新たな誕生
目覚めは、悪いものじゃなかった。
最初に感じたのは、どこか窮屈な場所からようやく出てきたような解放感。次に身体を何かで包まれるような感覚があって、誰かに抱えられて、どこかに置かれた。
目は……開かない。
身体も……上手く動かない。手や腕くらいはなんとか動かせそうだけど、他はちょっと難しい。
あと、ちょっと、喉……というか首に違和感があるけど、まあ気にしても仕方ないだろうな。
「―――――!」
「―――――」
「――。―――――」
誰かの声が聞こえる。
人数は……たぶん2人くらい。
片方は、なんか達成感に満ちたような声で、もう片方は慈愛に満ちた聖母のような声。
聖母の声なんか知らないけどな。
でも、なんか、妙に落ち着く声。
「――! ――――!」
そして、バァン! と大きな音がしたかと思ったら、少し賑やかしい声が聞こえてきた。
反射的に、何故か、両手が何かを求めるように上に伸びていく。
うーん……今オレは赤ん坊の状態だと思うんだけど、色々ままならなくて困るな。
赤ん坊の意志疎通手段は泣く事だって話だけど、前世はいい大人だったんだ。おいそれと泣いて、家族に手間をかけるわけにはいかない。
……あ、でも、生まれたての赤ん坊って泣くものなんだよな?
たしか、泣き声の大きさで元気な子かどうか判別する、みたいな話を聞いた気がする。前世で。
じゃあ泣いた方がいいのかな? いやでも、男が簡単に泣くわけには……いやしかし……。
「―――――。――――?」
「―――。――……―――?」
「――。―――――。―――?」
あっ、なんか視線を感じる。
この視線は……そう、心配する時の視線だ。間違いない。オレは詳しいんだ
……そうなると、泣いてないのが問題、なんだろうなぁ……。
えぇ……泣きたくないんだけど……。
「―――っ。――――?」
聖母のような声が、涙混じりの声になって話し掛けてくる。
そんなにか。そんなに、オレに泣けと言うのか。ちくしょうめ。
「――――! ―――――!」
賑やかしい声も、急に力を失ったような声になって話し掛けてくる。
……ああもう、わかったよ。泣けばいいんだろ、泣けば。そんなに泣いて欲しいなら泣いてやるさ。
でも、知らないからな。どんな家に生まれたのかはわからないけど、夜泣きとかしまくって迷惑かける事になっても、オレは責任を取らないぞ。
まあ、赤ん坊だから取りたくても取れないんだけどさ。
「――、――――!」
3人目の声がする。
わかったよ! 今泣くから! もう泣くから! すぐ泣くから!
「――おぎゃあ! おぎゃあ!」
ほら、泣いたぞ! これで満足か!?
「――、―――!」
「――、――! ――――」
「――――、―――、―――……!」
3人の嬉しそうな声が聞こえる。
うんうん、喜んでもらえて何よりだ。
……ただ、申し訳ないが、泣き声の収め方をご教授願いたい。
悲しくはない。ツラい事があったとか、苦しい事があったとかでもない。決してない。
だけど、泣き声が出ちゃう。新生児だもん。
……意識がはっきりしてる新生児なんて、オレくらいなんじゃないだろうか。
いやまあ、わかんないけどさ。
「―――――!」
「―――。―――――」
「―――! ―――! ―――――!」
「―――……―――――」
自分の意思とは関係なく泣いちゃうのはちょっと厄介だけど、諦めるか。赤ん坊ってのは、泣くのと寝るのが仕事とか聞いた事あるし、職務を全うするとしよう。
それに……多分、オレは良い家に生まれたんだろうし。手間を掛けないように、腹が減ったとか排泄だとかの時以外は、なるべく泣かないようにしよう。
でもアレだな。なるべく早く、声聞いたり、顔見たり出来るようになりたいな。
いつからなんだろうなぁ……そういうのって。
「―――――!」
「―――。――――」
ん? なに? なん……なんでまた抱えられてんの? え? どういう事?
「――、――――」
……ん、なんか、口許にぷにぷにした感触が。
なんだろう……なんか、上手く言えないけど、これを口にするのは良い事の予感がする。
いや、喋れないから言えないのは当然なんだけど。
まあ、このまま、このぷにぷにを当てられたままってのも煩わしいし、口に入れてみよう。
「……――、――――。――――」
オレがそれを口に含むと、優しい声音で話し掛けられた。この行動はどうやら正解だったらしい。
でもこれ、どうしたらいいのかしら。
食感は……ぷにぷに、っていうか……くにくに? 前世のグミみたいな……でも、真ん中にちょっと芯がある感じ? ふにふにと柔らかいものにくっついていて……なんだろうなぁ、凄く馴染みがありそうな感じなんだけど。
答えが出そうで出てこない。もどかしい。
まあでも、口に入れたからには、多分食べ物か何かだろうな。
今の身体で出来そうなのは……吸う事かな。
「……――。―――。――――」
口の中のそれを吸ってみると、ちょっとどろりとした液体が口の中に入ってきた。
味は……よくわからない。でも、微かに甘味を感じる。……はっ、まさかこれ、母乳か!?
確か、新生児を母乳で育てる時は、分娩後1時間以内に母乳を飲ませるのが良いって、前世で調べた事がある。
あの時は知り合いの臨月の妊婦に、何か手助けになれば、と思って調べただけだったが……まさか自分がそれをされる側になるなんてなぁ……。
あー……でも、なんだろう、赤ん坊だからかな? めちゃくちゃ美味しく感じる。
分娩3日後くらいまでは『初乳』とかいう栄養価の高い乳が出るって話だったし、それでなのかな?
……あー、美味い。一生飲んでたいかも。
無理だけど。
「―――――?」
しばらくそれを飲んでいると流石に腹も満たされて、咥えていたものから口を離す。
すると姿勢を変えられて、背中をぽんぽんと叩かれる。……ああ、はい、げっぷですね。しますとも。オレの意思は関係ないけど。
「――けぷっ」
自分のものとは思えない可愛らしいげっぷだった。やっぱオレ、赤ん坊なんだなぁ……。
……あっ、なんか物凄く眠い! すっげぇ眠い! 抵抗出来な――




