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ケモノビト  作者: 光月
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プロローグ


「――こんな、こんなはずじゃ……」


 目の前の男が怯えたように顔を歪めて、そんな事を言っている。


「そんな……そんなつもりじゃなかったんだ……!」

「……そうか」


 脇腹の熱く鋭い痛みに耐えながらそう口にすると、男はより一層怯えた表情になり、ついには身を翻して脱兎の如く逃げていってしまった。


「……なんだかな」


 状況は理解している。

 つまるところ、オレは刺されたのだ。

 つい昨日まで、確かに友人だと信じていた男の手によって、脇腹にナイフを貰ったのである。

 意外と頭は冷静だった。


「……あ、もしもし? えっと、ちょっと刺されちゃいまして。はい。……いや、自分がです。はい、そうです。なのでまあ、一応警察と救急をお願いしたいな、と。場所ですか? えぇと――」


 頭は冷静、身体は不思議と無事。

 なので、とりあえず警察に自分のスマホから通報。

 刺された場所クッソ痛ぇな! なんて事を考えながら警察と救急を待って、病院に運ばれながら警察に状況を説明したのが今から2日前。


  ◆


「この泥棒猫!」


 なんて事を叫ばれて胸元にナイフが突き立てられた。

 見知った顔。前に恋愛相談に乗ってやった事がある、同じ大学の女子。


「……あれ、椎名くん?」


 そこでようやく彼女は気付いたらしい。

 そういえば、昨日のアイツはこの子と付き合ってたっけ。

 結構仲良しカップルだったはずだけど、今はどうしてんのかね。


「……あ、ああ、ち、違う……違うの。ごめん……ごめんね、椎名くん……!」


 少し掠れた視界の中で、彼女が目に涙を浮かべてオレに縋った。

 ああ、いやまあ、別にいいんだけどな。


「―――――」


 悪いな。なんか言ってやりたいけど、声が出ないんだわ。

 頭でも撫でて、なんでもないって言ってやりたいけど、どうにも腕が上手く動かせないんだ。

 ……ああ、でも、そんな事したらアイツに怒られるかな。彼氏なんだもんな。


「ごめんね……ごめんね……!」


 そばで泣きじゃくる女の子を見ながら、しかしもう掠れた視界では彼女の顔を見る事さえ叶わない。


 段々と失われていく身体の感覚に、『なるほど、これが死ぬって事なのか』なんて考えながら、目を閉じたのが昨日。


  ◆


 父は、誰が見ても羨むほどの美女だった。

 母は、誰が見ても羨むほどの美男だった。

 オレは、男が見れば美男に、女が見れば美女に映る、そんな顔を持って生まれた。


 小学校は良かった。

 中学校も、まあ良かった。

 高校はちょっとダメだった。4割くらい。

 大学なんて目も当てられない。


 正直に言って、薄々感じてはいた。

『きっとオレは、この顔が原因で死ぬ事になるんだろうな』と。


 父さんは、男子校出身の、女装が似合う長身のイケメンだった。

 母さんは、女子校出身の、男装が似合う長身の美女だった。

 間に生まれたオレは、共学出身の、両親の特徴を色濃く受け継いだ人間だった。

 だからまあ、死ぬのは遠い未来じゃなかったと思う。


「……いや、なんでそんな悟ってんの?」

「……誰?」

「僕? 僕はほら、いわゆる神だよ」


 目の前に突然現れた童顔の少年……青年? は、あっけらかんと答えた。

 なるほど。いわゆる神か。

 それは、いわゆらなくても神なんじゃないのか?


「まあ、そうだね。……それにしても。ねえ、椎名蓮。君さあ、ちょっと生に対して執着が無さすぎるんじゃない? 仙人か何か?」

「いや、普通に人間……だったけど」

「ちょっとしたジョークだよ。流せよ。大体、せっかく君の両親の良いとこだけを掛け合わせたのにさ、死ぬのが早すぎるよ」

「んな事言われたってなあ……」


 男が見ればイケメンで、女が見れば美女に映る顔なんて、それは百害あって一理なしというヤツだろう。

 何せ、その顔が原因で死ぬ羽目になったんだから。


「……まあ、まあね? それに関しては僕も悪いと思っているんだよ。でも、まさかカップルに2日連続で刺されるなんて思わないだろう?」

「まあ、そりゃな」

「だから、君を転生させようと思う」

「この顔のままでか」

「いや、あの、それについては謝るから、とりあえず聞いて? ね?」


 目に見えて焦る自称神の言い分はこうだ。


 良かれと思ってやったのに、こんな結末になるとは思わなかった。だから、そのお詫びに転生させようと思う。

 転生させると言っても地球のある世界ではなく、いわゆる異世界転生というのを実行する。もちろん、厄介な顔も手直しして、普通のイケメンにする。

 ただ、それだけでは若い身空で死ぬ事になった事に対して十分な謝罪にはならないので、行った先の世界で苦労しないように色々と取り計らう。


 ざっくり言えばこんなところ。

 なんというか、最近よく利用していた小説投稿サイトにある異世界転生モノのラノベっぽい。結構好き。


「ちなみに、色々取り計らうの『色々』ってのは?」

「うーん……まあ、わかりやすく最強にしよう。全ステータスカンストとか、良くない?」

「いいねぇ……。他には?」

「そうだね……。いくら転生しても、言語に難があると困るよねえ?」

「……まあ、そうだな。言葉が通じないとか、聞き取れないとか、理解出来ないとか、困るな」

「それもどうにかしよう。まあ、こんなのは異世界転生スターターパックみたいなものだし、言わずもがなって感じだよ」

「なるほどなぁ。ちなみに、オレ以外に異世界転生した奴っているのか?」

「いなくはないかな。数えるくらいだよ」


 他にも異世界転生した奴っているもんなんだなぁ……。


「他には?」

「……蓮くんさ、アニメの次回予告とか『ちょっとしたネタバレみたいで好きになれない』ってタイプだったよね?」

「え? うん、まあ」

「だから、ほら、今全部聞いちゃうのは面白くないと思うよ。他に何か質問があれば答えられる範囲で答えるから」

「そっか。じゃあ、名前は?」

「……君の?」

「いや、あんたの」

「僕? 僕はねえ、実は名前ないんだ。専ら『創造神』なんて呼ばれてるけど、ぶっちゃけ仰々しいよね」

「不便だなぁ……呼ぶ時にいちいち創造神って口にしなきゃならないのか……」

「まあ、名前付けてくれてもいいよ。僕、これでも女の子だから可愛い名前にしてね」


 パチンとウインクをしながら言う創造神。

 えっ、女の子? マジ? 男にしか見えないけど。


「それはほら、君が男だからさ。僕は、相手が男なら男に、女なら女に見えるんだよ。実際は女神だけどね!」

「なるほど……」


 つまり、女の子バージョンのオレか。

 うーん……人の名前なんて付けた事ないからなぁ。人じゃないけど。


「何でも良いよ。僕ら神にとって、名前なんて個体識別以上の意味はないからね。ほら、欧米人はアジア人の顔の見分けがつかないって言うだろ? あんな感じさ」

「でも、それじゃつまんないだろ? 他の奴にはない自分だけの名前なんだぜ? 特別感あるだろ」

「……まあ、そう言われるとそうかな。でも、キラキラネームみたいなのは勘弁してね。あんなの、人の名前とは言えないから」

「わかってるよ。まあ、今から決めるのは人の名前じゃなくて神の名前だけどな」

「……そうだね!」


 それにしても、じゃあ、どんな名前にしよう?

 創造神……創造……クリエイト……うーん、違うなぁ。

 神……ゴッド……ピンと来ないな。


「……うーん」

「どうだい、思い付いたかな?」

「もうちょい」


 いっそ見た目から決めてしまおうか。

 この神……なんだろう、白い? でも銀色にも見える。いや、色んな色に変わって見える……?

 つまり七色……七色か。


「イーリス」

「イーリス? それが僕の名前?」

「ああ」

「イーリス……うん、いいね。好きな響きだ」

「そりゃ良かった。……話、戻すか」

「ああ、うん、そうだね。何かあるかな?」


 とりあえず、転生そのものについて訊いてみるかな。


「転生って事は……赤ん坊からやり直しか?」

「うん。あ、そうそう。君を最強にするとは言ったけど、ただ漫然と最強になったんじゃ面白くないだろう?」

「……まあ、うん、そうだな」

「だよね。だから、君には最強に至れるだけの潜在能力を備える事にするよ」

「潜在能力……」

「僕らの世界は剣と魔法のファンタジー世界なんだけど、どんな武器を使うにせよ、魔法を使うにせよ、君が訓練を怠らなければ必ず最強になれる。そういう風にする」


 にっこりと笑みを浮かべながら、創造神イーリスは言った。

 なかなかニクい計らいじゃないか、女神様。


「ところで、ここでまだ話してていいのか? 周りは……なんか、不安になるくらい闇なんだけど」

「不安になるのはわかるけど、でも問題ないよ。君は僕が意識の海からサルベージしてきたから、どこに溶けるでもなく、話が終わればすぐに転生さ」

「なるほど……。ちなみに転生先は?」

「うーん……それを言っちゃうと面白くないよね。まあ、君が類稀なイケメンでも不自然ではない生まれになるよ」

「……貴族とか?」

「そうかも知れないし、大商会の跡取り息子かも知れないし、あるいはどこかの王族の嫡子かも知れない。もしかしたら、普通の平民として生まれる事もあるかもね」


 飄々とした口調で言うイーリスに、きっとどれだけ訊いても教えてはくれないんだろうなと悟る。

 まあ、生まれを聞いて態度を変えようなんて、そういうわけにもいかないからな。それに、確かに聞かない方が面白そうだ。


「……そういえば、オレは転生しても男なのが確定してるんだな」

「まあね。今の人格を保持したまま転生させるから、女の子になっても困るでしょ」

「まあ、それは確かに困るな……」

「でしょ? ……それから、僕から与えられるのは、もうないかな。最強に至れる潜在能力(ポテンシャル)と、異世界転生スターターパック。あとは、僕からの加護だけかな」

「それ以上はどうしても難しいのか? 創造神ってくらいだから、世界や人には簡単に干渉できるもんだと思ってたんだけどな」

「あはは。僕ら神も、一応規則の下に動いてるからね。ほら、必要以上に干渉できると、悪神とかが好き放題しちゃうから」

「あー……なるほど、そういう障害があるんだよな。そりゃそうか。善い人間もいりゃ悪い人間もいるんだから、善い神様もいれば悪い神様もいるよな」

「そうそう。だから、創造神だって言ってもあんまり干渉出来ないんだよね」

「そっか。……あとなんか聞く事あるかな?」

「それを僕に訊かないでよ!」


 からからと笑いうイーリス。

 確かに、質問に答えてくれるのに、答えてくれる奴に『何か訊く事あるっけ?』なんて訊いても仕方がない。


「んー……あっ、そうだ」

「うん、なに?」


 これを最後の質問にしようと、頭の中に浮かんだ疑問を質問にして口にしてみる。


「……また、お前に会う事は出来るか?」

「へ……?」


 イーリスはしばらくきょとんとしたとぼけた顔をすると、すぐに笑顔になって答えてくれた。


「ふふふ。そうだなぁ……。君は転生するから、もう椎名(なにがし)ではなくなってしまうけど、君がある程度実力を備えて、それでなお会いたいと思ってくれたなら――」

「くれたなら……?」

「その時は、僕から君に会いに行くよ。こんな、男だか女だかわからない見た目じゃなく、誰が見ても女だとわかる見た目でね」

「そうか。いや、人生は一期一会だからな。例え神様との出会いでも大切にしたいもんだよ」

「そう言ってくれると嬉しいよ。……そろそろ、心の準備はいいかな?」

「ああ、いつでもいいぞ」

「椎名蓮。君はもう『椎名蓮』ではなくなるけど、世界を創った存在として、君の行く末に幸多からん事を願っているよ」

「……そういうのは、神のみぞ知るんじゃないのか?」

「神様でも、人1人の行く末なんかわからないさ。それから、最後に。……これは、僕からの心よりの餞別だ」


 少し照れたような表情になったイーリスが顔を近付けてきて、頬に唇を押し付け、ちゅっ、という残響を最後に、オレの意識は暗転した。


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