アルシェーラ魔導学院
「ああ、初めまして。オレは――」
そこまで言ったところで、高まっている魔力の波動を感じて、咄嗟に魔力障壁を張る。
魔力障壁は魔法を使えるならまず最初に扱えるようになるはずの『魔法もどき』だ。
仕組みは至って単純。魔法使いに必須な『魔力操作』のノウハウを利用して、魔力攻撃から身を守るためのバリアを形成するだけである。
これは単純な魔力の塊で、属性魔法みたく詠唱を必要としない。だから『魔法もどき』なのだ。
そして、一瞬遅れて魔力障壁に炎の球がぶち当たって、霧散した。
魔法での攻撃を防いだ事になる。
それにしても……なんだぁ?
見学に来ただけだってのに、説明も聞かずに攻撃だなんてやってくれるじゃねえの。
世紀末なの? 時はまさに世紀末なの?
嫌だぞ、異世界に来てまでモヒカンにトゲ肩パッドでヒャッハーなんて。
「くそっ……うん?」
ふと、そこで違和感を覚えた。
攻撃に使用された魔力と、目の前の眼鏡ルックな少女の魔力とが合致しない。
人の身体にある魔力は指紋みたいなもんだから、魔法を使ったのだとすれば、魔法の魔力と発動者の魔力が合致するはずなんだが……。
という事は、だ。
この魔法攻撃を仕掛けてきたのは、少なくとも目の前の彼女ではないという事だ。
そして魔法の威力から考えて、この攻撃を仕掛けてきた人間は、オレの事を知っており、この程度なら余裕を持って防げると信じている。
ここから導き出される結論は、魔法発動者はオレの事を知っており、魔法の実力をも理解している人物であるという事だ。
……そんなの、1人しかいないじゃん。
「――随分と野蛮な手段に訴えたものですね、アルシェーラ先生?」
「よく言う。今のは、結構本気で撃ち込んだ魔法だったんだけどな?」
「はははっ。なるほど、やはり母上の友人だけありますね」
「……どういう意味だ」
少しイラついたような声音で、目の前の少女……の後ろから、アルシェーラ先生が姿を現した。
5年も経てば人間の見た目なんてそれなりに変わるもんだとは思うのだが、アルシェーラ先生はまったく変わったところがなさそうに見える。
まあ、実際は『獣人』への変化があるわけだが、そんなのは普遍的でわざわざ取り沙汰すまでもないからなぁ。
「あの、アルシェーラ学院長。お知り合い、なのですか?」
「うん? ああ。彼は私の親友、シーナ・クラウディウスの2人目の息子だよ」
「クラウディウスの……!?」
少女と先生がそんな会話をして、オレがクラウディウスに名を連ねる者だと聞いて驚いている。
クラウディウス家って、結構有名なんだな。
「それでアルマ。何しに来たんだ?」
「何しにって、見学に来たんですよ、先生」
「見学? ……ああ、そうか。そういえば、ライカからそういう連絡があったな」
「そうですよ。それなのにいきなり攻撃なんて、オレじゃなかったら火傷してますよ」
「抜かせ。まあ、それはいい。せっかくだから、私が案内をしてやろう。どうせ、見学しようと思っても知らない場所だから、案内の人間が欲しかったんだろう?」
お前の考えなんぞお見通しだ、と言わんばかりのしたり顔で言うアルシェーラ先生に苦笑で返す。
5年も会っていなかったというのに、どうやらオレの事は完全に覚えていたらしい。
「ちょうど良い。メリンダ・ラシウス、お前も同行するといい。どのみち暇だろう?」
アルシェーラ先生が、はた、と何かに気付いたように、傍らの少女に声をかける。
なるほど、彼女はメリンダ・ラシウスという名前なのか。
マグナの貴族……ではないな。オレが知らないだけかも知れないが、5年前までは『ラシウス』という家名の貴族はいなかったはずだ。
もしかしたら、どこぞの豪商の娘さんなのかも知れないが……そうだとするとオレには知る由もない。お手上げだ。
「確かに暇ですけど……いいんですか?」
メリンダはこちらを見ながら、申し訳なさそうに言う。
多分、彼女としては一緒に来たいのだろう……が、オレの迷惑になるかも知れないとか考えているのかも知れない。
その視線を察して、アルシェーラ先生までもがこちらに視線を向けてくる。
目が如実に語っている。
『同行させても問題ないな?』と、
オレとしては、単純に学院見学のための案内が欲しかっただけなので、それが1人だろうが2人だろうが構いはしない。
流石に5人6人とかになるようなら遠慮したいが、そうでないなら願ったり叶ったりである。
「そんな睨まなくったって、別に拒否しやしませんよ」
「うむ。では、行こうか」
アルシェーラ先生は満足げに頷くと、そのまま身を翻して先を歩いていく。
いきなり攻撃してきた事への謝罪とか、そういうのが欲しくはあったが……まあ、言ったって仕方ないだろう。
……さて。
『学院』がどういうとこなのか、しっかり見とかないとな。
◆
アルシェーラ先生とメリンダ先輩による『学院』の案内は、そりゃもう詳しかった。
何せ、教導側と生徒側の2つの側面……いや、視点からの説明が受けられるのだから、それが詳しくならないはずがないだろう。
まず、この『学院』の正式な名称だが、『アルシェーラ魔導学院』という。
これはオレも事前に兄上から聞いて知っていた。
敷地内にある基本施設は、教室がある教導棟、教師陣が暮らす教師棟、生徒達が暮らす学生寮。
特殊施設として、魔物を従える事が出来る『従魔師』の従魔を管理するための従魔棟、研究会なるもののそれぞれの部屋がある研究棟がある。
研究棟は言ってみれば部活棟だ。内容的には大学のゼミと同じ感じだが。
それから、食堂があった。
食堂は教導棟、教師棟、学生寮に1つずつあり、ご飯は1日3食。
朝夕は、教師なら教師棟、学生なら学生寮で摂る事になっているが、昼は教導棟か、あるいは街に繰り出して食べてもいいらしい。
もちろん学院の外で食べる場合は別途お金が必要になるが、学院内で食べるなら無料だそうだ。
でもって、学生が食材を持ち込んで自前で作るのもアリなんだそうだ。
その場合は、まあ当たり前ではあるが、食堂の厨房の責任者に確認を取る必要がある。
「……結構な規模ですね」
「うむ。……まあ、戦争があったからだろうな。幼いうちからしっかりと力の使い方を学んでおくべきだ、とメルフェム大公も随分乗り気だった」
「なるほど。確かにそういう理由なら、メルフェム大公も乗り気になるか……」
父上や母上の話に聞いただけだが、メルフェム大公はこのマグナという国を随分と愛している人のようで、子供達への教育制度に関してもかなり前から色々と考えていたらしい。
そこに戦争があり、終結後はアルシェーラ・クラヴィスによる教育機関設立の提案があった。
メルフェム大公の人格を考えれば、これ幸いと飛びついて、支援を惜しまなかっただろう。
まあ、オレはメルフェム大公の顔は知らないんだけども。
シーナ母上はもちろんだが、姉上達や兄上なら会った事もあるんだろうか?
「アルマは大公に会った事はなかったな?」
「え? ええ、まあ、そうですね。修行ばかりしてましたから。貴族家とは言え、次男坊の立場はなかなか有利に働いてくれました」
「『師匠』だったか……? 確かにシーナより強そうに見えたが、本当に修行は終わったのか?」
「終わりましたよ。……いや、本当は終わってないのかも知れないですが、師匠からは終わりだと言われましたね。あとはオレ次第って事でしょうね」
そうだ。師匠からの指導が終わったからと言って、一人前であるとは限らない。
言われた事を言われたままになぞるだけなら、それこそ時間を掛ければ誰にだって出来る事なのだから。
問題は、それをどう昇華させていくか。
他人の技でしかなかったものを吸収し、どう自分のものにしていくかである。
未だ修行中の身? ……いや、人生こそが修行だろう。なまじ、最強を目指すならば。
「……ふむ。ちょうど良い。久しぶりにお前の力を見てやろうか」
「負けませんよ。オレには意地がありますから」
「例の件か。まあ、多少はハンデを背負う事になったんだろうが、特に気にしてはいないだろう?」
「もちろん。それに、確かに師匠のところでは武術ばかりの修行でしたが、オレはオレでちゃんと魔法を鍛えてますから」
「ほぉ、それは楽しみだ。メリンダ・ラシウス、立会人を頼めるか?」
「えっ、あ、はい、わかりました!」
蚊帳の外だったメリンダ先輩が急に話を振られ、びっくりしながらも返答する。
アルシェーラ先生か……。
『獣人』になったとは言っても、この人はこの人で自助努力を怠らない人だから、既に『獣人』としての力の扱いは心得てるだろうな。
もしかしたら、もう無詠唱が出来るようになっているかも知れないし、気を引き締めてかかろう。




