言葉の通り
前世でオレは、ファンタジーRPGが大好きだった。
現代ではあり得ない世界観、特殊な力を持った人間達、彼らを取り巻く物事。
善も悪もない交ぜにした一大スペクタクルが、オレは大好きだった。
そして、憧れた。
もし自分も剣を扱えたら。
もし特殊な力に目覚めたら。
もし、この剣と魔法の世界で生きる事が出来たのなら。
……さて。
そうした憧れをもって生きる中で、1つのファンタジーRPGと出会った。
『剣聖』と呼ばれる剣士の女の子と、その保護者でもある犬耳の生えた盗賊風の青年が、『剣聖』という名を取り巻くあれやこれに、仲間と共に立ち向かっていく。……そんなゲームだった。
その中に出てくる敵の1人に
『全てを燃やし尽くす灰色の炎』というものを能力として使用する奴がいた。
ひと度火が点けば灰さえ残さないらしいその炎を使って、そいつは主人公達を追い詰める。
万事休すか、といったところで盗賊風の青年が覚醒し、今まで自分の中にあったが目を逸らし続けてきた力を使う決心をする。
それは『全てを灼き尽くす冥府の漆黒の炎』を操る力であり、青年の持つその力こそがオリジナルで、敵の持っていた力は劣化品だったのである。
憧れた。
当然のように憧れた。
その青年はそれまで茶髪だったが、覚醒して黒髪になったのが、最高にカッコ良かった。
何より、『漆黒の炎』というのが、これ以上なく胸に響いた。
【災厄武装:黒き刧炎】は、それの再現とも言える魔法だ。
そもそも【災厄武装】とはなんなのか?
有り体に言って、災厄武装なんてのは単なる呼称に過ぎない。名前なんて、実際はなんでも良かったんだ。
内容としては、およそ考えられる自然災害や災厄といったものの、その現象をどうにか魔法で再現して、ガントレットのような『武装』として振るうというもの。
しかし、それ故に……というか、そうでなくてもというか、とかく強大な力として発現したのが【災厄武装】である。
だからまあ、出来る事なら使いたくはなかった魔法なのだ。
もし使う時が来るとしたら、それは……およそ神々の力さえも頼らなければならないほど強大で凶悪な存在と戦うような事態になった時だろう。
少なくとも、『獣人』とはいえ人間相手に振るっていい力ではない。
オーバースペック、そしてオーバーキル
それが、オレが【災厄武装】と名付けたものの全容である。
もちろん、災厄を武装として装備する、というだけではないが。
「……それは、なんだ」
アルシェーラ先生が、強張った顔と僅かに震えた声で問い掛けてくる。
確か、以前にアルシェーラ先生の授業で、強大な魔力は殺気にも似た圧力となって周囲に圧し掛かると聞いた事がある。
きっと今の先生は、このガントレットの魔力を感じて心に生まれた恐怖心なんかと必死に戦っているんだろう。
チラ、とメリンダ先輩の方を見れば、ぺたんと地面にへたり込みながら、しかし目はガントレットに釘付けになっている。
やっぱり、こいつの魔力量は怖いんだろうな。
「それはなんだと訊いている、アルマ!」
「……これは、オレが至った魔導の極致。その欠片です。世に言われる災害や災厄を、オレのイメージをプラスして魔法として再現、武装化しました」
「それで、【災厄武装】か……」
「そうです。まあ、こんなものは使わないに越した事はないので、もう解除しますね」
文字通り、本気は『見せ』た。
それならば、もはやこの人工災厄に要はない。
約束が違うとか言われそうだが、オレは『本気をご覧に入れましょう』とは言ったが、それで攻撃するとかは言ってない。
言質が取られてない以上、オレの方が有利に論戦を抜けられる。オレの勝ちだ。
なんの勝負だよ、とか。
何に勝つんだよ、とか。
そんな事を言われそうだが、オレにもわからん。
とにかく、ガントレットを形成している魔力を魔力操作で散らして、黒炎を消す。
……我ながら、なんてものを開発してしまったんだろう。
「ま、待て待て。何をしているんだ」
「……はい?」
「さっきのガントレットで私と戦うのだろうが?」
「……………」
何言ってんだこいつ。
「あの、もしかしてなんですが……」
「なんだ?」
「アルシェーラ先生は自殺志願者だったのですか?」
「そんなわけがあるか。まだ生きていたい」
「じゃあ、なんでそんな……」
「本気を見せろと言っただろう」
「ですから、見せたじゃないですか」
「……は?」
「???」
ぽかんと口を開けて呆けた表情をするアルシェーラ先生。
んー……? オレ、なんか変なこと言ってるかな? 本気を見せろって言われたから、言われた通りに見せただけなんだけど。
「……だから、本気を見せろ、アルマ」
「ですから、今見たでしょう? まさかこれ以上を見せろって言うんですか? あれ以上の本気なんてないですよ。間違いなく、【災厄武装】がオレの切り札です」
「……んん?」
「……なんですか?」
「私は、本気を見せろと言ったろう? ……言ったよな?」
「ボケたんですか? 言いましたよ」
「うん。それで、お前はどうしてガントレットを消したんだ?」
「だって、もう見たじゃないですか。主目的はオレの本気を見る事であって、本気のオレと戦う事ではないでしょう?」
オレがそう言うと、先生は口を噤み、しばらく考え込んだ後に『なるほど』と呟くように言った。
どうやら、ようやく理解して貰えたらしい。
あー、良かった。【災厄武装】なんか使ったら、いくらアルシェーラ先生でも流石に殺しちゃうっての。
「わかった。私の言い方が悪かったな。アルマ、本気で私と戦え。そうしたら、明日の入学テストは受けなくてもいいし、特待生として迎えてやろう」
「謹んでお断りいたします」
「……何故だ」
「本気を出す利点がありません。入学テストの免除や特待生待遇はあくまで副次的なもの。今この場でオレが本気を出す事とは繋がりません」
「む、ぐ……」
詭弁である。紛う事なき詭弁である。
だが、言葉というのは、結局のところは受け取る側がどう思うかである。
例えば、人物Aが人物Bに
『このゴミ、ゴミ捨て場に捨ててきて』と言ったとしよう。
言われた側……つまり、その言葉を受け取る側である人物Bが
『仕方ないなぁ。捨ててきてやるか』
と考えるのか
『は? 自分でやれや、ふざけんな』
と考えるのかは、その人次第である。
さて、ここでアルシェーラ先生とオレの会話を思い出してみよう。
先生はオレに『本気で戦って欲しかった』から、『本気を見せろ』と言った。
対するオレは、【災厄武装】を使いたくはなかったので、文字通りに『本気を見せる』だけにした。
もちろん、これにはオレの意地悪も多分に含んでいる。そうでなければ、わざわざ詭弁を弄したりはしないからな。
とにかく、先生ね『本気を見せろ』という要求にオレは確かに応えてみせたわけで、それ以上の事は別途相談、というわけだ。
三度言っておくが、詭弁である。
「……はぁ。まあ、仕方ない。確かに、これは私の我が儘でもあるからな。今のは忘れろ」
「わかりました。……まあ、機会があれば戦う時もあると思うので――その、そうして見るからに落ち込まれると、なかなか心苦しいのですが」
アルシェーラ先生は落ち込んでいた。
それはもう盛大に、ずーん、とか、ずももも、とか書き文字がバックに付きそうな落ち込み様だ。
詭弁を弄して戦闘を回避した事は、正直我ながらよくやったと思うのだが、かねてからの知り合い――しかも、家族のように接してきた人間にそうして落ち込まれると、罪悪感が湧いてくる。
もし仮に、これをアルシェーラ先生が意図してやっているのなら、普段は堅物チックなくせになんて打算的な女なんだ、と、ちょっと称賛したくなる。
「……仕方ないだろう。せっかく教え子の実力の全てが見えると思ったところにこれだ。落ち込みもする」
「いや、あの……すみません」
……まあ、確かにちょっと……いや、かなり……結構、意地悪だったかも知れない。
とはいえ、まだ学院に入学してもいない身なのだから、そこは察して欲しい。
それから、アルシェーラ先生が復活するまで1時間をたっぷり使い、その後ようやく解放された。
戦っていた時より厄介だったかも知れない。




