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ケモノビト  作者: 光月
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獣人組成術


 それは、師匠の下で鍛練を始めてから、3ヶ月が過ぎた頃だった。


「……ん?」


 最初は何かわからなかった。

 だが、それが近付くにつれてはっきりと知覚した。

 それは、強大な魔力の波動。

 マグナ公国全土に渡らんやとする、大きな大きな、魔法の波。

 それが一息にオレのいる山を駆け抜け、しかし何か目に見えて変化があるわけでもなく、収まっていった。


「これは……?」


 胸のペンダントが、光を放っている。

 これはあの日……3歳の誕生日に、母上から誕生日プレゼントにと貰ったサファイアのペンダントだ。

 しばらくすると光は収まり、パキンッ、と音を立ててペンダントトップのサファイアが割れた。


「確か、このペンダントは……1度だけ命に関わる魔法を無効化するって話だったな……。もしかして今のが……?」


 今の魔法はそんなに危険な魔法だったのかとか、それなら今マグナはどうなっているのだろうかとか、様々な考えが頭を巡る。


 そして、なにより。

 果たして、あんなに強大な魔力の波動を放つ魔法があっただろうか、と疑問に思いながら、師匠の待つ山の小屋に戻る。

 悲しい事に師匠は剣術や武闘術は教えられたが魔法はからっきしの人だったので、魔法の実験と訓練を兼ねた狩りの帰りだ。


「師匠、戻ったぞ。……師匠?」


 小屋に戻ると、小屋の戸の前で自分の両手を見ながら立ち尽くしている師匠の姿があった。

 うん? どうしたんだ? 出迎え、って雰囲気じゃなさそうだけど……。


「……ああ、アルマ」

「どうした、師匠? なんか、顔色悪いぞ?」

「……ねえ、アルマ。今の魔力の波動、なんだったかわかるかな……?」

「魔力の波動? んー……いやぁ、オレが知ってる魔法には、あんな風にマグナ公国全土に渡るみたいな感じの魔法はなかっ…………まさか」

「まさか……? 何か……何か知っているのかな、アルマ?」


 悲しげに落ち込んだ表情で師匠がオレを見る。


 まさか……まさか、そんなはずがない。

 あれは、あの魔法は、いくら戦争だからと言っても使われて良いはずの代物ではないはずだ。

 だとしたら、一体誰が使ったんだ……!?

 魔法の発動者は……誰だ!?


「アルマ……その顔は、知っているという顔だね」

「……心当たりが無いわけじゃない。だけど、あれは……あの魔法はおいそれと使って良い魔法じゃない!」

「……教えて欲しいな、アルマ。今の魔法のこと」

「……わかった。教えるよ、師匠」


 マグナ魔法大全、最終ページ。

 マグナという国が興る以前より連綿と受け継がれてきた魔法の中でも、禁忌とされ、その危険性を後世に伝えるために敢えて残されてきた魔法。


 すなわち、『禁術』。


 マグナという国の人間が扱える属性と、魔法の種類を記したマグナ魔法大全の最後のページに、それは載っていた。

 今の世にまで残っている、最終禁術。

 禁忌の魔法。


「その名は……『獣人組成術』」


 人道に悖るとされ封印された、(いにしえ)の魔法。

 あの日父上が話してくれた、その禁術の最後の1つ。

 それがきっと、さっきの魔力の波動だったのだろう。


「獣人組成術……。名前は聞いた事あるかな」

「……獣人組成術は、全てのマグナの民に効果を及ぼす魔法だ」

「……その効果は?」

「今生きているマグナの民の魂に強制的に獣の魂を融合させ、自己治癒力や寿命、身体能力なんかを大幅に底上げする魔法だ」

「それは……」

「禁術だよ、師匠。最後まで世界に残った、最後の禁術だ」

「……その魔法は、どうやって発動されるものなのかな?」


 師匠の問いに、マグナ魔法大全に書いてあった『獣人組成術』の発動コストを、一字一句違わずに口にする。


「『獣人組成術』は、発動者の命を犠牲にして発動される」

「それは……!」


 師匠が驚愕に目を見開き、少しして落ち込んだ表情に戻り俯いた。


 クソ……一体誰が禁術なんかに手を出したんだ……!

 あれの危険性を知っているからこそ、手を出される事はないはずなのに。

 それに、いくら戦争だと言ってもマグナ公国の兵士達には魔法というアドバンテージがある。獣人組成術なんて使わなくても十分に勝てるはずだ。


「……師匠は、今どんな感覚なんだ?」

「……正直、不思議だよ。身体の内側から、凄く力が湧いてくるような、そんな感覚」


 それが獣人組成術で『獣人(けものびと)』となった人間の感覚か。


「……あれ? アルマ。ペンダントはどうしたのかな? お母さんから貰った大切なものだって、ずっと着けてたよね?」


 ふと顔を上げた師匠がペンダントに気付いて訊いてくる。


「これは……どうやら、仕事を終えたようなんだ」

「仕事?」

「どういう理屈でそうなってたのかはわからないけど、このペンダントには魔法を無効化する力があったみたいなんだ」

「魔法を無効化……それじゃあ、君は……」

「ああ。湧き上がる力なんか感じちゃいない。このマグナ公国でただ1人、まっさらな人間だ」

「……そっか。じゃあ、これからの鍛練は、少し手加減してあげないといけないね」


 そう言って、師匠は困ったように微笑んだ。


「普段から少し手加減してくれればいいんだけどな……」

「それは出来ないよ。……さて。じゃあ早速始めようか。この力の感覚も掴んでおきたいしね」

「お手柔らかに……」


 気持ちをスッと切り替えて腰の剣を抜く師匠。

 ああ、もう鍛練モードだ。仕方ない。

 きっと今まで以上にオレはズタボロになるが、必要経費だと割り切って考えよう。


 ……よし、やるぞ!




 それから、父上であるレオン・クラウディウスが逝去したと聞かされたのは、獣人組成術発動から2ヶ月後……戦争の終結とほぼ同時だった。


 話を詳しく聞いてみると、どうやら獣人組成術を発動したのは父上だったらしい。

 前線では母上が戦っていたのだが、連合側に数で押されていると聞かされてすぐに、父上は獣人組成術発動に取りかかったのだそうだ。

 止める声を、手を、振り切って。


 ……多分、父上は母上を失いたくはなかったのだろう。

 本当のところはわからないが、そう思う事にしておこうと思う。


 きっと今後、クラウディウス家の威光は地に落ちるだろう。

 禁術に手を出した大罪人の家系だ。それは免れない。

 もしかしたら、もう既に『クラウディウス公爵家』ではないかも知れないけど、母上やフレイ姉上達が元気でいる事を、今は祈ろう。

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