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ケモノビト  作者: 光月
17/41

母上との手合わせ


 まるで幼子を引っ張るようにオレの手を引いて庭に出ると、シーナ母上は早速十分な距離をとって、いつも腰に佩いている直剣を抜いた。

 よく手入れの行き届いた銀色の刃が陽の光を反射して眩しい。


「……母上。お手柔らかに頼みますよ」

「考えておくと言っただろう? それより、早く抜け」

「はいはい、わかりましたよ」


 正直、まったく乗り気にはなれないのだが、ことここに至っては仕方があるまい。

 とりあえずそういう事で納得して、オレも腰の直剣を抜く。

 今オレの手にある直剣は、以前、森の中でミスリルゴーレムに出くわした際に、これを斃し、その身体を用いて師匠が鍛ってくれたものだ。


 ……が、母上の持つ剣もまたミスリル製であった。ついでに言えば、母上の剣は素人芸で鍛たれたものではなく、超一流の職人の手で鍛えられた代物だ。

 ぶっちゃけ気が重い。いっそ投げ出してしまいたい。


「……逃がさんぞ」

「何も言ってないのですが……」


 ぎらり、と狩人の如き眼光がオレを射抜く。


 ええい、ままよ! こうなったら、母上が満足するまで相手してくれるわ!


「先手はお譲りしますよ、母上」

「……それは私の台詞だと思うがな」

「ははは。しかし、オレだってそういう事おおおおぉぉぉっ!?」


 まだ話の途中だと言うのに、母上は地を蹴って一瞬で肉薄してくると、苛烈とも言うべき斬撃を放ってきた。

 縦に、横に、袈裟に。フェイントも交えて、あらゆる面から斬撃が飛んでくる。

 が、最初こそ慌てたものの、師匠の下で修行した甲斐あって斬撃は全て見えていたので、初擊を防いでからは、あとの斬撃を落ち着いて凌ぐ事が出来た。


「は、母上……いきなり斬りかかってくるのは、流石にひどいのでは……?」

「何を言う、アルマ。戦場では、『いきます』と合図をしてくれるわけではないのだぞ。この程度凌げずに、私の子であると名乗るのは許さん」

「……では、一応は合格を貰えたんですね?」

「――まだだ」


 まさか全て凌げるとは思っていなかったようで、母上は少しむっとした表情でそう言った。

 母親としては褒めてやりたいが武人の母上がそれを許さない、といったところかな。


 それに、母上はまだまったく本気を出してはいないはずだ。今のは……そうだな、朝の挨拶みたいなものだろう。

 ベッドから出て、大きな窓を開け放ち、昇る太陽と爽やかな風に『おはよう』と告げるようなもののはずだ。

 いや、わかんないけどね。


「次は少し本気でいくぞ」

「いつでも」


 そう言ってオレが構え直すと同時に、母上は再び地を蹴って肉薄し、先ほどよりも(はや)い剣擊を繰り出してくる。


 しかし、オレだってシーナ母上から教えを受けた身である。

 師匠と山に籠るまでは母上が剣術……というか武術の先生だったし、指導という名の斬撃を喰らった回数は数え切れない。

 だから、母上の剣の癖は理解している。……つもりではある。


「……っぐ!」


 だが、少しキツい。

 さっきとは斬撃のリズムが違うし、地を蹴るステップも変えてきている。おまけに、母上はまだ『少ししか本気ではない』のだ。

 本当に、全力全開、MAX状態での斬撃は果たしてどんなものなのか、『獣人(けものびと)』となった今となっては、まったく想像が出来ない。


 とはいえ、本気でないのはオレだって同じだ。

 少し本気を出しただけの母上の斬撃を凌げないほど、オレは弱くはない。師匠だって『獣人』ではあったのだから、当然と言えば当然だ。

 それに、今の母上の斬撃は、師匠に直して言えば『ふざけている』より少し迅いくらいだ。

 このくらいの斬撃、わけはない。


「――なるほど。この程度では崩せないか」


 母上は、今のままではオレの防御(ガード)を崩せないと見るや、即座に剣を振るのを止め、バックステップで距離を取った。

 シーナ母上は、子を4人産んでなお最前線に赴くほどの女傑だ。そんな人が、どうすれば目の前の人間を崩せるのか、下せるのか、考えないわけがない。


「……どうやら、本当に本気でなければ、お前の実力は測れないようだな。アルマ」

「……どうですかね」

「次からは私も本気でやる。魔法も使う。だからアルマ――」

「皆まで言わずともわかっています、母上。実の母親が本気で来るのですから、こちらも本気でなければ失礼にあたるというもの」

「……5年前は、まるでレオンの生き写しのような性格をしていると思ったが。強くなったな、アルマ。私は嬉しいよ」


 一瞬、ふわりと柔らかく微笑んだかと思えば、次の瞬間には母上の周囲を強大な魔力がうねっている。


「……母上はあまり魔法を使うようには見えなかったのですが」

「使う必要がなかったからな」


 なるほど。つまり化け物だな?


「どうした、アルマ。お前も本気を出せ。出さなければ――死ぬぞ」


 ヴンッ、と一瞬母上がブレる。

 その刹那、オレは魔力を最大に開放して身体強化に回し、母上と斬り結ぶ。


 迅くて重い。

 オレの頭に浮かんだのは、ただそれだけだった。

 迅い。とにかく迅い。それでいて重い。

 一合、二合と斬り結ぶ毎に、ビリビリとした痺れが刀身から柄を辿って、剣を握る手に、腕に伝わってくる。


 しかし、自信があった。

 母上から教えを受けている。師匠から教えを受けている。両者の剣を、この身を、苦痛を以て知っている。

 だから、必ず凌げるはずだし、なんなら母上を下す事だって出来るはずだ。



 だってオレは――



「――ッ!!」


 長い時間、斬り結んでいたように思う。

 いや、あるいは、ただそういう感覚だった、というだけなのかも知れない。


「……見事だ、アルマ。強くなったな」

「母上も、5年前までとはまた別格に強いですよ。危うく死ぬところでした」

「当然だ。殺すつもりで剣を振っていたのだからな。……しかし、まさか――」


 正面に立つ母上。その視線の先には、鍔から先の部分が消えた剣がある。


「――ミスリル製の剣を細切れにされるとは思わなかった。それも、そんな素人が鍛った剣でなどと」

「これも一応、ミスリル製なんですけどね」

「しかし素人の作品だ。あの『師匠』とやらが鍛ったか?」

「ご名答です、母上」

「……ふむ。しかし、私が負けてしまうとは。流石に私も引退かな」

「冗談でしょう、母上? そんなつもり、微塵もないくせに」

「ふふふ。……ともあれ、実力は知れた。有意義な手合わせであったよ、アルマ」

「……ありがとうございました」


 手合わせとは言え、母と子の勝負ではあった。

 だと言うのに、母上は柔らかな笑みを浮かべ、優しい眼でこちらを見ている。


 ……なんとなく。そう、なんとなく、だけど。

 ひょっとしたら、母上には一生かけても敵わないんじゃないかなぁ。

 だって、オレだったら、勝負に負けてこんな優しい顔は出来ない。相手が誰でも、『チクショウ! 悔しい!』ってリベンジに燃えそうだ。

 あるいは母上も実はそうなのかも知れないけど、少なくとも今の母上と同じ表情は、オレには出来ないだろうな。


「しかしアルマ。そうまで強くなったのに、まだ足りないのか?」

「あはは……。母上には隠し事は出来ませんか」

「当然だ。私はシーナ・クラウディウス。お前達の母なんだぞ?」

「そうですね」

「……アルマ。お前は何を目指している?」

「……『最強』です、母上。オレは最強になりたいんです。武でも、魔でも、誰もが羨むような最強の存在になりたい」


 俗っぽいでしょう? と笑うと、まったくだ、と母上も笑った。


「しかし、最強になってどうする?」

「……さあ? 農業でもしましょうかね?」

「ふふっ……阿呆が。どこの世界に、農業を営む『最強』がいると言うんだ」


 いえ、母上、前世では結構いたのですよ?

 誰もが認める最強なのに、のんびりまったりとスローライフを送る人間が。


 ……まあ、ラノベ(創作)の話ですけど。


「まあ、いいか。そういう人間がいても、おかしくはないだろう。……そうだ、アルマ。今日は久しぶりに母と寝るか」

「……もう12ですよ、母上」

「いくつになっても私の子だ。それに、久しぶりの再会なのだから、それくらいさせてくれても良いだろう?」

「……まったく」


 嬉しそうな母上と屋敷の中に戻る。

 案外、母上は子離れが出来ない人なのかも知れない。嬉しい事ではあるけど。

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