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ケモノビト  作者: 光月
22/41

公都


 兄上と話してから更に4日が過ぎ、オレは、ようやく公都を目と鼻の先に捉えていた。

 本当なら既に公都の中に入れているはず、だったのだが、あの戦争以来セキュリティが厳しくなったようで、門に検問が敷かれているのだ。


 必要なものは、身分を証明出来るもの。


 まあ、これは別に問題ないんだ。

 兄上から念のためにとクラウディウス家の家紋が彫られた短剣を受け取ってるし、母上からも家紋のワッペンを受け取った。

 姉上達からは何故かキスを貰ったが、まあ、これはどうでもいい。


 とにかく、身分証明に関しては問題ない。

 問題があるとすれば、クラウディウスという名前が恨まれてないかどうかくらいだ。

 どうか、恨まれてませんように……!


「次の者!」


 おっと、オレの番だ。

 学院の入学の時期だからか、随分人が多くて、結構並んだんだよね。

 規模は違うけど、ちょっとコミケを思い出したわ。


「身分を証明するものを提示せよ」

「えーと……とりあえずこれでいいか」


 家紋ワッペンは念のために時空魔法で異空間に保管してあるので、腰のベルトに差した短剣を鞘ごと抜いて見せてみる。


「クっ、クラウディウス家……!? し、失礼しました! クラウディウス家のお方とは露知らず……!」


 えぇ……なにその反応?

 もっと普通にしてくれていいのよ?


「あー……いや、あんま畏まらないで欲しいんだがな。オレは次男坊だし」

「いえ、そういうわけには参りません。前当主であるレオン・クラウディウス様によって、我らがマグナは大勝したのですから!」

「……なるほど、そういう事か」

「確かに、禁術に手を出された事は残念でしたし、赦される事ではありません。ですが、それによって救われた者がいるのもまた事実です」

「じゃあ、結構好意的に受け止められてるって事か……?」

「はい。中には禁術に手を出したとしてどうしても赦さない者もいるでしょうが、公都の民も大半は好意的に受け止めております」


 ふーむ。この門番をやってる男の目を見るに、嘘ではないらしいな。

 それにしたって、随分持ち上げられたもんだな、父上も。勝利の立役者って感じか?

 懸念してた事がちょっと解消されたのは嬉しいな。


「あ、そうでした。念のために名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「クラウディウス家次男、アルマ・クラウディウスだ」

「アルマ様ですね。それでは、こちらの短剣はお返し致します。――ようこそ、公都へ!」


 門番の男はニカッと笑いながらそう言った。

 なかなか気持ちの良い笑顔をするじゃないか。


「そういえば、『学院』に行く予定なんだが、どう行けばいい?」

「『学院』でしたら、この通りを真っ直ぐ行って、途中で広場に出ますのでそれを左手に折れます。それからしばらく行くと大きな建物が見えますので、そちらが『学院』になります」

「真っ直ぐ行って、広場に出たら左か。結構歩くのか?」

「いえ、15分もかからないと思います。通りの混雑具合や、途中でどこかに寄られるなら別ですが」

「そっか。や、ありがとう。公都にはあんまり来た事なくてな。助かったよ」

「いえ、これも仕事の内ですので」

「仕事熱心なのは良い事だな、モテるぞ。頑張ってる男が嫌いな女はいないだろうしな」

「ははは、ありがとうございます。それでは、良い公都生活を」

「ああ、ありがとう」


 最後にそう言って、短剣を腰に戻しつつ門を潜って公都の中に入る。


 公都は、白亜の都市だ。

 漆喰のような白い石材と温かみ……があるかどうかはわからないが、木材とで構成された建物の数々。

 都市自体は3つにわかれている。

 すなわち、大公がいるはずの城、貴族街と呼ばれる地区、平民街と呼ばれる地区の3つである。


 メルフェム大公が執務をするために詰める城と貴族街にある建物は白亜で構成され、平民街は木造建築がメインだ。

 貴族街は、なるほど貴族が住む場所だから白で統一してあって、シンプルでありながら確かな豪華さを備えた街並みだが、如何せん道に迷いやすい。

 オレはそんな経験はないが、父上と母上に連れられてよく公都に来ていたという姉上達は、それはもう何度も迷ったらしい。

 10分も歩けば迷子の出来上がりだそうだ。


 対して平民街は木造の――もちろん単色ではないが――茶色い街並みだ。

 ただ、今こうして門を潜っただけでも、その活気に圧されそうになってしまいそうではある。

 きっと時期の事もあるんだろうけど、とにかく人が多くて、そして活気に溢れている。


 商店の店先では店員と客が言葉を交わし、手を繋いだり肩を抱き合ったりして歩いている人達がいたり、子供達も道行く人々の合間を縫いながら走り回ったりしている。

 日本じゃあ、まず見られないし、子供達が大人しく遊んでる事なんてないだろう。親世代や前世のオレ世代がふざけ倒してるんだからな。


 ともあれ、荘厳とも言える貴族街の雰囲気とは打って変わって、人々の顔が見え、そして笑顔が溢れている良い街だ。

 これが、公都が公都たる所以なのかも知れない。


「――と、気圧されてる場合じゃないな。確か、明日には入学のためのテストがあるらしいから、学院の場所だけ把握したら、さっさと宿を探そうかな」


 誰に告げるでもなく呟くように言ってから、門を潜ってから止まっていた足を動かす。


 それにしても、本当に凄い活気だ。

 クラウディウス領も、まあ、侯爵家の領地だからそれなりに繁栄はしているんだが、流石に規模が違うな。

 前世で言えば日本は東京みたいなもんだから、賑やかしいのは、そりゃ当たり前かも知れないが。


「……あ、そういえば」


 歩きながら、ふと思い出した事があった。

 これからオレが行く事になるかも知れない『学院』は武術も魔法も、その両方を重視し、教える教育機関だ。

 だから、武術と魔法の両方の授業を受けられるように、準備をする必要がある。


 まあ、そうは言っても、魔法の授業の準備なんて無いようなもんだけど。


 だが、問題は武術の方だ。

 残念な事に、師匠との修行では木剣を使っていたから、真剣を佩いていた事が一度もないのである。

 だからつまり、明日の入学テストまでに自分に合った得物を探しておく必要があるわけだ。


「しまった……武器屋の場所とか聞いとくんだったな……」


 改めて言っておきたいが、残念な事に、公都の地理には疎いオレだ。

 だから、1人で適当に歩いてみたところで、武器屋か鍛冶屋を探すどころか、逆にオレが探される羽目になってしまうのである。


 流石に12歳にもなって迷子は恥ずかしい。

 第一、クラウディウス家の次男が公都で迷子になった、なんて話が流れでもしたら、オレは恥ずかしくてマグナ公国にいられなくなってしまう。


 ……そう、つまりは聞き込みだ。聞き込みをすればいいんだ。

 日本にだって素晴らしい言葉があったじゃないか。

 『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』って。


「そうなると……どうするかな」


 なおも歩きながら、きょろきょろと周囲を見回してみる。

 どうやら、あの門を潜って最初に通る事になるこの通りには、青果店が多くあるようだ。


 ……ちょっと小腹も空いたし、適当な店で買い物がてら情報収集といくか。


 という事で、早速、適当な青果店に足を向ける。


「いらっしゃい! 何が欲しいんだい?」


 そう言って元気に接客をしてくれたのは、30代くらいの快活そうな女性だった。

 肌は程よく日に焼け、健康的な小麦色をしている。長めの髪をポニーテールに纏めてあり、勝ち気そうに吊り上がっている眼が特徴的だ。


「やあ。この時期に一番美味いのってなんだっけ?」

「んー……この時期ならヤナシかねぇ。甘くて瑞々しいから、特にオススメだよ」

「そっか。じゃあ、それ3つちょうだい」

「あいよ」

「それからさ、武器屋……って言うか、鍛冶屋がどこにあるか知らない?」

「鍛冶屋? ……ああ、あんた、さては学院に入る予定なんだね?」


 女性は『この季節になると来るからね』と言いながら、ヤナシを3個渡してくれ、代わりに代金を渡す。


 ヤナシとは……まあ、ぶっちゃけ梨だ。

 オレも初めて見た時はそれなりに驚いたが、日本の梨にそっくりなんだ、これが。

 流石に品種までは知らないが。


「あんたは、どういう武器を探してんだい?」

「どういう……まあ、剣かな。直剣。金額はあんまり頓着しないから、丈夫で斬れ味の良いのを売ってるとこがいいな」

「それだったら……そうだね。学院の近くに《アドラス工房》って鍛冶屋があるから、そこに行ってみな。きっと求めてるものがあるはずさ」


 学院近くの《アドラス工房》か……。

 よっし、覚えたぞ。どうせ学院に行くんだし、手間がなくて助かるな。


「――あ、そうだ。良かったら宿も教えてくんない? メシが美味くて、出来れば風呂のある宿が良いんだけど……ある?」

「心配しなくてもあるよ。また学院の近くだけど、《猫の午睡亭》ってとこがある。そこが良いね」

「……なんか、随分と学院のそばに良い店が集まってるんだな?」

「まあ、学院は平民でも貴族でも入れるからね。稼ぐには良い立地なのさ」


 なるほどなぁ。

 そう言われると、確かに納得出来るな。


「ん、わかった。ありがとな、色々教えてくれて」

「これくらいなんて事ないよ。頑張んなね」

「もちろん。絶対受かってみせるさ。ところで、このヤナシはよく熟れてるやつ?」

「程よく熟れてるよ。なんでだい?」

「いや、女将さんと同じで食べ頃なのかな、とね」

「……ばーか。子供が生意気言ってんじゃないよ」

「ははは。こいつは失礼。じゃ、またいつか!」


 顔を真っ赤にした女性に手を振って、その青果店を後にする。


 さてさて……上手いこと学院近辺で用事が済めばいいんだがな。

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