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ケモノビト  作者: 光月
18/41

帰ってすぐに領内改革


 屋敷に戻って母親と別れて、ふと思い至り、父上の書斎を覗いてみる。

 書斎には、相変わらずの大量の本とライカ兄上、それから家宰のジェラルドがいた。


「アルマか。ノックくらいしろ」

「ごめん、兄上。誰かいるなんて思わなかったんだ。それから、久しぶり、ジェラルド」

「お久しぶりでございます、アルマ様。どうやら、一回りも二回りも大きくなられたようで」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 ジェラルドは代々クラウディウスの家に仕えてきたマクガイア男爵家の人間で、聞くところによると祖父の代から仕えてくれているらしい。

 そろそろ70歳を迎えるはずだが、そうとは思わせないほどに若々しく、物腰も柔らかで人当たりも良い。

 内政に関しても、亀の甲より年の功というか、祖父の代から仕えてきただけあって、その知識でもって父上もかなり助けられていたとか。

 魔導よりは武術畑の人間で、母上に手解きを施した事もあるとかないとか。


「何しに来たんだ、アルマ?」

「や、この5年で新しい本とか置かれなかったかな、ってね」

「ほっほっほ。アルマ様は相変わらず本がお好きなのですな。しかし、残念ながら新たに本は買っていないのです」

「そうか……。まあ、姉上達は本なんかロクに読まないし、当然か」

「……待て、アルマ。その言い方だと俺も入っているんじゃないのか?」

「何言ってんだよ、兄上。そんなの当たり前だろ? 兄上が読書してるとこなんか見た事ないよ」

「むぐっ……!」


 オレが屋敷にいた7年間。

 その間に兄上がしていた事と言えば、武術の鍛練か、魔法の訓練か、あるいはオレと遊ぶかだったはずだ。

 武術も魔法もそれなりに時間を喰うし、遊びに関しては、むしろ兄上の方が乗り気だったから、読書の時間なんか無かったと思う。

 そのくせ自分は除外されてるのが当然かのような物言いは、ちょっとどうかと思うぞ、兄上。


「……まあ、今更、家にある本で学ぶ事はあんまり無いかもなぁ」

「アルマ様はかねてより聡明でありましたからな。しかし、それを言ってしまうと、今更学院に通われる必要もないのではありませんかな?」

「んー……ま、そうかも知れないんだけどさ。知的好奇心って言うか、もしかしたらオレの知らない技術を持ってる奴がいるかも知れないから」

「なるほど。やはりアルマ様は貪欲なお方ですな」

「最強になりたいからな」

「……『最強』で、ございますか?」

「ああ。魔法でも武術でも、並び立つ者がいない。そういう存在になりたい」

「ふむ……」

「――人間の身で、か?」


 兄上が訝しむような表情で眼を光らせながら訊いてくる。


「人間だって、ちゃんと鍛えれば獣人如きに遅れは取らないよ、兄上。さっきも、一応母上に勝ってきたしね」

「何……!?」

「奥様に勝利なさったのですか……?」

「一応ね、一応。剣を折っただけ」


 驚愕の表情で見つめてくる2人の視線を受けて、ガチの真剣勝負ではなかったと断っておく。

 シーナ母上はまだ完全に本気ではなかっただろうし、オレもまだ精進が必要だ。


「……まあ、それはいいだろ、別に。それより、兄上とジェラルドは何してたんだ?」

「あ、ああ。俺は父上が亡くなってからはここを執務室にしていてな。一応内政の最中だ」

「はい。この度は領民からの陳情が主ですな」

「ふーん……見せてもらっていいかな?」

「いいぞ、ほら」


 兄上は今しがた自分が机の上に広げていた紙を束ねると、すぐにこちらに差し出してくる。

 それを受け取り、まずは一通り目を通す。


 主立った陳情は減税だな。

 どうやら今回の収穫は普段の量より少ないらしい。いわゆる『不作』って事だな。

 だから、取り立てる税を少し軽くしてくれないかという事らしい。


 次に目に止まるのは、井戸を利用する際のあれやこれ。

 というのも、今は秋口なのだが、これからの季節に井戸を利用するのは、手が悴んだりして大変なんだそうだ。

 こういうのは実際に体験してみないとわからないもんだが、冬場の水回りの仕事は手は冷えるわ、それでもって感覚は鈍るわでかなり厳しいはずだ。

 オレも前世は日本海側の育ちだったから、その辺りの大変さはよくわかる。

 冬場の皿洗いとか米研ぎとか大変なんだ、これが。……まあ、この世界に米があるかは知らないけど。


 そして最後にその他の雑多な陳情。

 喧嘩の仲裁をしてくれとか、どこそこの酒場の酒が高いだとか、そういう取るに足らないヤツ。

 こういうのは父上の代から来ていたし、ぶっちゃけ領主がどうこう出来る事でもないのでスルー安定。

 大体、喧嘩の仲裁ってどんだけ長引いてんだよ、その喧嘩は。


 ……ともあれ。

 これならオレも首を突っ込めそうだな。


「兄上はこれをどう処理するんだ?」

「税はともかく、井戸に関してはどうにかするべきだろう。領民の生活が第一だ。……と、父さんも言っていたからな」


 あっ、これ何にもわかってないヤツだ。


「ジェラルド。今、税はどれくらい取ってる?」

「5割ですな」

「……それで生活出来てるのか?」

「少し厳しいかも知れませんな。レオン様の意向もあり、領民に課される税は所得税のみですが、年に何度も収穫するわけではありませんから」

「だよなぁ……」


 うーん……ちょっと領内を見て回った方がいいかもなぁ。


「兄上。領内の視察ってやってる?」

「いや。忙しさにかまけてしていない」

「くたばれクソ領主」

「クソ……!?」

「まあいいや。兄上は昔から内政向きじゃないし、そうなると父上の才覚を受け継いだ人間がいないのは厳しいな。ジェラルド、領内の事に特に詳しい人間は?」

「それでしたらクロエが適任かと」

「クロエ?」


 聞いた事のない名前だ。

 もしかして、新しく雇った使用人か?


「4年前に新たに雇った使用人にございます。領内の平民の家から奉公に来ております」

「……平民にしちゃ、なかなか風雅な名前だな」

「5年前の戦争にて天涯孤独になった貴族令嬢であるという話でしたな。両親共に武術畑の人間だったそうで」

「兄弟姉妹は?」

「いないようです。元々、件の貴族家には子が生まれなかったようで、養女であるのだとか」

「……なるほど」

「今の時間でしたら……恐らくアルマ様のお部屋を掃除しているかと。呼びますか?」

「いや、自分で行く。それから、不甲斐ない兄上に代わって領内の視察もしてくる。あと、ジェラルド。帰るまでに大きめの紙と書くものをオレの部屋に」

「畏まりました。いつ頃お戻りに?」

「視察だし、結構時間かかるだろうな。夕飯には帰るし、それまでに用意しておいてくれたらいいよ」

「承知いたしました」

「じゃあ兄上、その陳情書……さっさと捨てないでくれよな」

「アルマ……お前、何をするつもりだ?」


 兄上が怪しさ半分、驚き半分といった表情でこちらを見つめてくる。

 ……ので、たっぷりと時間を取ってから、自信満々に告げてやる。


「――改革だ」

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