいてくれ。では、解散』
相変わらず式典とは思えない口振りで、壇上のアルシェーラ先生が閉会を宣言する。
学院長だから許されているんだとは思うが……こういう式典はしっかりやらないと意味がないと思うのは、オレが日本で暮らしていたからかな?
海外じゃ、そもそも義務教育の制度すら無いとか聞いた事があるし、こういう文化は海外寄りなのかも知れないなぁ。
「楽しみね、制服」
……楽しみか?
さっき先輩達が着てるのを見たから、特に楽しみだとかそういうのは無いんだけどな……。
「返事しなさいよ、返事を」
「やだよ。大体お前、知り合いの貴族とかいないのか? 同じ貴族家の令嬢とかなら知り合いくらいはいそうなもんだが……」
「わ、悪い!?」
「いや……うん、なんか色々察したわ……」
多分、オレにリベンジしようって頑張った結果、そういう知り合いがいないんだろうな……。
大公家の令嬢ともあろう人間が、なんとも痛ましい事だ。
「な、何よ。別にいなくはないわよ? ただ、アン――じゃなくて、アルマにはそういうのはいないだろうから、私が気を利かせてあげてるの」
「……そうかい。じゃあ、お前とオレが婚約してるみたいな噂が流れたら嫌だから離れてくれ」
「なんでよ!」
「自分の嫁は自分で見つける。お前は兄上に嫁げば良いんじゃないか? 武骨だし愛想はないが、一度愛すると決めたらどこまでも愛するタイプだぞ、あれは」
「私の伴侶を勝手に決めないでよね。私だって理想の男性像くらいあるんだから」
「これはこれは失礼を致しましたアリア様。どうかわたくしめの無礼な物言いを――」
「赦さないわ」
「……あの、せめて最後まで言わせて?」
せっかくからかいたっぷりに、慣れない口調まで使ったって言うのに、台無しだ。
「大体、そんなに心配しなくても私とアルマはクラスは別じゃないかしら。残念だけど、私は新入生の中でも中の上くらいの実力だもの」
「……まあ、そうか。クラスでまで口煩いのが一緒じゃなくて安心した」
「……ねえ。その失礼な言い方、どうにかならないの?」
「お前のおかげで、オレはお前に対する好感度がマイナスなんだ。どうにかして欲しいなら、好感度を上げられるよう頑張りたまえ」
「まだ根に持ってるわけ? 小さい男ね。ちょっと勝負を仕掛けただけじゃない」
「ほぉ? 大公家では相手を1日中拘束するのを『ちょっと』と形容するのか。勉強になった」
「もう!」
と、アリアとそんなやり取りをしていると、アルシェーラ先生とメルフェム大公が、何かを抱えてやって来た。
まあ、さっきの話からして、きっと制服だろう。
「待たせたな、新入生。今から制服を配る。男子はメルフェム大公に、女子は私のところに取りに来い。サイズは一律だが、魔導具化がしてあってそれぞれの身体にピッタリのサイズになるはずだ」
なるほど、衣服の魔導具化か。金かかってるな。
魔導具化された衣服なんて、莫大な金額がかかるか、ダンジョンでたまに宝箱から出てくるくらいしか聞いた事がないが……メルフェム大公が奮発してるのか?
しかもこれ、毎年用意してるんだよな……?
ハハハ……考えないようにしよう。
「クラウディウス、行けよ」
「ん、ああ、悪い」
同じ新入生の男子に声を掛けられ、頭を切り替えて制服を取りに向かう。
家名で呼ばれたから……多分貴族家の奴だな。顔は覚えた。
「……アルマ・クラウディウスか」
「はい、メルフェム大公」
「君には、以前から会いたかったんだ。セイルもアリアも、君の話をよく聞かせてくれていたのでね」
「それは……光栄なお話ですね」
セイルはともかく、アリアはきっとロクな事を言ってないだろう。
勝負に負けた恨み辛みをぶちまけていたに違いあるまい。
「……君は、レオンをどう思っている?」
少し真剣な表情で、メルフェム大公はそう尋ねてきた。
父上をどう思っている……か。
「勝利の立役者。……それはそうでしょう。見方によっては、父上は英雄には違いない。しかし、禁術に手を出した事は間違いない」
「……そうだな」
「総評としては……まあ、『愛に生きた大犯罪者』といったところでしょうか。禁術に関しては文句を言いたくはありますが、それ以上に誇らしく思います。父上は間違いなく『男』として生きたのですから」
「……ふふ。なるほどな。レオンが度々君の事を自慢する手紙を寄越したが、確かに君は自慢の息子だろうな。……学院生活、楽しみなさい」
「ありがとうございます、メルフェム大公」
メルフェム大公から制服を受け取り、一礼してからその場を離れる。
《猫の午睡亭》に戻ったら、早速改造しなきゃな。制服のままでなんでも出来るようにしておきたい。
「クラス分けは明日貼り出されるので、それを見て各々移動するように。それから、同じく明日には寮の用意も整うので、今現在、宿屋などに泊まっている者は明日には引き払うように。以上。では解散!」
新入生全員に制服が行き渡ったあたりで先生が告げる。
全ては明日……か。
明日はちょうどカルナに言われてた期日でもあるし、学院に行く前に寄ってみるかな。




