試験は終わり
それからも滞りなく試験は続いた。
続いたは続いたのだが、オレがやらかした事で息巻いた貴族家の子が勘違いを加速させて軒並み不合格を貰っていた。
もちろん、きちんと弁えていた子もいるにはいるのだが。
まあ、最初から主旨を履き違えているバカは学院には必要あるまい。
『試験は以上だ。今この場に残っている者は、2日後に入学の式典があるので間違いなく来るように。……では、解散!』
アルシェーラ先生のそんな声が響き、受験者から合格者となった面々は、それぞれに会場から去っていく。
随分な数の受験者がいたものだが、終わってみれば、およそ半数以下が合格者となっていた。
魔力量が足りなかった者、魔法の精度が基準に満たなかった者、魔法の威力が今一つだった者は不合格判定を受けて去っていった。
それを考えれば、半数近くも残ったという考え方の方が正しいのかも知れない。
「ねえ、アンタ」
「……………」
「……何よ。いいじゃない、別に。まだ『今』の範疇でしょう?」
アリアの呼び掛けに露骨に嫌そうな表情を顔に張り付けて睨み付けてやると、彼女は事も無げにそう言ってきた。
……まあ、確かにまだそうかも知れないけど、オレには『アルマ』って名前があるんだから、普通に呼んで欲しいよなぁ。
「……まあ、いいや。それで?」
「これから暇? 良かったら公都の案内してあげるわよ?」
「お前の言う『公都』は、あの白亜の貴族街じゃないのか?」
「……………」
「いや、なんか言えよ」
どうやら図星だったらしい。
平民街で暮らそうって言うのに、まったく、このお嬢様と来たら……。
「大体、お前に付き添うのはオレじゃなくてもいいだろ? 他所の貴族のご令嬢と遊んできたらどうだ? 平民でもいいと思うが」
「何よ。私の付き添いがそんなに嫌?」
「……………」
『ああ、嫌だね』と言えたら、果たしてどんなに良いことだろうか。
大体にして、オレはこのアリア・メルフェムという女が苦手なんだ。
それはそうだろう?
いきなり家にやって来たかと思えば、『私と魔法で勝負しなさい!』と強引に、父上達や自分の従者の制止の言葉も無視して突っかかってくるような女だ。
メルフェム大公家のお嬢様だからと手加減に手加減を重ねて相手をするか、あるいは完全に身を隠すしかなかったのだから、その苦労は推して知って欲しい。
とはいえ、このままでは彼女が納得しないであろう事も充分に理解している。
ここはどうにか適当に理由をでっち上げて、彼女の拘束から逃れたいところだ。
「……なんとか言いなさいよ」
「なんとか」
「そうじゃないでしょ!?」
やかましい奴だなぁ……。
うーん…………あっ。良いこと思い付いた。
「魔法使って疲れたから、オレはもう宿に帰る。ついてくんなよ?」
「嘘ね。確かに凄かったけど、ボルトエクレール程度でアンタが疲れるわけないじゃない」
「……………」
「あのねぇ、嫌なら嫌って言いなさいよ。私だって鬼じゃないんだから、ちゃんと聞くわよ」
うーん……こうまで言わせたら、オレがあれこれと誤魔化しを重ねるわけにはいかないな。
どうにか穏便に事を済ませられれば良かったんだが、ストレートに言ってくれと言うなら是非もない。
「……わかった。なら、ハッキリ言おう」
「ええ。それで?」
「オレはお前が苦手だ」
「……それだけ?」
「うん、それだけ」
「じゃあ、付き合いなさいよ」
「いや、それは……噂とかされたら、ほら、困るしさ……」
「女々しい事言ってんじゃないわよ!」
「じゃあ、なんだよ。お前はオレにどうして欲しいわけ?」
正直に話せと言ったかと思えば、女々しい事は言うなと言う。どうして欲しいんだ、こいつは。
「どうして欲しいって……」
「大体……大体だぞ? 片や平民街の事は知らない。片や公都の事をロクに知らない。そんな奴らが2人で出歩いて、帰り道がわからなくでもなったらどうすんだ?」
「バカね、そんなに子供じゃないわよ」
「いや、子供だとかそうじゃないとかじゃないの。万が一の事があったらどうするんだって話。お前は大公家の令嬢で、オレは次男だけど元々は公爵家だった家の人間なんだぞ。3年後には成人すんだから、それくらい考えろよ」
これだからこいつは……。
勝負を仕掛けて来た事と言い、今回の事と言い、自分が大公家の人間だって自覚が足りてないんじゃないのか……?
「う……わ、わかってるわよ」
「わかってない。お前が誘拐なんてされてみろ。大公家の令嬢が拐われたって、上へ下への大騒ぎになるぞ。12歳ったってまだ子供なんだから、もっと考えて行動しろ」
「はぁ……アンタもレナードや兄さんみたいな事を言うのね。わかったわよ……」
レナードは、アリアが幼少の時分から彼女に仕えている従者だ。根がひどく真面目で、更に心優しい人物なので、アリアを封殺したりアリアに封殺されたりしていた覚えがある。
兄の方は、多分長兄のセイル・メルフェムだろう。昔に、時折アリアの保護者役としてクラウディウスの屋敷に来ていたのを覚えている。
彼もレナードのように真面目な人物で、己が大公家の人間である自覚のある実直な人だった。
流石に目の前で叱るような事はしなかったが、アリアの言葉からして、大公家の屋敷に帰る道中とかには叱られていたんだろう。
まだ小さかったオレにも『妹が迷惑をかけてしまってすまない』なんて謝ってくるような人だったからなぁ……。
「わかってくれたか。それなら――」
「アルマ」
「――え?」
急に名前を呼ばれてその方を向くと、そこにはアルシェーラ先生が立っていた。
はて、何か用だろうか?
「どうしたんです、先生?」
「この魔導具に関してなんだがな……」
そう言って先生が懐から取り出したのは、オレが第一試験で置いた魔力量測定用の魔導具だった。
師匠と修行をしていた山に出てきたゴーレムの核を改良……いや、改造して作った代物で、物自体は紫の水晶玉だ。
物自体の色は紫だが、実は魔法適性を判別出来る機能も備わっていて、例えば火属性に適性があれば赤い光が輝くという風になっている。
いや、しかし、今はその話はどうでもいい。
この魔導具が一体どうしたって言うんだろうか。
「その魔導具が、どうかしました?」
「いや、これは一応お前の持ち物だろう? なら、返すのが道理だろう」
「……ええと。それはもうオレには必要ないので、返されても困るんですが」
「じゃあ、どうしろと言うんだ」
「だから、あれを壊したお詫びに差し上げますって言ったじゃないですか。学院の備品として適当に活用してやってください」
「バカか! 先生が生徒のものを備品に出来るか!」
「差し上げますって言ってるでしょ!?」
「だとしてもだ。第一な――」
「第一……なんですか?」
「私が教え子であるお前から、こんな性能の良い魔導具を受け取ったとなると外聞が悪い」
「……………」
「冗談だ。とにかく、これは受け取れない」
多分、半分くらいは冗談ではないんだろうが……まあ、そういう事なら仕方あるまい。
先生をいたずらに困らせるのは、教え子としてはあまり好ましくないからな。
「じゃ、それください」
「くださ……? まあ、うん、返すが」
アルシェーラ先生から魔導具である水晶を受け取る。
オレの手元にあっても困る、先生の手元にあっても困る、学院の備品にも出来ない。
それなら、答えは1つだ。
「……………」
「――っ!? アルマっ。お前、何を――!?」
手の中にある紫の水晶に集中して魔力を注いでいく。
すると、紫の水晶はその機能を発現させて目が痛くなるほどの光を放つ。……が、そこで終わらせる事なく、どんどん魔力を注ぐ。
そうして魔力を注いで10秒も経過した頃、ピシピシと水晶にヒビが入ったような感覚があり、やがてパキンという音を立てて水晶は砕けた。
「うっ……一体何が……って、お前、割ったのか!?」
「いいえ、先生。割ったわけじゃないです」
オレがそう言い終わるや否や、水晶の破片は紫色の砂に変わり、オレの指の間からサラサラと地面に落ちていった。
「なっ――!?」
「オレも困る、先生も困る、そして本来の機能は果たせない。……となれば、壊すしかないでしょう。どうせ片手間に作ったものですし、材料さえあればいくらでも作れますから」
「いや、そうは言うがな……」
「まあ、どうでもいいじゃないですか。作って欲しい時は作りますから。それより先生、良かったら公都を案内してくれませんか? オレは公都は初めてですし、彼女は貴族街しか知らないようなので」
ちら、とアリアの方に視線を向けると、彼女は頬を少し赤く染めて、逃げるようにそっぽを向いた。
「……はぁ、やれやれ。公都の案内か。まあ、それくらいはしてやろう。可愛い教え子の頼みでもあるからな」
「流石は先生。愛してます」
「そういうのは私ではなく伴侶に言ってやるんだな」
「アリアはそういうのじゃないですけど」
「わかってる。お前達は相性が悪いからな。……さて、では早速行くか」
「一生ついていきます」
「やめろ、鬱陶しい」
そんなやり取りをしながら、先生と笑い合う。
なんだか、屋敷にいた頃に戻ったみたいだ。
「アリア、行くぞ?」
「……わかってる! 今行くわよ」
……なんだ? なんかイライラする事でもあったのかな?
ダメだぞ。ちゃんとカルシウムを摂らないと。
骨も強くなって、イライラにも効いて、一石二鳥だからな。




