乙女のウソと紳士のホンネ
5/30 ラストを加筆修正しました。
「王女様、かぁ」
夜、無駄に深く沈み込むベッドの中、僕は右手に残るコロナ姫の残り香を嗅ぎながら昼間を思い出した。
「不思議な人だ」
それが、偽りない僕の感想。
見た目は幼女、でもその中にある精神は、紛れもなく成熟した大人のそれだ。
かと思えば何気ない仕草の中に幼さが垣間見えたり、公務への熱心さは大人というよりは若いビジネスマンに近い雰囲気がある。
お淑やかで、積極的で、聡明で、少し世間知らずで、大食いな、魔族の王女。
今日一日で分かった彼女のことは、それくらい。
でも、分からないことがひとつ。
「どうして彼女は、僕と結婚したいのだろう?」
僕は勇者だ。でもそれだけだ。
和平の象徴にしたいのは分かる。でも、それは僕とコロナ姫の結婚でしかできないことなのだろうか?
ましてやコロナ姫は仕事人間だ。人族の僕と結婚すれば、多少なりとも公務への支障が生まれるだろう。
……いや、そうじゃない。この違和感は、そう。
「損得勘定が、見えないんだ」
この結婚における、コロナ姫自身のメリットが分からない。
あれだけ聡明な姫が、何のメリットも無い結婚を考えるだろうか?
あるいは、僕には分からない何かのメリットがあるのか?
「……考え過ぎかな」
微かな疑問を振り払うように、僕はもう一度右手の残り香を嗅ぐ。それで僕は全てを忘れてトリップした。
明日は、もう一度コロナ姫とデートをする約束だ。
そしてその次の日、コロナ姫は一度帰国することになっている。
「ゆーしゃ様、デートに行きましょう!」
そわ。
「わあ、綺麗な湖ですわ!!」
そわそわ。
「あの銅像はどなたのものなのでしょう。ゆーしゃ様はご存知ですか?」
そわそわそわ。
「あの宝石はどこの鉱山から……おほん、とても綺麗ですわね!」
そわそわそわそわ。
「コロナ姫、絶対我慢してる……」
次の日のデート、コロナ姫はその場所に街の近くにある湖を選んだ。
馬車で一時間ほどで着く湖は、観光はもちろん漁業や水運など様々な面で国民の生活に関わっている。デートにも、視察にも丁度いい場所だろう。
……だけど。
(一度も手帳を取り出していない)
大小多くの川が辿り着き、そしてまた別れていくこの湖は貿易の拠点となっている。当然市場もそれに相応しい盛り上がりを見せていた。
なのに、コロナ姫はそれには一切言及することなく、景色や広場など、ありふれた観光名所にばかり触れている。
「普通だ……」
そう、普通のデートなのだ。
普通なのが、おかしいのだ。
「ゆーしゃ様、このネックレス……似合いますか?」
「似合います超似合います買い占めましょう」
「い、いえ……一個で十分なのですが……」
おっと、紳士が漏れ出てしまった。
だけどコロナ姫の瞳の色と対照的に蒼く光るサファイアはとても美しくて、そしてそれを身に纏うコロナ姫自身も宝石みたいにキラキラしてて。
まるで絵本から出てきたみたいだ。(薄い)絵本とも言うが。
「やっぱりお姫様ですね。なにを身に付けても様になってるというか、すごく素敵に見えます」
「あらやだ、ゆーしゃ様ったらお世辞が上手ですわ」
お世辞じゃないんだけどなあ。
今日の服装は変装なのか、ラフで動きやすそうなスタイルだ。ショートパンツから伸びるおみ足が僕の理性を容赦なく揺さぶり続けている。でも、そんな姿でさえどこか浮世離れしているように感じられるほど、彼女の美しさは特別だった。
だからこそ、その顔に張り付いた作り笑いが、僕にはどうしても気になってしまうのだ。
「コロナ姫、もっと市場を見ていきませんか?ここは掘り出し物が一杯あって面白いですよ」
「そうなのですか!?……おほん、折角ですけど、またの機会にしますわ。今日はもっと景色を楽しみたいですの」
ああ、まただ。
その顔も綺麗だけどね。でも、今は見てられない。
「あの、コロナ姫」
「どうしましたか?」
「無理、してません?」
「っ!」
コロナ姫は小さい肩をがくっと跳ね上げた。
「そ、そう見えました?」
「だって、露骨に公務のこと考えないようにしてますよね?」
「それは、今日はゆっくり楽しもうかなって思いまして……」
嘘だ。
だってあなたは、もっと楽しそうな姿を僕には見せてくれていたじゃないか。
まあ……もっと分かりやすい証拠もあるんだけど。
「……これは言おうか悩んでいたことなんですが」
僕は意を決して、それを口にする。
「コロナ姫、市場の方を見る度に、尻尾がブンブン動いてるんです」
「──へ?」
ギギギ、と錆び付いたネジみたいにコロナ姫が後ろを向く。
そこでは、細長くしなやかな黒い尻尾が、それはもうこれでもかと言うほど飛び跳ねて主張していた。
表情よりも、言動なんかよりもよっぽど分かりやすい、動かぬ証拠だ。
「え、うそ」
……まさか、自分の癖を知らなかったのか。なんか気の毒と言うか申し訳ない気分になるけど、動揺する姿も可愛いのでこれはこれでアリだな、と思ってしまった。
「あの、コロナ姫。僕がいるからって無理をしなくていいんですよ」
「私は、無理なんて」
「いいえ、無理をしています。昨日のあなたは、もっと楽しそうでしたよ」
「それは──」
反論しようとして言葉に詰まったコロナ姫は、やがてガックリと項垂れた。
「昨日の反省でしたの」
湖を見渡せる公園。小さい身体をさらに縮こませながら、コロナ姫は落ち込んでいた。
「ゆーしゃ様が近くにいながら、公務のことばかり考えて、年甲斐も無く市場に心を躍らせて……なんてはしたない」
「僕のことなんて気にしなくていいのに」
「それはなりません! 私がデートに誘ったのなら、ゆーしゃ様にも楽しんでいただきたいのです」
やはりというか、コロナ姫は僕を意識しての行動だったみたいだ。昨日のデートで僕を置いてけぼりにしたことを反省していたんだろう。健気でとっても可愛いと思います。はなまる。
自分の趣味を隠して、ステレオタイプな異性像を演じる──確かに大多数の男性に対して、その対応は成功なんだと思う。
でも僕は、数少ない例外なのだ。
「僕のことを思ってくれたのなら、尚更それは逆効果です」
「え?」
「僕は、昨日のコロナ姫の方が素敵だと思いましたから」
僕を舐めないでほしい。
元気、ヤンチャ、お嬢様、クール、ありとあらゆるジャンルのロリを(二次元で)攻略してきた猛者ロリコンだぞ!
「そんな馬鹿な、だって昨日の私は、ゆーしゃ様を無視して市場のことばかり見て……!」
「好きなものが目の前にあって、それで興奮しないなんて嘘です。誰かに迷惑がかからないのなら、その好きな気持ちを表に出す自由は誰にだってある」
「でも、ゆーしゃ様のご迷惑に、」
「なりませんよ」
迷惑になんてならない。なるはずがない。
だって、
「お淑やかな姿も素敵ですが、好きなものに夢中になっているコロナ姫の方が、ずっと魅力的ですよ」
目の前にはしゃいでるロリがいたら眼福でしかないじゃないか──!
そんな僕の姿を見て、コロナ姫はぽかんと口を開いて、それから笑った。
「不思議な方ですのね、ゆーしゃ様は」
「ええまあ、勇者ってそんなもんです」
勝手にタンス漁ったり無口だったりね。僕は違うけど。
「僕も好きなものありますから。なんとなく、一つのものに熱中する人を嫌いになれないんです」
「そうなのですね。ゆーしゃ様は何がお好きなのですか?」
「えっ」
あっ。
……しまった、ヤブヘビだった!!
どうしよう、なんて答えればいいんだ!?
「……こ、子供が、好きですかね?」
って、何僕は何のひねりもなく正直に言ってしまってるんだぁああああああ!!!
ヤバい、今回ばかりは本当にヤバい!!捕まってしまう!!
「子供! とても可愛らしいですものね、分かりますわ」
……ん?
「私も魔族の子の出産に立ち会ったことがありますわ。ゆっくりと成長してしていく姿はとても健気で、可愛らしいと思いましたわ」
んんん?
これ、もしかして普通に子供好きだと思われてる?
というかロリコンという概念がないんだから、普通にそうなるのか。助かったあ!!
「可愛いですよね、子供!」
「ええ、本当に可愛らしくて、抱きしめたいくらい……」
そこに解釈のズレがあることは気にしてはいけない。
「と言っても、私も子供の姿なのですけどね」
「いいじゃないですか、微笑ましくて」
ロリ百合ですか、大好物ですね。
「……うーん」
「どうしました、いきなり考え込んで」
「ゆーしゃ様は、子どもが好きなんですよね?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、私の姿も好きだったりするのですか?」
「へあっ」
変な声が漏れる。
あれ、これヤバくない?
「自慢じゃありませんが、私の姿は人間でいう子供同然ですわ。喋らなければ完全に年齢を隠し通せるくらいに。でしたら、子供と同じように、私も可愛いと思って下さいますか?」
「え、あっ、それは、そのっ」
「──せっかくですし、試してみましょうか」
コロナ姫は僕の返答を待たなかった。
上目遣いで、首を傾げ、悪戯な笑みを浮かべ、いつもより舌ったらずに、
「ゆーしゃさま、わたし、かわいい?」
心の鼻血が噴き出した。ついでに意識も飛んだ。
「……なーんて。ちょっと恥ずかしいですわね」
「……」
「って、あれ、ゆーしゃ様?」
「……あー」
わー、ここが天国かー。
どこまでも草原が続いて、青空が広がって、白いワンピースの幼女がたのしそうに……
「ゆーしゃ様?ゆーしゃ様!?どうされたのですかゆーしゃ様!!?」
「ハッ!!?」
吹き飛んだ意識が、天使の声で引き戻される。
危ない。今度こそ本当に死ぬかと思った。というか一回死んだ。
「あ、ああ、すみません。とても可愛らしくて、ビックリしてしまいました。まるで天使みたいで」
主に天国に連れていくタイプの。
多分次同じことされたら、今度こそ死ぬと思う。
「それで、次はどちらに行きますか?」
「……ええと」
コロナ姫は迷っているようだった。やっぱり、自分の好きなように振舞うことには抵抗があるみたいだ。
その迷いを断ち切れるように、僕は手を差し伸べた。
「どうぞ、コロナ姫の本当に行きたい場所を言ってください。僕は、どこへだって喜んで案内します」
「でしたら、私は──市場に行きたいですわ。性懲りも無くはしゃいで、あなたを忘れてしまうほどにはしたなく、品物を見て回ってみたいのです」
「でしたら急ぎましょう。時間は有限ですから」
まだ陽はてっぺんに辿り着いてない。
デートはまだ、これからだ。
「はい! ……と言いたい所なのですが、実のところ私お腹が空いてしまいましたの」
「そうなんです?」
「王宮の食事はとても美味しいのですが、その……少し量が、少なくて」
「……あー」
多分晩餐会は「人間向け」の量で出されたのだろう。普段からあれだけ食べるのなら、きっと満足はできないはずだ。
「では沢山食べられるところを探さないとですね」
近くでいい料亭がないかを考え始める。ここは湖や海で採れた魚介類が美味しいので、折角だから海鮮系の店に連れて行きたいところだ。
どこにしようか、と考えていると、
「おお、王女様じゃねえカ!!」
通りの雑踏から、よく通る太い男性の声がした。
明らかにコロナ姫を指した言葉に振り向くと、その声の主はすぐに分かった。
人と比べて頭二つ分は大きい巨躯。
口から覗く、ギザギザに尖った牙。
全身を覆う青白い鱗。
全身の至る所には、トビウオを彷彿とさせるヒレが伸びている。
戦場でも何度か見た記憶がある。水棲系の、魔族だ。
「シュトル!! こちらに来ていたのですね!!」
コロナ姫が嬉しそうに名前を呼ぶ。
……ちょっとジェラシィ。