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朝とデートとロリババア

 小学三年のとき、僕はひとりの女の子に恋をした。

 明るくて、笑顔が素敵で、とっても可愛い子。

 だけど気弱な僕は、彼女を遠くからじっと見つめていることしか出来なかった。

 それで十分だとも、思っていた。


 そのまま数年が過ぎた。

 子供の成長というのは女子の方が早いのが普通で、彼女も例外にもれずそうだった。

 同じくらいだった身長は頭一つ分くらい追い越されて、ほっそりした身体は徐々に肉付きはじめているのが分かった。

 その姿を見て、ふと僕は思ってしまったんだ。


「ああ、昔の方が可愛かったな」って。





「……懐かしい夢だ」


 自室の無駄に豪奢なベッドの上で、意識がゆっくりと覚醒していく。寝心地は最高だけど、広すぎて柔らかすぎる寝床は庶民だった僕にはまだ慣れない。


(でも国王がくれた家だから簡単には出れないしなぁ)


 快適なことには変わりないのだ。いつか慣れるさ、と自分に言い聞かせて身体を起こした。

 さて今日は何をしようか。そんなことを考えはじめて、


「おはようございます、ゆーしゃ様!」

「うわぁ!?」


 すぐ真横から聞こえたソプラノボイスに、僕は思わず勇者的身体能力を全力で発揮して飛び退いた。

 こ、この声は!


「コロナ姫!? どうしてここに!?」


 一瞬でわかる。視線の先では、ベッドの横に置いた椅子に腰掛けるコロナ姫がいた。

 今日は普段着なのか、白のブラウスとえんじ色のスカートに身を包んでいる。しかし、シンプルながら完璧な着こなしの彼女の佇まいは、そのまま絵画にしても全く問題が無いほどに洗練されていた。

 ただ座って微笑んでいるだけの姿が、ここまで美しく、可愛らしい。それは奇跡だ。


「……どうされましたか?」

「ハッ!?」


 また見惚れてしまっていた。これがロイヤル幼女の力だというのか……!!


「い、いえ。まだ少し寝ぼけていまして」


 あら、とコロナ姫は微笑んだ──まるで母のような、慈愛に満ちた笑みで。


「ゆーしゃ様はお寝坊さんなのですね?」

「ウッッッッ!!!」


 バブみ……ッ!!

 もはや可愛らしいとかを通り越して、その笑顔は殺傷力を秘めていた。ロリコンだけを殺す幼女かよ。

 もうだめ。朝から心臓止まりそう。起きるどころか永眠しちゃう。


「こ、コロナ姫は一体何の御用で?」

「まあ、そんな他人行儀にならなくてもいいのですのに」

「歳上の方ですし……」


 こんな可愛らしい見た目してても九十五歳ですからね、コロナ姫。僕の年齢の四倍以上ですよ?


「そんな事気になさらなくてもいいのですよ? だって、将来の伴侶ですもの」


 み、微塵も諦めてないッ!

 っていうか、最早結婚は確定してるようなノリだ!


「け、結婚のことはさておいて、ご用件は!?」

「あ、話を逸らしましたわね。まあその話はまたおいおいということで」


 できれば永遠に保留してほしいです。

 そんな僕の願いをよそに、コロナ姫は意気揚々と立ち上がった。


「ゆーしゃ様、デートをしましょう!!」


 ぽかん、と口が開くのを感じた。


「でーと」

「はい、デートです!」


 一瞬。僕の脳裏にイメージが浮かぶ。

 街を歩く僕とコロナ姫。

 響く僕たちの笑い声。

 どこからか聞こえるサイレンの音。

 手首に嵌められる手錠……。


「い、淫行条例……!!」

「いん?」

「いや、なんでもありません」


 落ち着くんだロリコン。ここは異世界だ。一緒に歩くくらいなら警察は来ない!

 つまり、タッチさえしなければ合法、ということだ!!


「せっかく人族の国に来たので城下町を見て回りたいのですが……駄目、でしたか?」


 コロナ姫が少し悲しそうに俯く。

 ああ、その顔もとても可愛らしいけど、見ていたくはないな。


「それくらいでしたらお安い御用ですよ」


 だから、僕はそう答えた。ロリかロリババアかは関係なく、目の前の人を悲しませるのは勇者じゃないからね


「まあ、ありがとうございます!」

「では、準備しますので」

「はい!」


 コロナ姫はニコニコとしながら、再び椅子に座った。


「……あの、コロナ姫」

「はい?」

「僕、これから準備しますから」

「それが、どうしたのですか?」

「だから、着替えないと」


 ああ、とコロナ姫は納得して、


「お着替え、手伝いましょうか?」

「だ、大丈夫ですからぁ!!」


 なんか掌の上で転がされてる気がするなぁ。





「お待たせしました」

「いえ、大丈夫ですよ」


 コロナ姫は玄関で待っていた。玄関の窓から差し込む太陽の光をいっぱいに吸った褐色の肌は健康的に輝いていて、年齢なんかどうでもよくなるくらいに最高だった。

 僕はそのドロドロした興奮を抑え込んで、何とか紳士な笑顔をコロナ姫に見せる。


「それで、今日はどこを見てみたいのですか?」


 とはいえ、僕も城下町についてそこまで詳しいわけではない。異世界に来てから各地を転々としていたから、この家に落ち着いたのはつい最近のことなのだ。


「そうですね……私、市場を見てみたいですわ」


 コロナ姫はうーん、と考えてから答えた。市場なら僕も普段よく行く場所だから、案内には困らなさそうだ。内心で少しホッとする。


「分かりました。じゃあ案内しますね」


 僕は玄関を開けた。活気のある騒がしさが家の中に潜り込んでくる。

 しかし、コロナ姫はドアを開けても動こうとはしなかった。


「あのー、コロナ姫?」


 コロナ姫は歩かない。

 代わりと言わんばかりに、微笑みと右手を、僕に差し出した。


「デートですもの。エスコートをお願いしますわ?」


 ぷにっと柔らかそうな褐色の手が、僕の目の前にある。

 ごくり。

 僕は生唾を飲んだ。


(触れて、いいのか!?)


 いや、駄目だろう。

 さっき「タッチしなければ」って条件設けたじゃん!!

 どう見てもこれ、タッチじゃん!! Noの範疇ですよ!!


 アウトだ。ロリコン鉄の掟に思いっきり抵触している。

 しかし、触れなければエスコートが出来ない。

 それはもっと駄目だ。下手すれば外交問題だ。

 

(今だけは、今だけは見逃してくれ全世界の同胞ロリコンたちよ!!)


 天に向かって懺悔する。そして、僕の左手を伸ばす。


「それではお手をいただき……おほん、失礼します」

「?」


 おっといけない、口が滑った。

 気を取り直して、僕はなるべく紳士的に、恐る恐るその手に触れた。



 その瞬間、僕の脳内で宇宙が弾けた。





 やわらかい。

 あったかい。

 すべすべしてる。

 あ、ぷにっとしてる。

 あー。


 しあわせ。





「ゆーしゃ様? ゆーしゃ様?」

「ハッ!!?」


 え、あれ?

 僕、どうしてた?


「あ、あれ、僕」

「ゆーしゃ様、私の手に触れてからずっとぼーっとなさってましたけど……大丈夫ですか?」

「あ、ああ。すみません。まだ少し寝ぼけていたみたいです」

「そ、そうなのですか? ならいいのですが……」


 ごめんなさい、嘘です。本当は幼女の手をはじめて握ってトリップしてました。

 ……なんて言えるはずもなく。

 この本性だけは明かすまい、と固く心に誓ったのでありました。

 







「まあ、すごい活気ですわ!!」


 王都の城下町、その最も広い大通りは、それを埋め尽くさんばかりの人と物で溢れていた。

 行き交うは人、馬車、そしてぽつぽつと、魔族らしき人々。

 恐らく、この異世界で最も物流が盛んな場所だろう。それに見合うだけの騒がしさが、この通りにはあった。


「食べ物は勿論、布や金属、宝石までなんでも揃う、なんて言われてますからね。僕もお世話になってますよ」


 衣類に関しては国から貰ったものを着ている──「勇者たるもの身だしなみくらいはちゃんとしなければならない」と国王に言われたせいだ──僕だけど、それ以外のほとんどの生活用品はこの市場で買っている。

 特に屋台や料亭で食べられるご飯は、料理が出来ない僕にとっては非常にありがたく、重宝していた。


「すごいですわ!では、早速ご案内いただけますか?」

「ええ。どこをご案内しますか?」

「勿論──全部ですわ!!」


 ……ぜんぶ?


「いえ、コロナ姫。ご覧の通り、この通りすごく広いんですよ。多分商人だけでも数千人くらい……」

「数千!! 素晴らしい、素晴らしいですわ!! でしたら尚のこと、見逃さないように気をつけなくてはならないですわね!!」


 コロナ姫のルビーの瞳が爛々と輝く。それは今までに見せた可愛らしさや慈愛や妖艶さとも違う、ギラギラした光を纏っていた。

 例えるなら、そう──大物の仕事を目の前にしたビジネスマンのような。


「そうと決まれば一刻も無駄には出来ませんわ!! ゆーしゃ様、急ぎましょう!!」


 ああ、やっぱりどんな見た目でも九十五年も生きれば精神は大人だよね。そこに緩慢とした幼さは欠片も見出せなかった。


 コロナ姫は僕の手を掴むと、その小さな体躯のどこにそんな力があるのかと疑いたくなる勢いで市場を闊歩し始めた。

 僕の体力は保つのだろうか。柔らかな手に触れ続けている僕の理性は保つのだろうか。前途多難だ。


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