いつから過保護だったのでしょう
しかし、こうして姉上達がオレを歓迎してくれると、気の毒なのは門番の彼である。
「あ、あの……その男は……?」
「ん? ……お前、クラウディウスの家に来たのはいつからだ?」
「はっ! 2年前です!」
レンカ姉上が問い掛けると、門番の彼はその場で姿勢を正して答えた。
そうして答えが出ると、次に不憫なのはライカ兄上である。
「ライカ。お前、アルマの事は周知していなかったのか? 私達の弟なのだぞ?」
「いや、きちんと伝えた……はずなんだが……」
「はず? ねぇ、ライカ。私達のアルマの事を、家に仕える人間が知らないのは問題じゃないかしら? 誰の責任だと思う?」
「それは、その……」
母上仕込みの気迫でもって、2人の姉が1人の兄を睨み付けている。女性とは斯くも恐ろしいものであったのか。
兄上も、この5年で多少は女性の扱いというものを身に付けているかと思ったが、母上に似て武骨な兄上には荷が重かったか。
……仕方ない。ここは助け船を出そう。
「フレイ姉上、レンカ姉上。そんな事はどうでもいいから、早く屋敷に入れてくれよ。修行帰りで疲れてるんだ」
「む……それもそうか。気の利かない姉だったな」
「ごめんね、アルマ。それもこれもライカの……」
根が深いのはフレイ姉上の方らしい。
ともあれ、ライカ兄上の『恩に着る』という視線を受けながら、オレはようやく自宅に帰る事が出来た。
「「「お帰りなさいませ、アルマ様」」」
「ただいま、みんな」
屋敷の玄関を1歩中に入ると、使用人達が恭しく頭を下げて出迎えてくれた。
使用人達の中央にはシーナ母上もいる。
「……母上、ただいま戻りました」
「ああ……アルマ。よく無事で戻ってきた。レオンの話は聞いているか?」
「はい。『獣人組成術』……ですね?」
「そうだ。……まったく、私もとんだ大バカのところに嫁いだものだ」
「ははは。オレだったら、母上の援護に行っていたと思いますよ」
「やれやれ……お前までそんな事を言うか、アルマ。誰に似たのか、私の子は優しくてかなわないな」
母上は慈しむような手つきで、オレの頭や顔を撫でている。相変わらず剣ダコのある手だが、なんとも言えない心地よさだ。
「ふふ……。さて、と。積もる話も無いではないが、まずは風呂に入ってこい、アルマ。色々と話すのはそれからだ」
「はい。では、しばし失礼します」
母上に目礼をして、スッと前に出てきたライラに荷物を預けてから浴室に向かう。
まあ、帰るって言わずに帰ってきたから、当たり前だが風呂の用意などはされていない。
「ライラ。タオルと着替えを頼む」
「畏まりました。……しかしアルマ様、お風呂の準備はまだ出来ておりませんが……」
「気にしなくていい。魔法を使えばどうにでもなるからな」
「なるほど。それでは、タオルとお着替えを持って参ります。お荷物はお部屋で良かったですか?」
「ああ、それで頼むよ」
「畏まりました。では、失礼致します」
扉の向こうに消えるライラを見送ってから、魔法で浴槽一杯の水を生み、そこに適度に加減したファイアボールをそっと沈める。
そしたら、魔力で温度の調整をして、少し熱いと感じるくらいの温度になったらファイアボールを消して、まずは掛け湯をする。
掛け湯をしたら早速身体と頭を石鹸で洗い、それを流して、いざ入浴。
「ああああぁぁぁ……」
思わずそんな声が口から出てくる。
しかしそれも仕方の無い事。今日も今日とて、みっちり修行をして帰ってきたんだ。熱い湯が身体に染みるというものだ。
……いや、違うよ? 前世から計上したら既にアラサーだからとか、そういうのは関係ないよ?
労働や運動の後のお風呂は気持ちいい、と、つまりはそういう事だ。
断じて! 断じてオッサンなどではない!
「はぁ……久しぶりの我が家、か……」
変わったところなんかどこにもない。
何もかもが5年前と同じみたいで……ただ、父上がいないという事だけが違う。
家族の中では誰よりも優しく、しかししっかりと芯を持った人だった。だが、それも今はいない。
「オレは……どうしようかな」
姉上達が屋敷にいるのを見るに、きっとどこかの家に嫁ぐつもりもないんだろう。それ以前に、大罪人の娘など願い下げなのかも知れないが。
兄上は政治には向かないかも知れない。不器用だし、愛想はあんまり無いし。
ただ、縁談は多く舞い込んでるかも知れない。兄上、イケメンだから。
母上は……まあ、再婚なんか考えちゃいないだろう。
妙なところで頑固な人だし、あれでなかなか一途な人だから、父上に操を立てたままクラウディウスの家で暮らすはずだ。
そうしたら、残ったオレはどうしよう。
次男坊だから、兄上に万が一何かあった時には、オレが後釜になってクラウディウスの家を任される事になる。
……とはいえ。やりたい事があるのも確かだ。
剣術も魔法も、我ながらかなりの腕だと思うし、出来ればそれを活かせるような……強いて言えば冒険者になりたい。
「……色々、相談してみるか」
ざぱっと手桶で顔を洗って、大きく息を吐く。
そうして目を閉じて身体を包み込む温かさに浸っていると、コンコンコン、とドアが3度ノックされた。
多分ライラだろうと、すぐに「入れ」と許可を出してやる。
「――失礼します。アルマ様、お着替えのご用意が整いました」
「わかった。……もう上がる。手伝ってくれ」
「畏まりました」
ざばりと浴槽から立ち上がり、ライラからタオルを受け取って頭から拭き始める事にする。
女性の前で下半身丸出しってどうなの、なんて思わなくはないが、相手はオレが赤ん坊の頃から世話をしてくれている女性だ。今更感がある。
「ライラ。オレのいない5年間、何か変わった事はあったか?」
「そうですね……取り立てて申し上げるような事は特にないかと」
「そんなもんか。まあ、5年……たった5年だもんな」
「そうですね。しかし、アルマ様は随分逞しく成長なされたように思いますよ?」
「んー……まあ、来る日も来る日も修行してたからなぁ……。無駄な筋肉は付けないようにしたつもりだけど……どう?」
「はい。格好良いと思います」
「……惚れた?」
ズボンを穿きながらからかうようにそう言ってみると、ライラの顔が一瞬にして赤く燃え上がった。
「……アルマ様。あまりそういう事はお聞きにならないでくださいませ」
「わかった。悪かったよ。……でも、ライラは恋人とか想い人とかいないのか?」
「私はクラウディウス家にお仕えする使用人ですし、未だ未熟な身ですから……」
「ふむ……。ま、個人の事だし、あんまり聞いても失礼か。でも、もし結婚するなら言ってくれよ。うちで祝うから」
「ありがとうございます、アルマ様」
目礼をしてくるライラに笑顔で返して、浴槽のお湯を魔法で蒸発させてから浴室を後にする。
「ライラ。母上達がどこにいるか知ってるか?」
「奥様方であれば、広間にお集まりになられているかと。アルマ様ご帰還の祝宴を開くのだとか」
「大袈裟な……。わかった、ありがとうライラ」
溜め息を吐きつつライラを下がらせ、さっそく母上達がいるらしい広間に向かう。
なんだかなぁ……。昔から妙に過保護なんだよな、母上も姉上達も。
あぁ……適度な距離感だった父上が恋しいよ……。