#8:漁港
漂流者研究ファイル7:沖ノ環港
沖ノ環島唯一の外部とのアクセスポイント。漂流者が出現するようになってからはフェリーの入港数や漁獲量が極端に減ってしまったが、リバイブバスターズの活躍により漂流者からの被害が減少し、また以前のように漁港としての機能が回復しつつある。
沖ノ環島には野生のクジャクがいるという話を、島に来てすぐの時に建設会社の社長さんか誰かから聞いた気がする。そんなことを思い出しながら、煌びやかな羽を持っているそれが道路の脇道に散り散りに走っていく様をバイクの上から眺めていた。
「こういう景色見てると、ここが同じ日本って感じしなくなってくるよ」
ツバサはアクセルを握りながら、後部シートに座っている愛海に笑いかけた。
背後には、ギャーギャー鳴くクジャク、右側にはもくもくと噴煙を上げる活火山。トタン屋根が立ち並ぶ街道を、少女二人を乗せたビッグスクーターが駆け抜けていく。
めぐみから言い渡されたのは、とある調査であった。沖ノ環島西部の漁港の調査を行うこと。この地区が一番漂流者が出現しやすいポイントであり、ツバサが初めて漂流者と対峙した場所でもある。
「漂流者と戦った痕跡を詳しく確認するように、か。」
ツバサはブレーキをゆっくり握り、フェリー待合所に隣接されている駐輪所にバイクを停めた。
「いやー助かった助かった。移動用でいいからバイク使わせてって言ったらこんな良いマシンを貸してくれるなんて。いやー言ってみるもんだ」
脱いだヘルメットをシートの上に乗せ、蒸れた前髪をかき上げる。目の前には、銃痕の残るアスファルトと、青く輝く東シナ海が広がっていた。
「何か残っていたら、分かる筈なんだけどなぁ」
「……」
愛海は黙って後ろからその姿を眺めていた。
(なんで普段通りなの?)
目の前で髪を揺らしている少女に、今朝、唇を奪われた。相手は平気な顔をしている。私は、どういう顔をしたらいいの?
「嫌だった?」
振り向いた。いつも通り、強気で、綺麗な顔だった。
「いや、あの……」
言わなければ。「何であんな事したん?」いや、「ウチのこと好きなん?」いや、
「……」
なんて言えばいいの?嫌かどうかと聞かれれば嫌ではない。でも、夕方に見せたあの顔が、あのすぐにも壊れて消え行きそうなその表情が頭にこびり付いて、恐ろしくて……。
頭に浮かんだ言葉が湧水のように溢れては消え、溢れては消えを繰り返す。
「……。悪いことをしたのならゴメン。」
先に口を開いたのはツバサだった。
「この島から見る夕焼けが、昔パパと見た鎌倉の夕焼けと似ててさ、見ているうちになんだか寂しくなっちゃって」
そうしてツバサは微笑みながら、海へ向き直った。
「そうしたら、忘れようとしてたパパのこと思い出しちゃって……」
逆行で眩しくても、ツバサの肩が震えていることはすぐに分かった。
「言い訳なのは分かってんだけどさ、愛海を見てたら安心できるっていうか、胸が苦しいっていうか、だから……」
「それ以上言わないで!」
堪らなくなって相手の口を塞いでいた。思わず身体が動いていた。
「なんでそっちの方が苦しそうなん……。なんでウチの考えはおいてけぼりなん……。」
これ以上言ってはいけない。ダメだ。でも。止まらない。
「散々アンタの事考えて、やりたい事にも集中できんくて、なのにその理由が寂しいからって!そげなの(そんなの)ウチが遊ばれてるだけじゃん!」
両肩に、強い力を感じた。気付くと、ツバサは地面に仰向けに倒れていた。
話の続きは聞きたくなかった。聞いてしまったら、自分が頭の中で否定していた事が否定されてしまう。それが怖かった。
「ウチだって、張ってワケも分からんおっきな敵と戦っとる。そうしながら大学行けるように勉強もしとる。一緒にせんでよ!」
自分でも、何に怒っているのか、何が不安なのか、意味が分からなくなっていた。
「嫌じゃなかったよ。でも、なんで嫌じゃないのか分からん自分が怖くて……」
また、言葉が出なくなった。言葉はもう出てこないのに、行きどころの分からないモヤモヤはどんどん湧き出てくる。
「わかったよ。じゃあもうしない。ゴメン」
足元に寝転がっていたツバサは起き上がり、スカートについた砂埃をぽんぽんはたいていた。
「答えが出た時、また聞かせて。」
ツバサと目が合った。彼女の目は涙で濡れて、赤くなっていた。
「それまで、お互い強くなろう」
ニッと。口角を上げた。いつもの強気な笑顔だ。
「そうだね……」
と返事をしようとした瞬間……。
ザバァ!と大きな波音。ツバサが振り向くと、30mは超えようかという程の巨体。
「足の生えた、鯨……」
巨大なそれを見た愛海は、自然とそう言っていた。
二人は停めてあったバイクのシートからヘッドセットを取り出し、それを装着した。
「アークメイデン2nd、4th、発進させてください!」
『もうやってる!』
ヘッドセットから、整備班リーダーの柳の声が響く。
『今はめぐみもレオも居ないから、二人で踏ん張れよ!』
なんて雑な指示なんだ。愛海はそう思いながらも、港に着陸した愛機「太洋丸」に飛び乗った。
「ツバサ!ウチが超音波で足止めするからその隙にぶった切って!」
『愛海!聞いてなかったの?次に現れた漂流者は生け捕りにするか、遺体を保管するために地上で倒せって言われてたじゃん!』
「じゃあ一体どうすんの!」
『愛海はそのまま超音波で動きを止めて!』
そう言い残すと、ツバサを乗せたイカロスは漂流者に向かって突っ込んでいった。
「対漂流者用ソナー、作動!」
太洋丸は、両脛に備え付けてあるスピーカーを漂流者の方向へ向け、超音波を浴びせた。
音波を浴びた漂流者は、音が不快に感じたのかバランスを崩す。
「今だ!」
イカロスは、漂流者の腰目掛けて背後から勢いよくタックルをした。
バランスを崩した上に背後からものすごい強さの衝撃を受けた漂流者は、前方へ思いっきり突き飛ばされてしまう。
突き飛ばされた方向には太洋丸が待ち構えていた!
『愛海!決めちゃえ!!』
「ええ!!っこのお!」
太洋丸は咄嗟にパイルバンカーが装着されていた右腕を漂流者の額に叩きつけた!
「ゥオオオオオオオオオオオオオオ」
顔面が潰れた漂流者はその断末魔を島中に響かせ、コンクリートの地面でそのまま息絶えた。
『ね!これなら大丈夫でしょ』
モニターに、ツバサの得意そうな笑顔が映る。
「「ね!」って言われても、この状態の死骸で大丈夫なんかな……」
愛海が、港に横たわる鯨型の巨人の死骸を確認していたその時だった。
「あれ?」
死骸が、端の方からどんどんゲル化していっているのだ。
「ちょっとこれ!どうやって止めんの!」
ツバサが死体が溶けていく様を見て狼狽えている間にも、どんどんと肉体は液状になっていき……
「消えちゃった……」
港には、二体の鋼鉄の機体と、巨人がめり込んだようなひび割れだけが残り、後は昼下がりの波の音が響いているだけだった。
ツバサ達が1日過ごす間に我々の時間軸では半年過ぎています。怖いですね。時間を見つけて、3月までには完結できるように頑張ります。