領内視察
書斎を出て自分の部屋に向かうと、ジェラルドの言った通り、確かにメイドが1人、箒を手に掃除をしていた。
ぶっちゃけ、この5年間誰も使ってないはずの部屋だから、掃除なんか要らないと思うんだが。
掃除程度なら魔法でもどうにかなるし。
ま、ともかく。
とりあえず声かけてみるか。
「なあ、お前がクロエか?」
「――っ!? は、はい、私がクロエです……が……」
「そっか。オレはアルマだ。ちょっといいか?」
オレがそう言うと、おっかなびっくりといった感じでクロエはこちらにやってきた。
「あの、アルマ……と言いますと、アルマ・クラウディウス様でしょうか……?」
「その通り。や、あんま警戒しないで欲しいんだが、ちょっと付き合って欲しくてな」
「付き合う、ですか?」
「ああ。ジェラルドに聞いたんだが、街の事に詳しいそうじゃないか」
「ええと……はい。自分の暮らす街ですから」
「うん。それでさ、今から視察に出るんだけど、供をして欲しいんだよ」
「供ですか……。しかし、私はまだ掃除の途中でして……それを放り出すわけには……」
「あー……そうかぁ……」
うーん、困ったな。
ジェラルドには話が通ってるから、別にこのまま連れ出したって構わないんだが、それだとオレが怒られるんだよな。
一応、母上にも外出する旨を伝えとかないと、後で何かあったら余計困るからなぁ。
「……わかった。仕事についてはオレから言っておく。それならいいだろ?」
「……まあ、私は使用人ですから、是非もないのですが……。アルマ様は命令などはされないのですね?」
「事ある毎に命令命令って言ってたら、使用人から恨まれちゃうだろ。同じ人間なんだから」
「それは……はい、そうですね」
「ん。というわけで頼むな」
「畏まりました。このクロエ、しかと供をお務めいたします」
恭しく頭を下げるクロエ。
貴族出身だって事だったし、彼女の実家の使用人はこんな感じだったのかね?
ともあれ、ジェラルドに視察に出る旨を伝え、ついでに母上にも外出すると言い置いて、早速クロエと領内の視察に向かう。
しばらく歩いていると、クロエがおもむろに口を開いた。
「僭越ながら、クラウディウス家の当主様はライカ様だったと記憶しています。それなのに、何故アルマ様がご視察を?」
「兄上は母上やレンカ姉上と同じで武術畑の人間だからな。内政に関しては素人だ。フレイ姉上はわかんないけど、期待は出来ないかな。というわけで、オレがやるんだ」
「なるほど。適材適所、というわけですね」
「そうだ。……せめて父上がまだ生きててくれたら良かったんだが」
「レオン様は……」
「まあ、自業自得さ。それより、クロエも貴族家の生まれなんだよな? どこの家だ?」
「はい。私はロスティス家の生まれです。今はもうありませんが」
「ロスティス子爵家か! 子爵や奥様とは母上を通じて会った事があったが……そうか……」
ロスティス子爵家の先代当主であるソルダ・ロスティスと、その妻であるクレア・ロスティスは、マグナ公国でも上から数えた方が早いくらいの実力者だった。
2人は単独で戦うわけでなく、むしろ、大剣を振るうパワーファイターのソルダと、細剣を振るうスピードファイターのクレアで、連携して戦うのを主軸にしていた。
もちろん、単独で戦えないわけではないが、単独で戦わせると、ソルダもクレアも何故か調子が悪く、最悪の場合一般兵にさえ負ける。
そんな2人だったから、自分達の弱点はよく理解していたし、だからこそ先の戦争で亡くなったという事実に驚いた。
まあ、戦争なんて何があるかわからないし、きっと分断されたところを叩かれたんだろう。
まったく、惜しい人達を亡くしたものだ。
あの夫婦は、接した時間は短かったが、なかなか愉快な2人だったのに。
「父も母も、アルマ様の成長が楽しみだと常々こぼしていました」
「……そうか。まあ、しんみりしてても仕方ないな。クロエ。早速だが、普段街で過ごす中で、こういう部分が便利にならないかなー、とか、ここ不便だなーって部分はあるか?」
「そうですね……真っ先に思い付くのは、やはり井戸でしょうか。これからの季節に厳しくなるのもそうですが、水を運ぶのは結構な重労働ですから」
「なるほどな。普段、井戸はどんな人間が利用してる? 性別や年齢層を詳しく頼む」
「性別は男女どちらも。年齢層はひとくちには言えませんが、家の手伝いの子供や台所を預かるご婦人だったりします」
「子供から大人まで……か。子供が多いか? 大人が多いか?」
「大人ですね。子供は遊んだり、農業の手伝いをしたりしている子がほとんどですから」
「……なるほど」
これで、どういう改造を施せば楽になるのか、ハッキリしてきたな。
まず鍛冶屋に依頼して手動ポンプの作製に取りかかってもらうのは急務だ。
用途がわからんと渋るかも知れないが、手前共の仕事が楽になるなら文句は言うまい。
まあ、最初からそのつもりだったし、帰ったら早速設計図を書くとしよう。
それから、これからの季節を考えて、井戸を中心に小屋を建てさせよう。
魔導具で小屋の中にいるだけでも暖かくなるようにして……。量産して各家に配るのもアリだな。
いっそ持ってるだけで温かい魔導具作って、個人に配るか。カイロみたいな感じで。
「――アルマ様!」
「ん?」
改革案について色々と考えながら歩いていると、誰かに名前を呼ばれてその方を向く。
そこには、子供達がこちらに向かって走ってきている姿があった。
どの子も見覚えがある、オレより4歳くらい下の連中だ。
「アルマ様、帰って来たんだ!」
「おかえりなさい、アルマ様!」
「おかえり、アルマ様!」
子供達はオレを取り囲むと、口々におかえりと言ってくれる。
ああ……いいな、こういうの。
「ただいま、お前達。元気だったか?」
「もちろん!」
「アルマ様はー?」
「おー、オレも元気だぞー」
無邪気に質問してくる子供達。
多少分別がつく年頃にはなっただろうが、礼儀がどうこうと言うにはまだまだな年齢だ。
まあ、こういう気安さが嬉しかったりするんだけどな。貴族だとなかなか無い機会だ。
そうして子供達とわいわいしていると、当然だが今度は大人達の目に止まる。
相変わらず『おかえりなさい』と言ってくれる大人達に程ほどに返事をして、早速本題に入る。
「――実はオレ、領内の視察に来てるんだ。それで、なんか困った事とかあったら聞きたくてさ」
「困った事ですか? ……あ、それなら井戸の事が――」
「ああ、井戸と税に関しては心配しなくていい。税はまだどうなるかわからないが、井戸の方は改善されるようになるはずだ」
「あら。もしかして、アルマ様が?」
「ま、ちょっとな。改善案はあるから、出来るだけ早く取り掛かるように兄上に言っとくよ」
「流石はアルマ様! 粋だねぇ!」
「はははっ。……ああ、そうだ。お前達、戦争からもう4年半は経つが、身体は大丈夫か?」
「身体? 特になんともないねぇ」
「むしろ前より良くなったわね、調子が」
「これもレオン様のおかげかね」
笑いながらそんな事を話す大人達。
「悪いな。父上の我が儘に、お前達だけじゃなくマグナ全土が付き合ってもらってる」
「もう。いいのよ、アルマ様。シーナ様を失いたくなかったのは私達も同じだもの」
「そうだねぇ。その代わりにレオン様が亡くなっちまったのは残念だけどねぇ……」
「……お前達、父上を恨んでないのか……?」
「恨むなんてないよ、アルマ様。確かに禁術に手を出したのは赦されないけどね」
「けど、私達はそれよりもシーナ様方が生きている事や、今もマグナで平和に暮らせてるのが嬉しいのよ」
「それに、『獣人』もなかなか悪くないしねぇ」
驚いた。
禁術に手を出したってのに、恨んでないのか。
勝手に……そう、父上の身勝手で『在り方』を狂わされたのに……。
これも父上の人徳の成せる業なのかね。
……まったく、鼻が高いよ、父上。
「そっか。じゃあ、まあ、他に何かないか聞かせて貰おうかな」