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ロリコンと『わからない』の呪い

「騒ぎをずっと見ていたのですか?」


 男たちが渋々ながらもシュトルさんに謝るのを見届け、騒動が収まった後、僕たちはまたシュトルの店に戻っていた。騒ぎの影響で一旦店は閉めているので、広々とした店内には僕たちだけしかいない。


「すみません。ですが、それが最善だと判断したのです」


 コロナ姫はペコリと頭を下げた。


「言葉とは、然るべき時に発しなければ効果がない事もあります。私の主張も、あの瞬間に私が現れて、そして私が発したからこそ意味がありました」

「……それと、俺の頭を踏んづけたことも、関係あるんですかイ?」


 少し恨めしそうにシュトルさんがぼやくと、コロナ姫は少し申

 バツが悪そうに「悪かったですわ」と謝った。


「でも、あの瞬間周りはシュトルに恐怖感を抱いていましたわ。それを私が踏めば、「あれよりも強いかも」と思わせることができます。だから、暴言を吐いた男達だって私にたじろいだでしょう?」


 なるほど、と僕は思った。

 周りが恐怖しているシュトルを抑えることで、周りの恐怖を抑えると同時にパワーバランスはひっくり返った。

 注目は集まるし、発言力も増す。一石二鳥だ。

 コロナ姫はあの蹴り(?)で状況を一気に覆してみせたのだ。


 流石王族、いざこざを収めるのは得意なんだろう。所詮は一般市民に過ぎない僕とは違うなぁ、と実感した。

 ……ところで、シュトルさんがボソッと零した「強いかもも何モ、実際俺より強えじゃねえかヨ」という呟きは、聞かなかったことにする。したい。



「でもヨ、実際俺は周りを怖がらせちまったんだよナ……」


 シュトルさんがガクリと肩を落とした。騒ぎが収まってからも、ずっとこの調子だ。あのガハハという豪快な笑いは、さっきから一度も聞いていない。


「俺ァ、昔っから気が早いもんでヨ……。すぐに手が出ちまうんダ。でも、手を出すよりも先にあんなに怖がられるなんて……初めてだっタ」

「シュトルさん……」

「なあ勇者、教えてくレ。俺の見た目は、怖いカ?」


 どう答えるか、少し悩む。

 「そんなことないです」なんて言うのは簡単だ。でもシュトルさんが求めているのは、そうじゃないのだと思う。


「──はい。慣れている僕ならともかく、普通の人なら、大体はシュトルさんを怖がると思います」

「……そうカ」


 だから、正直に答えた。

 やっぱりか、とシュトルさんはさらに肩を落とした。


「人って、怖がりなんですよ。異質なものはどうしても怖いって思っちゃうんです」

「でも、今更ですわ」


 僕の言葉に疑問を投げかけたのは、コロナ姫だった。


「シュトルはもうここで店を開いてますわ。危害を加えるような者ではないことは、分かってるはずなのに」


 その言葉は正しい。冷静に考えれば、ここで飲食店まで開いている人が、その客になり得る相手に対していきなり攻撃しようなんて思うはずがない。攻撃するつもりなら、もっとスマートな方法だってあるはずだ。


「でも、分からないんですよ。人族は、魔族のことをよく分からないんです。だから何をしてくるかも分からなくて、怖い」


 知らない存在は、それだけで恐怖の対象になる。

 自分と全く違う存在が目の前にいれば、それがどれだけ有効的に接してきたところで、根底にある恐怖を拭うことはできない。多分、永遠に。


「分からないだけで、そんなに……?」


 納得できない、と言いたげにコロナ姫は首を傾げた。

 コロナ姫は聡明で、そして多分すごく強い。知らない対象なら調べるだろうし、仮に戦闘になったとしてもある程度の対処だって可能だろう。

 でも、それは強者だからだ。弱者の心理は、弱者にしか分からない。


 僕は、ひとつ例え話をしてみることにした。


「例えば……そうですね。前に、僕が『子供が好き』と言ったのを覚えていますか?」

「? ええ、覚えていますが」


 前にコロナ姫と話したことだ。

 ロリコンであることを隠すための言い訳として、僕は「子供が好き」だと話した。


「あれがもし、『子供を襲いたくなる』という意味での好きだったとしたら、どうしますか?」

「え?」


 コロナ姫が硬直した。

 目の前の存在が、誰よりも優しくあるべき勇者が、実は自分より小さく弱い存在を虐げることに悦びを感じる最低野郎だったら? これはそんな問いだ。


「ゆーしゃ様はそんな事しませんわ。だから、その問いは無意味です」


 コロナ姫の返答に、僕の心は少しチクリと痛む。

 長年の経験を経た擬態は、上手くいっているらしいよ、僕。やったじゃないか。畜生め。


「本当はずっと子供に劣情を抱いていて、それを人には隠しているだけかもしれませんよ?」

「それは、でも、知りようがないではありませんか!!」

「そうです。分からないんです。知りようもないんです。だから、怖いんです」


 それは、ロリコンに刻まれた呪いだ。

 どれだけ主張しても、「いつかお前たちは子供を襲うのではないか」と恐怖の対象になる。

 何故なら、ロリコンのことが分からないから。理解できないから。


『どうして子供に性欲を感じるのか』

『奴らは危険だ。性犯罪者だ』


 そんな暴言は飽きるほど聞いた。どれだけ対応しても無くならないから、結局黙るしかなかった。

 それがロリコンだ。行動だけでなく、思想さえ縛られた存在が、ロリコンなのだ。


「『分からない』は、怖いんです」

「……」


 コロナ姫は何も言えなくなり、沈黙した。

 ずっと何かを考えていて、でも答えが出ないような、そんな沈黙だった。

 その思考を邪魔するのはいけないように感じて、僕も何も言わずにいた。



「ゆーしゃ様は、本当に──子供を襲いたいと考えていらっしゃったのですか?」



 しばらくして、コロナ姫がそれだけを絞り出すように問いかけた。


「──さあ、どうでしょう」


 それがどちらであっても、僕の行動は変わらない。絶対に。







「じゃあヨ、分かってもらえばいいんだろロ?どうすりゃ、分かって貰えるんダ?」


 重苦しい沈黙を破ったのは、意外なことにシュトルさんだった。さっきと比べていくらか明るくなった声のトーンで、前向きな問いを挙げている。

 引きずらないのは、魔族の特徴か、それとも単に海の男だからなのか。分からないけど、どっちでもいい。


「それが難しいんですよねぇ。接触するキッカケが増えれば変わることもあるんだろうけど……」


 キッカケ、キッカケねぇ。

 そんなものがあれば苦労はしないのだ。


「やっぱりよォ、一度闘技場で戦えば人族とも分かり合える気がするんだヨ、俺ァ」

「それは多分一部の人だけだと思います……」


 いやまあ、スポーツ的なノリでやればアリかもしれないけど、ちょっと過激すぎるかなぁ……。


「そうですね、例えば魔族と接することでお互いにメリットがある、なんてことがあれば、ひとつのキッカケにはなると思うんですよ」

「メリット」


 ずっと沈黙していたコロナ姫が、その言葉にピク、と尻尾を動かした。


「人族に対して、魔族と一緒にいることのメリットを示せばいいのですね?」


 コロナ姫はルビーの瞳をまっすぐこちらに向ける。だけど、頭の中では色んな思考が渦巻いているみたいで、どこか遠くを見つめているようにも見えた。


「何か、思いついたんですか?」

「はい、お陰様で」


 ニッコリと笑うコロナ姫を見て、僕は内心でホッとする。『メリット』なんて単語に反応するのがコロナ姫らしいなぁ、とちょっと微笑ましくも思ってしまった。……ずっと歳上を相手に「微笑ましい」は少し失礼かな?


「 すみません、ゆーしゃ様。私、やらないといけない事が出来てしまいましたわ」

「いいんです。そうやって公務のために頑張るコロナ姫の方が、僕は好きです」

「そうですか?……ふふっ」


 だって実際そうなのだ。女の子は、自分の好きなことのために一生懸命になる姿が一番可愛らしいと思うから。


「どうかお元気で」

「ありがとうございます、ゆーしゃ様」


 去っていくコロナ姫に声をかける。振り向きざまに微笑んでみせるコロナ姫の姿は可愛らしいのに優雅で、キラキラ輝いて見えて、思わずドキッとしてしまった。

 そういえば、とコロナ姫は付け加える。


「ゆーしゃ様、私はこれで魔族国に『一度』帰ります。だけど……」


 コロナ姫『一度』をとても強調した。

 まさか……?


「次はもっと長期滞在できるようにしますから、よろしくお願いしますね?」

「──え?」


 滞在期間、伸びるの!?


「それでは、また会いましょう。私の婚約者様!!」


 呆然とした僕を置き去りにして、翼をはためかせ、コロナ姫が去っていく。



 幼い見た目で、でも長命で。

 聡明で、だけど好きなことには一直線で。

 そんな彼女に振り回される日々が、またやってくるらしい。


 それが嫌かと聞かれたら……嘘になるのだけれど。


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