3話 冒険者ギルド
「ん、ぁ……」
深く被った毛布からでた脚は、窓から刺す朝日が照らしてくれる。暖かい。
「起きないと」
今日は冒険者ギルドに行かないといけない。俺の体内時計は7時と言っているし、昼前には客が増えるというから早く起きるが吉。迷惑もかけない。
深く被っていた毛布を退ければ、目に明るさが直撃する。だが、眠さもないから案外この眩しさも嫌いでは無い。熟睡なんて、本当に何年ぶりだろう。それくらい心地のいい朝だ。
あの会社に勤めていた時は睡眠時間なんて4時間もなかったというのに。
フワフワのベッドに腰をかけ、腕を伸ばし、背骨を鳴らす。
そうして俺は欠伸を吐きながら、ベッドから起き上がりドアを開けて外に出た。
この部屋は食堂に近いスタッフ用の部屋で、外に出て左に曲がれば広い食堂が露わになる。
食堂には朝7時とは言え、それなりの人が居た。
紅茶を啜りながら、パンを齧り、小皿に盛り付けられたサラダをフォークで食べている人が多い。
これはこの食堂のモーニング。パンが2個にサラダと紅茶。お手軽な料金で丁度いい量。だから人気のあるメニューらしい。
「おはよう、タツヤ」
「おはようございます、ライゼンさん」
ライゼンさんに挨拶をしようと思い厨房に入ると、丁度盛り付け中のライゼンさんが居た。そこには盆の上に乗せたモーニングのサラダとパンと紅茶が湯気が立たせていて、盛り付けを終えたライゼンさんはそのお盆を俺に渡した。
「俺の奢りの朝食だ。たんと食え」
「い、いいんですか?」
7時くらいに起きると言っていたから時間に合わせて作ってくれたのか。
「ああ、いいに決まってるだろ」
やばい、俺泣きそう。
俺がまた恩の返し方を考えて盆を受け取ろうとすると、ライゼンさんはそれとと付け加えた。
「食べ終えたら休憩室にお古だが剣と盾、胸当てを置いている。使ってくれ」
「は、はい。何から何まですいません」
そこで、思い出したように俺は一つ預かりものを頼む事にした。
「それとなんですけど、大切な書類があるので預かってて貰えますか」
「ん? ああ了解だ。休憩室の入ってすぐの引き棚の中に入れといてくれ。後レベル上げ頑張れよ!」
やばい、この人の優しさと笑顔に天に召されそう。
それからささっとご飯を食べ終えて休憩室に向かうと、机の上に置き手紙と武器が置かれていた。
《お古で悪いが使えない武具じゃない。ま、頑張れ》
と。
思わず目頭から涙が出かけた。
「本当にありがとうございます」
誰かに言うわけでなく虚空に向かって言い放ち、机に置かれた武具を手に取る。
そうして分かったのはクソ重たいと言うことだった。剣や盾というのは絵画やウィルペディア位でしか見たことなかったが、実物だとこうも違うのだと実感する。
まず、重い。俺の筋力値がないだけかもしれないが、滅茶苦茶重たい。一度かっこをつけて腰に携えて鞘から抜いてみたが、思うように抜けなかった。どうも、重過ぎて体の重心があっちこっちに向かってしまう。
それに、扱った事もないものを素人が初見で扱えるはずもない。車もそうだ。知識がないのに運転すれば事故る。
それと同じ要領で、盾を左に剣を右に構えてみるが、立ち方がわからずフラフラし、腕を高く上げて振り上げてみるがブルブルと腕が震えて斬ったというよりも重力に則り、落ちた。そんな感じだった。
それでも、もしかしたらレベルアップでちゃんと使えるようになるかも知れないと思い、武具の装着方法が書かれた紙を見ながら、胸当てを装着し、剣を腰ベルトに、盾を肩ベルトに備え付けた。
「フル装備、重過ぎて辛い」
とは言え、これでも軽装だ。
昔の人は何十キロとある鎧とかを普通に来ていたみたいだし、これで重いなんて、何処までも貧弱な事で。
それから俺は、なれないけれどしっかりと装備を着込んみ、メモ書きとともにメロさんから貰った書類を引き棚に預けてソリエンテの宿を後にする事にした。
「さて」
地図を片手に路地を確認して歩き回る。そうして歩いて10数分。土地勘が無くても地図があるから、殆ど迷わずに済んだ。
「ここが冒険者ギルドか」
とても大きな屋敷、いや、もっとか、ホワイトハウス、教会? 兎に角でかい。人の行き来も多いし大企業なだけあるな。
鉄格子の大門を潜り、石畳の道を歩いて行く。
周りには俺よりも重そうな装備に身を包んだ人達が多く、何人かまとまって話し込んでいたり、傷だらけの人も居た。
そんな彼ら、彼女らの姿を後にして目の前の入り口に足を踏み入れる。
すると、一気に空気が変わった。
五月蝿いというか、騒がしいというか喧騒にあふれていて、人が外よりも多い。それに、三階までフロアがあり、吹き抜けなのかその階を伺うことができた。
二階は食堂なのかカチャカチャとしている。三階は部屋が多い。
そして、一階だが。
「お待たせいたしました。依頼受付担当のエルカです。ご依頼の方はどのような内容で?」
一階は冒険者登録、依頼受付、依頼斡旋、素材換金の、4つのカウンターがあり、壁には大きな掲示板があった。そこに沢山の張り紙が張られていて、また、多くの冒険者達が一つ一つに目を凝らしていた。
そして俺が今来ているのは依頼受付である。
「あの、これで」
ここについてから数分並んだ末にようやく回ってきた順番。
俺はポケットに入れていた昨日もらった書類を取り出す。そうしてカウンターに提出すると、受付の方はそれを受け取って目を通しながら読み上げた。
「はい、お預かりいたします。こちらは……ライゼン・ハワード様から……。え……」
なんだろう今の間は。チラリと見上げられたが、ライゼンさんは何か有名な人なのだろうか。そんな雰囲気だ。それも、チラ見されて驚かれる程だから、もしかしなくても凄い人だったのか。
「あ、すいません。御内容は指名護衛でお間違いありませんか?」
どうも唖然気味だった彼女であったが、直ぐに謝りを入れ確認を促した。
「は、はい」
「では、少しの間一階革椅子で持たれてお待ち下さい」
それから俺は、余りここの機能を知らないので促されるまま、近くにあった椅子に腰掛けた。
茶色い革椅子は低反発で、革張りなだけあって安定感がある。社長の椅子とかこんな感じだったのだろうかと、あの会社での事を思い出してみるが、今思えば社長も社長らしくない部屋の感じだった。
多分、社員より質のいいクッションが付いただけの椅子だっけか。社長の近くには山積みの書類が沢山。
社長もいい感じにブラックだったような気もする。
今にして考えたら嘆きたかったのは社長の方だったのかもしれない。
もう、関係のない話だけど。
そうしていると、時間は経ってくれた。
「お待たせいたしました、セト様。こちら、御指名して頂いた銀等級のアルカナ・シル・レーン様です」
彼女の額には汗が浮かんでおり髪の毛がくっついていたところ、急いできたのだろう。隣に立つ護衛をしてくれる彼女は「ありがとう」と言って受付の女性を見送った。
「ど、どうも。タツヤ・セトと言います」
少し緊張して口調が片言になってしまう。
「ご丁寧に。私は銀等級のアルカナ・シル・レーンです。どうぞ気軽にアルカナとお呼びください」
何処か気品のあるその仕草と口調は、彼女の綺麗な容姿ととても合っていた。
青色の綺麗なロングヘアーに、キリッとした面持ち。
腰に携えた、二本の凝った装飾の細長い剣は、所謂レイピアと言うものだろう。
華奢な体躯の割にその出で立ちは厳かであった。
ライゼンさんの知り合いだと言うから女性とは聞いていたものの、もう少し屈強な女性を想像していた。
失礼な話、こんな綺麗だとも思ってなかった。
「一応ライゼンからはある程度話を聞いています。貴方のステータスは全て1なのだとか」
暫くして彼女はそういった。
いつのまにそこまで話が付いていたのかは分からないが、どちらかと言えば話が早い方がいい。
「え、ええ。まぁ。それで一人じゃ危ない……戦えないので手伝って貰えたらと思いまして」
俺がそう要件を話すと彼女は「了解した」と頷いた。
「それなら場所は王都近くで良いでしょう。ここ近辺の魔物は非常に弱いので。では早速行きましょうか」
「は、はい」
出会って直ぐではあるが、変に話し込むよりもまだましだ。俺は早くレベルを上げてこの死に限りなく近い状態をどうにかしたいし、ライゼンさんに働いて恩を返したい。
頑張らないと。
こうして俺は、重たい武具を引っさげて、アルカナさんと歩き出した。王都を出るまでの道のりはそう遠くない。どちらかと言えばここ、王城までの大通り通称城道をまっすぐ歩くだけで城門に着く。
それでも俺はフラフラしていた。心理的にも物理的にも、重たく慣れない装備に翻弄されつつ、助っ人がいる事に安心しながら今俺は、レベルアップの為に王都から出るのであった。