#5:ナイトライガー
漂流者研究ファイル4:イカロス
急に増えてきた飛行型漂流者に対抗するために開発された機体。スペックのバランスが取れているため、空中戦だけでなく他の機体のバックアップをすることが多い。
武装は機体に装備された小型機関銃と、ビーム刃を高速で回し相手を切り裂くソーサーの二種類。
空は重く淀んで、海は酷く荒れていた。しかし空から雨粒は落ちて来ず、これから大嵐がくるのだという予感を感じさせた。
そんな暗い港を、島の展望台から見下ろしている少女が居た。
きらびやかなブロンドの癖っ毛がふわふわと風に揺れ、エメラルドのような双眸を前髪の隙間からちらつく。
少女は風にはためくコルセットスカートを手で押さえながら、眼下の光景を睨み付けていた。
巨大なハサミを持ったヤドカリと組み合っている蒼いロボット『アークメイデン』。
丘の上まで、ハサミとバンカーが打ち合う鈍い金属音が鳴り響いていた。
*
『くっそ!まただ』
出力装置のスピーカーから愛海の叫び声が聞こえ、ツバサはコクピットのモニターを確認した。
「また羽だ!」
巨大ヤドカリの背負っている巻貝の殻が弾け飛び、辺り一面に飛び散る。
『ツバサ!』
「あいよ!」
空中に待機していたイカロスは、飛んでくる破片に向かって両手を突き出した。
瞬間、イカロスのボディに走っている赤のレリーフが眩しく輝き出し、手のひらから赤い光が広がっていった。光はシールド状に展開され、住居に向かって飛んでくる破片の雨を一つ残らず受け止めた。
『ツバサさん!今度は上です』
今度は管制室にいるめぐみから指示が飛んでくる。
「いそがしい……なっ!」
シールドを解除したイカロスは、上空に逃げようとしている巨大ヤドカリ目掛けて飛翔した。
「アンタみたいな悪いコはぁぁぁぁ……」
暗い空に向かって飛び立った機体の右腕には、赤いビームの刃が走るソーサーが握られていた。
「アジの開きだああああああ!」
すれ違いったその一瞬、その一振りでヤドカリはぱっくりと二枚に捌かれ、海に還っていった。
「うっしゃ!」
空中で切り裂かれたザリガニを一瞥したその時、イカロスの視界に映り込んだものがもう一つあった。
*
赤いアークメイデンが上昇する風圧が長い前髪を吹きあげ、視界が鮮明になった。瞬間、上昇してきたその機体と視線が合った。
「これが、4th」
誰に言う訳でもなく、少女は静かに声を出した。
*
イカロスのモニターに映るブロンドヘアーの少女を見て、ツバサは眉をひそめた。
「こんなトコに、外国人の女の子?」
5話 ナイトライガー
ツバサたちが格納庫に帰還した途端、曇り空に溜まっていた雨が一気に降りだしてきた。
島の海岸沿いにあった廃工場を改造した格納庫の入り口は滝のようになっており、外の様子などまるでわからなかった。
外から響く豪雨の音が頭にまで響き、操縦による後遺症からの頭痛なのか、低気圧によるものなのか、イカロスを操っていたツバサにはよく分からない。
ガンガンと割れそうな程に痛む頭を押さえながら、ツバサはフラフラとコクピットから降りた。
「ちょっ危ない!」
同時に降りてきた愛海は、ふらつきそうになったツバサの肩を受け止めた。
「そろそろ慣れてきたと思ってたんだけどな……」
「乗り始めて一週間程度で身体が順応するワケないやろ」
そう言いながら、ツバサの腕を自分の肩にかけ、その身体を支え上げた。
ツバサがこの島に来てから十日が経とうとしていた。
最初の出撃の後倒れ込み、そこから目覚めた後は、機体の操縦に適応するために訓練と出撃を繰り返し行っていた。ツバサはそれで十分だと思っていた。しかし、出撃後は相変わらず必ず猛烈な吐き気と頭痛が続くのだった。
「イカロスは空も飛ばなきゃいけんから、その分脳への負荷は大きくなるんよ。慣れとかでどうにかできるもんじゃなか」
愛海は、格納庫の隅にあるプレハブ小屋の扉を開けた。瞬間、ふんわりと甘い香りが二人の間に流れ込んできた。
中に入ると、見ていて気分が安らぐようなファンシーな家具が部屋中に並んでいた。ちょっとしたリビングのようになっているため、始め部屋の中だけを見たらこの建物がプレハブ小屋だという事が信じられないだろう。
「さすがパイロット専用のレストルームだね……」
「女しかおらんしね」
ツバサはもう限界とばかりに入口近くのソファーに崩れ落ちた。
寝転んで、頭痛を和らげようと目を閉じたその時、部屋のどこかからヴァイオリンの音色が流れてきたことに気付いた。
一体誰だろうと、目を開けて音色のする方へ視線を向けると、黄色のセーラー服を纏っているブロンドヘアーの少女が確認できた。
(あれ?どこかで見た……ような?)
なんとかして思い出そうとするが、ブロンドの少女が演奏するヴァイオリンの音色が心地よく、ツバサの意識はとろとろと夢の中へと溶けていった。
「レオ、来てたんだ」
マナはツバサが座ったのとは逆方向のソファーに腰を沈め、レオと呼ばれた少女を一瞥した。
「さっきの戦い、平家丘から見てたよ。」
「あの島一番の高台から!?よくここまで戻って来れたね」
驚きの表情を見せている愛海の横に腰掛け、演奏をやめたヴァイオリンをケースにしまい始めた。
「4thであれだけ高度な操縦をするからよっぽど優秀なパイロットなんだと思っていたけど、こんなすぐにぶっ倒れちゃうなんて」
ぱたん、とケースを閉じ、横になったままぴくりとも動かない少女に目を向けた。
「一緒に戦うっち言った時にはウチも驚いたけど、ここまで予想通りやとなぁ……」
そう言い終わると、緑のラベルの炭酸飲料を口の中に流し込んだ。口に広がる乳酸菌飲料独特の清涼感が、全身に広がる倦怠感を和らげてくれた。
「好きだね、それ」
「今までコレ買う事無かったんやけどね、ロボット乗り始めてから無性に飲みたくなるんよ」
「ただの糖分不足だといいんだけどねぇ……」
表情を変えずに、レオはペットボトルの水滴を指でなぞった。
「どういう意味?」
愛海は、耳に入った言葉の違和感を感じ、眉間に皺を寄せた。
「脳に負荷をかけ過ぎると、身体までバグるから気を付けてね」
レオは前髪の隙間から愛海に睨み付けるような視線を向け、水滴で濡れた指先をぺろりと舐めた。
「あんなムチャな戦い方してるあの子は、特にそうかも」
ぬらりと光る細長い指は、ソファーで横たわっているツバサの方向に向けられていた。
「……」
アークメイデン操縦における脳への後遺症についてはめぐみや桜庭重工のエンジニア達から何度も説明を受けた。訓練と投薬を欠かすことさえなければ、軽いめまい、全身の倦怠感と、長時間パソコン作業をした際の疲労程度で済むのだが、訓練や投薬が不十分、あるいは適合率が低い状態で操縦した場合、頭痛、吐き気、視界の暗転の他、最悪脳細胞が破壊されるという最悪のケースに陥る。
愛海は、緑色のラベルのボトルと、ソファーに横たわっているツバサを見比べた。
(だから嫌だったんだ……)
金を稼ぐためだという理由を、めぐみの次に受け入れてくれた他所モノの少女。未だに学校を辞めた以外の素性を明かしてくれない旅人にまで、こんな辺境の地で行われている戦いを任せていると思うと、腹の底に嫌な物が溜まっていく感じがした。
『沖ノ環島東部に漂流者出現。待機中のパイロットは至急出撃準備に入ってください。繰り返します……』
突然室内に鳴り響いた警報とアナウンスに、愛海は我に返った。
「本日二体目……ねぇ。」
長すぎる前髪を指で弄びながら、レオは不敵な笑みを浮かべた。
「帰還後で悪いけど、オペレートヨロシク」
そして、ポケットからインカムを取り出し、それを放り投げた。投げ出されたそれは低く弧を描き、愛海の手に収まった。
「いいけど、他はおらんの?」
「この島のことはアンタが一番知ってる。ナビさえしてくれればバトルは何とかするから大丈夫」
レオはそう言うと振り返らずにレストルームを飛び出した。
「あのコ、『地形を掌握する者が戦を制す』とか言う感じの人?」
「起きてたん!?」
愛海が振り向くと、さっきまで音も立てずに眠っていたツバサがにやにやとこっちに視線を向けていたのである。
「あれだけ大きな警報鳴ったら誰だって目ぇ覚めるって」
「別にいいけど……」
愛海は、上半身を起こしたツバサの隣に腰掛け、小型のノートパソコンを開いた。
パスワードを打ち込むと、ディスプレイ上のウィンドウに島の山間部の映像が映し出された。
「ツバサは機体しか見た事なかったっけ」
愛海は、ウィンドウの端に写る黄色いライオン型のロボットを指差した。
「陸戦型アークメイデン3号機『ナイトライガー』」
『あれ?新入り起きちゃったんだ』
「そして、こん子がパイロットの『ガッロ・黄原・レオーネ』。」
『レオでいいよ』
左端のウィンドウに写っている少女は、前髪の隙間から二人を睨み付けるように視線を送った。
「島の東は人ん家も動物もおらん山ん中だから暴れても問題なか。でも、火山の危険区域内に入らんように気ぃつけて」
それだけ言うと、愛海は装着していたインカムをテーブル放り投げた。
「指示ってそれだけでいいの……?」
「良か良か」
言いながら、インカムの横に置かれていたペットボトルを手に取った。
「レオはウチらと一緒くらいの歳だけど、傭兵上がりなんよ」
愛海は、視線をモニターに映した。つられてツバサも視線をそっちに向けた。
「だからあの子は、こういうの全部一人で片付けられる……」
ツバサ達の人間型の機体とはうってかわって、獣型の機体である『ナイトライガー』が、豪雨の中の森林を風の速さで駆ける。
その先には、全長20mほどのマングース型漂流者。
「……」
レオは黙ってその背中を追い続けた。
「レオ、攻撃しないでずっとあれだけどいいの?」
ツバサは、延々とループを繰り返しているモニターを眺め、眉をひそめた。
「まあ見とかんね」
愛海がそう言ったその瞬間だった。
「今だ」
ナイトライガーの背中に装備されているキャノン砲から何かが漂流者に向かって射出された。
射出されたそれは漂流者の真上で破裂し、黒い蜘蛛の巣のようなものが広がった。
「捕縛ネット!」
ツバサはその光景に驚き目を見開いた。
漂流者は突然身体にまとわりついた捕縛ネットを取り払おうともがいたが、暴れれば暴れる程ネットは絡まっていく。
ナイトライガーはその勢いのまま、拘束されたナイトライガーの喉元を爪で切り裂いた。傷口から赤黒い血が吹き出し、雨に混じって辺りに飛散する。
地面に転がったマングースを飛び越えると、赤い雨がボディに降り注いだ。
着地し、振り向いたナイトライガーは赤く濡れたボディを屈め、キャノン砲の先を漂流者に向けた。
発射口が燃え、轟音と共に砲弾が飛び出す。弾は直撃し、漂流者は業火に包まれた。断末魔は響くことなく、ぱちぱちと巨大マングースの肉体を焼く音が辺りに響いていた。
「下手に攻撃しないで、確実に仕留めたら飛んでいくことはないでしょ」
パイロットのその言葉は、雨による轟音でかき消された。
*
雨は止み、湿気を持った生ぬるい風が格納庫に吹きこんでいた。
帰還したレオは、格納庫の外に出て、朱く染まっている空を眺めていた。水平線には雨雲がかかっていて、沈みゆく夕陽は確認することができない。
「やっぱここにいた」
声がする方を振り向くと、赤いライダージャケットを着ているツバサがこちらに向かってきているのが見えた。
「ここからの眺めいいもんね。この時間にくると」
そう言いながら横に来たツバサを、前髪の隙間から睨み付けるように眺めた。
「……」
視線に気づいたのか、ツバサはふと横を向いた。
そして、手をレオの額に近づけ、緑の双眸を隠している長い前髪をかき上げた。
「……やっぱり。前髪上げたほうがかわいい」
邪魔な前髪が除けられ露わになったタレ目に、優しく微笑むツリ目の少女が映り込んだ。
「前は、そうしてたよ」
レオは、蚊の鳴くような声でそう呟いた。そして額にあてがわれたツバサの腕を握り、背後に投げ飛ばした。
「がはっ!」
突然の反撃にツバサは身構えることが出来ず、地面に強く打ちつけられる。レオは、前髪の隙間からその姿を一瞥して、その場を後にした。
ツバサが身体を上げた時には、投げ飛ばした相手の姿はどこにもなかった。
「もっとお話したかったんだけどなぁ」
昼の景色と夜の景色が混在する空を眺め、ツバサは溜息をついた。
つづく
最近仕事の後に小説を書く時間が作れないためペースが遅れてきていますねえ。大変です。
今回は戦闘シーンを2回も入れたため長くなってしまいました。もうちょっとキャラを掘り下げることが出来たらよかったかなあと思ったりしています。
三号機「ナイトライガー」のアイデアはせっかくのロボットだし動物型もいいじゃんと思ってあんな感じにしてみました。モデルが分かった人はこっそりぼくに教えてください。
というわけで感想、意見お待ちしております。5話まで書き上げて正直上達しているのかどうか分からない部分があります。小さな意見でもいいです。糧にしたいので是非お願いします。
それでは次回もよろしくお願いします。では。