#2:アークメイデン
漂流者研究ファイル1:沖ノ環島
鹿児島県南部にある離島。海底火山の隆起により誕生した島。火山は今でも活動しているが、観測が200年以上噴火は見られていない。島は自然が豊かで、牛の放牧が行われていたり、野生のクジャクがいたりと生命を直に感じることができる。
歴史は古く、その昔、源平合戦で生き残った平家武士「在寄俊法」がこの島に流れつき、島の住民に助けられたという伝説が残っている。
「もしもし、めぐみです。はい。無事到着しました。」
めぐみと名乗った少女は、スマホを耳にあて、大型のトラックが降りてくる様子を見守っていた。
「今の所異常は特に見当たりません。問題なければ時間通りに格納庫に到着できます」
海から吹いてくる風が、腰まで伸びている艶やかな黒髪を揺らした。
「問題は、「この後」無事か、なんよ」
横で並んでいる少女は、その小麦色の細い右腕を逆側に伸ばした。
「愛海さん、怖いこと言わないでくださいよ」
めぐみは、苦笑いを浮かべた。その苦笑いもどこか上品で、育ちがいいことを伺わせた。
「何でよ。いつも船が来たときには必ず……」
トラックが港に降り、続けて真っ赤なバイクが出てきた瞬間だった。
船体が巨大なカニのハサミで引き裂かれ、船は大爆発した。
2話 アークメイデン
鼓膜だけでなく、身体の奥まで轟音に揺さぶられる。
「今回もか……」
愛海は、足元のエナメルバッグからヘッドセットを取り出し、装着した。めぐみも、トレンチコートのポケットからインカムを取り出した。
「2nd、発進準備お願いします!」
炎が上がっているフェリーに向かって、愛海は駆けていった。
その途中で、赤いライダージャケットを着ている人が倒れているのに気付いた。
「めぐみはその人を、整備班は港の人を避難させて!」
めぐみは頷き、すぐそばでうずくまっている人に駆け寄った。おそらくさっきトラックと一緒に降りてきたライダーだろう。
「大丈夫ですか?」
「いてて……。なんなのアレ……」
めぐみは、その人がヘルメットを脱いだ瞬間驚きの表情を浮かべた。
「お、女の人だったんですか!?」
綺麗に染まった茶髪、整った鼻筋、シャープな輪郭、キリッとして澄んだ色をしている双眸。
「こんな美人な女のコがなんでバイク乗ってるの?って顔してる」
「ひゃっ」
バイク乗りの少女の吐息が、肌に伝わってくる。思わず赤面してしまった。
「そうじゃなくて、あんなに派手に転んだのに怪我一つないなんて」
「そりゃあ、プロテクター入りのジャケット着てるし、ヘルメット被ってたからね……。デキる女の嗜みだよ?ってそういういのどうでもいいって!」
ツバサは、自分が乗ってきた筈の船と、それに襲いかかっている巨大なカニを指差した。
「あれは一体何なの!?」
「あれは、漂流者。この島に生息する指定有害生命体。いわば『疫病神』です。」
巨大なカニは、堤防に手を伸ばした。
「アタシのバイク!」
「ダメです!」
めぐみは駆け寄ろうとしたツバサを抑えた。
「漂流者は、機械類を見境なく捕食する性質を持っているんです。近づいたらあなたも巻き込まれます!」
「でも!」
漂流者は、バイクをハサミで掴みあげ、そのまま口に放り込んだ。
「そんな……」
メキン、バキン、とうてい咀嚼音には聞こえない音が、ツバサの目の前で鳴り響いていた。
「アタシのバイクが、喰われた?」
鹿児島まで共に旅をしてきて、もはや相棒ともいえる存在がいとも簡単に壊されてしまった。それも、こんな一瞬で、あっけなく失うものなのか……。
目の前の光景が信じられなくて、目の前が真っ暗になっていく感覚を覚えた。
『うおおおおおおお!』
だが、天から聞こえてきた女性の雄叫びと、何かが割れるような鈍い音でツバサは我に返った。
「そして、あれがあの疫病神を殲滅するための救世主」
海のように深い蒼のボディ。
攻撃的な印象を見る者に与える鮫を象った頭部。
右腕に装着された巨大なパイルバンカー。
港を守るように、20mほどの巨大なロボットが仁王立ちしていた。
「アークメイデン」
*
「性懲りもなくフェリーを沈めて……」
蒼いアークメイデンのコクピットで、パイロットの愛海は声を荒らげた。
モニターに写っている巨大なカニが憎たらしくて、頭が爆発してしまいそうだ。
「ウチらは生活かかってんやぞ!」
握りしめた右ハンドルを振りかぶり、殴るようなモーションで前へ突き出した。
その動きと連動して、アークメイデンも同じように拳を放った。
右腕に装着されたパイルバンカーで、漂流者の腹部を抉った。漂流者はこの一撃が効いたのか、奇怪な悲鳴を放った。
『やった!』
コクピット内の愛海は、漂流者の苦しんでいる表情を見て小さくガッツポーズした。
「いや、まだです!」
めぐみの声は震えていた。
「あれ、やばくない?」
傍らで見守っていたツバサも、表情が引きつっていた。
「アガガガガガがガががガあgggggg」
苦しんでいたと思われていた巨大なカニは、その大きな身体を小刻みに震わせていた。
「愛海さん!はやくトドメを!」
めぐみがインカムで指示を出した時にはもう遅かった。
ぱき、ぱき、という音が聞こえてくる。そして、その音の感覚は短くなっていき……
「あギャアAアアア!!」
爆発するように甲羅が辺りに飛び散り、その中から羽の生えたザリガニが出現した。
『どんな姿でも倒せば関係ないやろ!』
愛海は、さっきと同じように、ザリガニにパイルバンカーを打ち込もうと拳を振りかぶった。
『ウラぁぁああああ!!!』
しかし、その攻撃は空を切った。
『なっ!』
「上です!」
愛海が上を見上げると、ザリガニが空高く飛び上がっていた。
『そんな……。海上戦仕様のこいつじゃ……』
愛海に悔しそうな表情を浮かべている暇はなかった。
割れたザリガニの腹部から出てきたそれに、見ていた者は全員目を丸くした。
「「『ガトリング砲!!??』」」
「ギェエええエエ!」
愛海が操縦するロボに向かって、弾丸の雨が降り注ぐ。
「きゃああああああ」
銃弾の衝撃は、コクピットまで響いてくる。
「こっち!」
ツバサはめぐみの手を引いて、港の待合所に駆けこんだ。
「屋根がある場所ならとりあえず大丈夫っしょ」
建物の外では、ザリガニの流れ弾が地面に穴を開け続けていた。
「ケガはない?えっと……」
ツバサは、自分を助けてくれた美少女の名前を呼ぼうとして、困ってしまった。せっかく助けてもらったのに名前を聞きそびれてしまっていた。
「桜庭めぐみです」
微笑みながらそう答えた彼女の声は透き通っていて、人の声を聴いたとは思えないような心地よさを感じた。
「アタシは赤崎ツバサ。さっきはありがと!」
ツバサは微笑み返すと、すぐに表情を元に戻した。
「って自己紹介してる場合じゃなさそうだね」
外では、まだ戦闘が続いていた。
『早く逃げて!』
アークメイデンは、港で逃げ遅れた人を守るように、銃弾を受け続けていた。
「早く!こっちだ!」
「こっちです!」
ツバサとめぐみは待合所を飛び出し、逃げ遅れた人たちを誘導した。
「あとはこの子だけです!」
「わかった!」
最後に走ってきた女の子をめぐみが抱え上げたその時だった。
「危ない!」
ツバサは反射的にめぐみの手を引っ張った。
めぐみの腕から振り落とされた女の子をツバサは受け止める。
瞬間、めぐみの腕を銃弾が掠めた。
「きゃああああああ」
ツバサに覆いかぶさるように、めぐみが倒れ込んでくる。
ツバサは、抱きかかえた女の子が傷口を見ないように、顔を隠すように抱きしめた。
傷は浅かったようで、破れた袖から血が滲む程度だった。
「そんな……」
*
『くっそ!もう耐えられない!』
コクピットの画面にはDANGERの赤文字が表示されていた。
愛海の操縦している機体『アークメイデン2nd 太洋丸』は、海上で戦うために作られているため、このような空を飛ぶ敵は想定していなかった。そのため、無駄だと分かっていても、できるべき事といえば耐えて増援を待つか、相手の体力切れを待つかしかないのである。
しかし、そろそろ機体が限界を迎えようとしていた。
『きゃああああ』
ヘッドセットから悲鳴が聞こえてきて、愛海は背後の待合室を振り向いた。
「な……めぐみ!」
入り口から僅かに見える建物の中から見えたのは、腕を抑えているめぐみの姿だった。
「よくも……めぐみをおおおおおおお!」
愛海は、空高く飛ぶ漂流者に向けて右腕を伸ばした。
太洋丸に装着されたパイルバンカーが展開し、巨大な鏃が露わになった。
「くらえええええええ!!!」
愛海が叫ぶと同時に、バンカーが漂流者目掛けて射出された。
バンカーはザリガニの頭部目掛けて飛んで行った。
その一撃が命中する瞬間、ザリガニは宙返りをしてバンカーを避け、太洋丸に突っ込んでいった。
「まず
い」と言い終わらないうちに、漂流者の体当たりがヒットし、太洋丸は港に打ち付けられた。
「がはああっ」
辺り一面に砂埃が舞い、衝撃で待合所のガラスにヒビが入った。
「おいおいおいおい……勘弁してよ……」
宙に浮かぶ羽の生えたザリガニ。
銃弾で穴が開いた港。
そこに横たわる巨大ロボット。
肩から血を流す少女と、泣き叫ぶ女の子。
生ぬるい南国の風が、硝煙のにおいを運んできた。
これが、現実に起こっていることなのか、ツバサには理解できなかった。
一字違いで訪れてしまった島で、怪獣騒動に巻き込まれるなんて、自分が知っている以上の逆境があるなんて……。
(そういえば、一緒に乗っていたトラックは無事なのかな)
ヘンなところで頭が冷静になるもんだと、自分でも驚いた。
めぐみ曰く「機械類に反応する」らしいから、あの巨大なトラックも例外ではないのでは。
そう思い外を見ると、トラックが横転しているのが目に入った。
「あのトラックに積まれていたのって……」
横転したトラックの荷台は、黒のシートが剥がれ落ちていて、船に乗っていた時から気になっていたそれが露わになっていた。
「アーク、メイデン……」
白と赤の美しい機体が、港の上で不恰好に横たわっていた。
ツバサはそれを見た瞬間、無意識のうちに待合室を飛び出していた。
「ツバサさん!駄目です!」
今度はめぐみの制止など聞かなかった。
コクピットが露わになっている機体に駆け寄っていき、勢いに任せてそれに飛び乗った。
「あれ、これって……」
シートの形状、ハンドルの位置。ツバサが乗ってきたバイクとほとんど同じだった。
「面白いじゃん……」
ツバサは、コクピットの中でにやりと笑った。
同時に、コクピットの扉が閉まる。
「もう目の前でムナクソ悪い事が起きるのは見てらんないんだよ……」
ハンドルのグリップをギュッと握る。
「お前を……ブッ飛ばす!!」
つづく
2話遅くなりました。見た感じ他の方の作品は毎日投稿がされているのですごいなあ、と感心している次第です。ぼくには無理ですね……。
そして!2話でも!まだあらすじを抜けていない!大変だあ!!
今回と次回にかけて、世界観の説明をしていくっていう感じです。次回でアークメイデンや漂流者について掘り下げていければと思います。そしてキャラクターも……。勢いで描いているせいでどうもキャラが立ちませんねえ。難しいです。
てなわけで、感想、意見お待ちしております。些細なことでもいいです。修行中の身なのでドシドシお願いします!糧にしたいんです!!
それでは、また次回!