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ケモノビト  作者: 光月
14/41

ただいま、我が家


「――うん、もういいかな。おしまい!」


 愉しげな師匠の声が、静かな森林に響いた。

『獣人組成術』によって、全てのマグナの民が『獣人(けものびと)』となってから、早くも4年半の月日が流れた。


 当時は7歳の若造だったオレも今では12歳となり、あと3年もすれば、この世界では立派に大人の仲間入りを果たす事が出来る。

 まだ3年と見るか、もう3年と見るかは人それぞれだろうが。


 ちなみに、クラウディウス公爵家は威光を失ってはいなかった。


 というのも、だ。

 先の戦争で数の暴力によって圧倒されていたマグナ軍を助けたのが、皮肉にも『獣人組成術』であった事や、父上という断罪すべき人間が魔法の発動によって既に亡くなっている事が考慮されたのである。


 しかし、だからと言って何もしないのでは、アホな貴族達から突き上げを喰らう。

 そこで、マグナ公国の王とも言えるメルフェム大公はクラウディウス家を公爵から侯爵へ降格させ、さらに向こう5年の税金を一括で支払わせる事で手打ちとした。

 もちろん、その税を払ったとしても、都度の税を払わなくていいというわけではなかったらしいが。


 ともあれ、クラウディウス侯爵家は大公の温情によって永らえる事が出来たわけだ。

 オレが屋敷にいたなら父上を止める事も出来たのではないか、などと考えたりもしたが、きっと父上の覚悟の前には無力だっただろう。


「……はぁ。師匠との生活もこれで終わりか」

「うん。まあ、アルマはもっと強くなるだろうけど、私に出来るのはここまでだよ」


 師匠との鍛練の……修行の終わり。

 5年もの間、師匠と共に住んだこの山小屋ともこれでお別れかと思うと、なかなか感慨深いものがある。


「これから、どうする?」

「どうするって言われてもな……まあ、とりあえず家に帰るよ。5年も帰ってないしな」

「そっか。うん、それがいいね」

「師匠はどうするんだ?」

「私? ……そうだね。今まで剣ばかり振ってきたから、次は家事を究めてみようかな。未来の旦那様の為にもね」

「……アレ、本気だったのか?」


 思い起こされるのは、師匠と出会った時の事。

 いきなり求婚してくるなんて気が狂ってるんじゃないかなんて思っちゃいたが、やはり狂人であったか……。


「本気だよ。私はまだ若いしね」

「若い……。そういえば、師匠は何歳なんだ?」

「私? 今年で17になるかな」

「…………は?」


 師匠の口から飛び出た衝撃の事実に、驚きを隠せなかった。

 17歳? マジで? 本当に?

 だとしたら……オレが最初に出会った当時は12歳? 12歳で5歳年下の男に求婚したの? バカなんじゃないの?


「むむ、何か失礼な事を考えているね?」

「いや、まあ……にわかには信じ難いからな……」

「本当だよ? し・か・も。バッチリ処女!」

「訊いてねえよ」

「ね、結婚しよ?」

「……まあ、考えなくはないから、せめて成人するまでは……最低限それまでは待ってくれ」


 別に、師匠と結婚するのが嫌だというわけじゃない。

 むしろ、ルックスは結構好みだし、スタイルも申し分ない。剣の腕も立つからシーナ母上の覚えも良いだろうし、これから家事も究めるらしいから、そうなればかなりの優良物件だ。

 ……まあ、自分でもっとそういう相手を探してみたいから、今は遠慮したいが。


 それに、容姿こそ好みだが、師匠は恋人とか嫁というよりは『師匠』なので、恋愛感情もない。

 まあ、なんにせよ、今は考えても仕方ない。


 ……そういえば、師匠の名前はなんて言うんだろうか。今まで師匠としか呼んでこなかったし、師匠もことさらに自分の名前を明かしたりもしなかったので、まったく知らない。


「成人するまでかぁ……ちょっと長いね」

「いいんだよ。それくらいあれば、お互いの事がそこそこわかるだろ。さしあたり名前を教えて欲しいけどな」

「名前かぁ。……そんなに知りたい?」

「オレはもう弟子じゃなくなるんだろ? それなら、いつまでも師匠って呼ぶのは違うんじゃないのか」

「……それもそっか」

「そうだ。だから教えてくれ」

「……うん、わかった。1回しか言わないから、よく聞いて覚えてね」

「わかった。……よし、いいぞ」


 海馬に刻み付ける用意は出来た。

 さあ、今まで特に触れてこなかったその名前を聞かせてもらおうじゃないか!


「うん。私の名前はね――」



  ◆



 師匠と別れてから、オレは時空魔法の『ポイントゲート』で自宅であるクラウディウス侯爵家の屋敷の前までやってきていた。


「帰ってきた、かぁ……」


 屋敷の中には、家族はいなくても使用人はいるだろうし、早速帰宅しよう。


「――止まれ!」

「ん?」


 さあ今から実家の敷地に足を踏み入れるぞ、といったタイミングで、門番が声をかけてきた。

 5年前までは見なかった顔だ。記憶の中のどこにも引っ掛からない。

 新しく雇った……って事なのかな?

 とりあえず、あと10数センチで敷地に入れたオレの、宙に浮いた右足が醸し出す寂寥感をどうにかして欲しい。


「ここから先はクラウディウス侯爵様の敷地だ。許可なく入る事は赦されない」

「そんな事はわかってるよ、自宅なんだから」

「自宅……? お前は何か勘違いをしているんじゃないのか? この屋敷にはちゃんと、フレイ様、レンカ様、ライカ様がおられる。お前の自宅であるはずがないだろう」


 ……あれ? もしかしてオレ、5年帰らなかっただけで『いない子』扱いされた? マジで?

 ちょ、おま……何の冗談だよ!? 嘘でしょ!? あんなに可愛がってくれて7年も一緒に暮らしてたのに、たった5年でそんな扱いする!?


「お前……寝言は寝てから言えよ、雇われ門番。オレはちゃんと、このクラウディウスの家の人間だ。5年ぶりの帰宅だよちくしょう」

「よくもそんな嘘が吐けたものだな。……仕方ない。一応確認をしてきてやるから、そこで神妙に待っていろ」


 そう言って門を離れ、屋敷の方に向かっていく門番。

 神妙に待てって……オレは沙汰を待つ囚人かなんかかよ。

 第一、門を離れる門番があるか。

 お前は即刻クビだ。


 ……ま、それを決めるのは、多分今クラウディウス侯爵家の当主として頑張ってるライカ兄上だろうけど。


「それにしても……5年も経てば割と様変わりしてるもんだと思ったけど、そうでもないな……?」


 ぐるりと辺りを見渡してみても、クラウディウス家の屋敷を含めて、変わっているような場所は見受けられない。

 領主が替わってから4年半は経っているというのに、特に何が変わったというわけでもないらしい。

 ……まあ、兄上は性質的には母上よりだし、何かが劇的に変わるような統治はしてないのかも知れない。


「――アルマ! アルマか!」

「ん?」


 呼ばれる声に屋敷の方に向き直ると、5年前より遥かに大人びたフレイ姉上達の姿がそこにあった。

 フレイ姉上は19歳、レンカ姉上は18歳、ライカ兄上は17歳だから、大人びているのも当然だと言えるだろう。


「帰ったのか、アルマ!」

「ああ。修行を終えて帰ってきたよ、兄上」

「アルマーっ!!」

「っとと……嬉しいのはわかったけど、抱きつくのは勘弁してくれ、フレイ姉上」

「……よく帰った、アルマ」

「ただいま、レンカ姉上」


 三者三様に、昔と変わりない反応をしてくれる3人に、思わず笑みがこぼれる。

 たった5年しか離れてなかったけど、結構懐かしく感じるもんだなぁ……。

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