#4:適合率
漂流者研究ファイル3:アークメイデン
元々資源採掘を目的とした重機として開発された工業ロボットである。漂流者の出現により、三号機以降は戦闘用ロボットとして開発されることとなった。
初号機『ガイア』は採掘用。二号機『太洋丸』は海中調査用兼水中戦用。三号機『ナイトライガー』は陸専用。四号機『イカロス』は空中戦用。
「戦いたい?」
愛海は、ツバサが発した言葉を復唱し、首を横に振った。
「ツバサさん、気持ちはありがたいんですけど、この事は忘れてもらえませんか?」
めぐみも申し訳なさそうにこっちを向いていた。
「そんな、一体なんで!だってアタシちゃんとロボット動かせてたじゃん!」
「ちゃんと動かせとらんかったやろ!」
愛海は遮るように声を荒らげた。そして、そのままの調子で続けた。
「ウチはあんたみたいな中途半端な気持ちでやってる訳じゃなか!」
言い終わると、愛海は部屋を出ていった。それを止めようとする者はいなかった。
「驚いたかもしれませんけど、許してあげてください。彼女には、彼女なりの理由があるんです」
閉まりきれずに半開きになったままのドアを振り向き、静かに言った。
「何?どうせ故郷を守るために~とかいうお涙頂戴でしょ?」
「確かに、それもあると思います。でも彼女は故郷のためというより、自分のために戦ってるんです」
「自分のため?」
ツバサは、めぐみの言っている事の意味が飲みこめず首を傾げた。
「愛海さんは、本当なら島を出て本土……鹿児島市内の高校に進学する予定でした。ですが、半年前に起こった漂流者騒動の際にアークメイデンのパイロットに選ばれ、愛海さんはこの島に留まることにしたんです」
「そのどこが自分のためなの?」
ツバサのその問いを聞き、一瞬だけ天井に視線を移してから、続けた。
「お金を稼ぐため、と本人は言っていました。」
「は、はぁぁぁ?」
4話 適合率
リバイブバスターズの地下格納庫に、4体の機体が並んでいた。
愛海は、2号機「太洋丸」の前に立っていた。
海中での活動が出来るように設計されたフィン状の足元と、蒼く光る鉄紺色の機体。
鮫を象ったフェイスを眺めていると、この機体で戦うと決めたあの時を思い出す。
~~
「愛海、大学なんて行かんで宿を継がんね」
長女だから、という理由で、漁師の父はいつもそう言っていた。
自分の家はこの島で代々宿をしていた。この島に作業をしに来る人たちには絶好の宿泊場。この島が観光地として有名だった時は手が回らない程繁盛していたらしい。
でも、今となってはこの宿を使うのは工事に来た建設会社のオッチャンか、養育委員会の人くらい。なんでウチがそんな宿を継がなきゃいけないんだ。
この島から抜け出してやる。その為には……。
~~
「またあの事かんがえてたの~?」
声のする方を振り向くと、作業着姿の女性がにやにやと笑っていた。
染め上げた金髪を後ろでひとまとめにし、なんとなく気だるそうな顔をしていた。
「柳さん……」
柳と呼ばれた女性は愛海にペットボトルを投げ渡した。愛海は緑色のラベルのそれを無言で受け止める。
柳ユウ。20歳にしてリバイブバスターズの整備班リーダーであり、二号機のオペレーターまでこなしている。
「どしたん?あの都会ッコの見舞い行ったんじゃないの?」
「べつに……」
言いながら、ペットボトルの蓋を回した。栓から噴き出す爽快な音は、今の愛海の気分とは違うものだった。
「何があったか聞かないけどさ、マナはマナなんだから、ヨソの子に当たっちゃだめだよ」
「別に、当たってなんか……」
「ケンカしましたって顔に書いてるよ」
柳は、自分の頬をなぞるように指を這わせてみせた。
「怪獣と戦って島を出る費用稼ぐ~なんて立派な目標だけどさ、目的を見失っちゃだめよ」
柳は、愛海の鼻をつっついて、回れ右をした。
「そろそろ整備に戻るかぁ~」
誰に言う訳でもなくそう声に出しながら、柳は格納庫の奥へと歩き出した。
「不器用なヤツめ」
*
「島を出るために島を守るなんて、矛盾してない?」
めぐみの話を聞き終え、ツバサは静かに笑った。
だが、一つの疑問点が頭の中に浮かんだ。
「あれ?そういやなんで愛海ってロボット乗ってるの?」
「えっ?さっき説明したじゃないですか!」
「じゃなくて、あれって誰でも動かせるの?アタシが言うのもなんだけどさ」
めぐみは驚いた表情をみせたが、ツバサのその言葉を聞き、彼女が抱えていた疑問点を理解した。
「そのことについてもお話しようと思っていたんです。アークメイデンシステムについての」
「アークメイデンシステム?」
今度はタブレットを取り出し、ツバサに手渡した。
「アークメイデンは、採掘用の重機だということはさっき話しましたよね。」
「え、うん」
画面には、愛海の操る機体「太洋丸」と愛海の全身図がパラメーター付きで表示されていた。
「アークメイデンは、ただ採掘するでけでなく、その土地の特性、成分などの調査をそのまま行うことを目的に制作されました。だから人型の機体なんです。」
めぐみはタブレットを操作し、とあるパラメーターの表示を最大にした。
「そういった繊細な作業を行うという目的のうえで制作されているため、人間と同じ挙動をさせる必要がありました。そこで採用されたのが『脳波コントロール』なんです」
パラメーターは愛海の頭と機体を矢印で結んでおり、その中間に472と数字が並んでいた。
「搭乗者の脳波と機体の相性がこの数値です。私達は「適合率」と呼んでいて、500に近ければ近いほどうまく操ることができます。」
「つまりさ、その数値が500に近ければ乗れるってことだよね」
「そういうことです。」
めぐみは指をスライドさせ、別の画面を表示した。何かのマニュアルだろうか、今度は画像は少なく、文字の羅列が殆どだった。
「ですが、いくら優秀な人でも脳波コントロールを補助なしではできません。だからパイロットはこれを使っているんです」
マニュアルを拡大すると、挿絵部分にヘッドセットとドリンク剤の瓶らしきものが描かれているのが分かった。
「このヘッドセットは脳の指令を正確にこなすための出力装置、そしてこのドリンクは脳へのダメージを抑えるための調整剤です」
「もしかして、それがなかったら……」
「はい。今のツバサさんみたいになりますね。最悪死にます」
ツバサの背筋に、ゾッと冷たいものが走った。
「ってことは、アタシ相当ヤバいことしてたんだね」
ツバサは、港でイカロスに飛び乗ったことを思い出した。制御が効かなくなり漂流者にぶつかったのも、その後目が見えなくなったのも理解ができる。知らなかったとはいえ、今思うとなんて命知らずなことをしていたのか……。最悪のパターンを考えると恐ろしくなってきた。
「この話を聞いたうえで、それでもまだ乗りたいと思いますか?」
『ウチはあんたみたいな中途半端な気持ちでやってる訳じゃなか!』
『最悪死にます。』
二人の台詞が頭の中で反復する。
喰われたバイク。穴が開く港。
いろんなものが頭にフラッシュバックしていく。
アタシは……
*
格納庫に足音が響く。
(あれ?ウチと整備班以外入れないはず……)
愛海は不思議に思い足音のする方を振り向くと、赤と桜色が確認できた。
「あ、アイツ!」
良く見てみると、赤いセーラー服に身を包んだツバサと、めぐみの姿だった。
「いーじゃんいーじゃん!アタシさ、中高ブレザーだったから憧れてたんだよ!」
「ここの制服がお気に召してくれたようで嬉しいです」
ツバサは膝より高い位置にあるスカートの裾をひらひらさせ、子どものようにはしゃいでいた。もう少しで見えそうになり、見ているものをひやひやさせた。
「あんた、もう歩けるん……?」
愛海は、さっきまで医務室で寝ていた筈の少女の変わりように動揺を隠せいないでいた。
「まだちょっと頭痛いけどこれくらい大丈夫。それよりさ」
そういうとツバサは愛海の肩に腕を回しこんでぐいっと顔を引き寄せた。そして、耳元で囁いた。
「私と一緒に稼ご?」
「は、はあぁ?」
愛海は囁かれたその言葉に気が動転し、ツバサを突き飛ばしてしまった。
「ま、まさかあの話!」
「お話しちゃいました」
めぐみは申し訳なさそうに微笑んでるだけだった。
「か、勘違いせんでよ!?ウチは……」
「これだけ」
愛海はツバサに詰め寄ろうとしたが、目の前に突き出された三本の指がそれを遮った。
「30万。アタシが喰われたバイクの代金。とりあえずこれだけ貯まるまで」
そしてその手を愛海の頬に持っていき、顔の輪郭を確かめるように優しく、ゆっくりとなでた。
「一人じゃ、何かとフベンでしょ?」
顔の温度が上がっていくのが自分でも分かってしまい、気付いたときには頬にあてがわれていた手をはたいていた。
「勝手にせんか!」
恥ずかしくて、アイツの顔を直視できんくて……
愛海は回れ右をして、格納庫の出口に向かっていった。
「かわいいなぁ」
ツバサは過ぎゆく背中を、目を細めながら見ていた。
めぐみはタブレットの画面を確認した。
ツバサの全身図とイカロスの間には499が表示されていた。
つづく
仕事が忙しくて一週間過ぎてしまいました。しょうがない。職場に泊まった日が1週間に二日あったし。
ってなわけで4話目でやっとあらかた設定と世界観の説明が片付きました今回は書いていくうちに日が開いちゃって続き書いていくのがたいへんでしたね~。仕事と執筆活動の両立はやはり難しいです。そんなこんなで話が動き始めるのはここからです。漂流者とは一体何なのか、ツバサは無事沖縄に行けるのか、書く側の私もこれからどんな話になっていくのか楽しみです!次回もお楽しみに!
というわけでこの小説がいいなと思ったら、評価、感想、ご意見お待ちしております!些細なことでもいいです!糧にしたいのでアドバイスよろしくお願いします!