1話 無一文
あれから数時間経って俺は気付いた事があった。いや、薄々気付きながらも何となしに歩いていたのだ。
無一文である事から現実逃避をする様にして。
「はぁ……」
お腹が鳴る。
メロさんにマカロンをもらったが500円玉サイズのものだし、一つだったからお腹が膨れることもない。こうなることがわかっていたら若返るよりも金銭の方が良かったのと思えてしまった。後悔先に立たず。
だけど、ホントどうしよう。
腰掛けていたベンチに体を預けて空を見上げる。
もう既に星は満開で、月も綺麗に輝いていた。……ここは公園。夜の公園は静かだ。偶然見つけたけれど、こうして今後どうするべきか悩んでいた。
仕事をしたい。死にたくない。餓死したくない。
しかし、それらを越してHPが1という恐ろしさに溜息が出てしまう。レベルを上げるか特殊な木の実を食べるか。
どちらにせよ、現段階じゃ何も出来ない。金もなければ食事もない。職を探そうかとは思うが今はもう夜……いや、深夜に近い。
ハロワみたいな場所が空いている訳もなく、単体で仕事先に行って交渉するのも時間的に店が閉まっているから、どんな店をしているのか分からない。酒場とかはあるけれども、俺が入れそうな雰囲気でもないし。何とも……。
「それもこれも、王都が広すぎるんだよなぁ」
ここまでずっと歩き続けた。道は一本道や大通りが多かったから道に迷うという事は正直ないと言える。だが、こうも広いと闇雲に歩く分、迷ってしまう。
危惧していたから的中した今、結構ツラめだ。
さぁ、ホントどうしようか。
「データ」
何となしに開いたステータス。現れる文字列。
そしてエントツの数字。
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瀬戸達也19歳
●lv1
生命力 1/1
魔楼 1/1
体力 1/1
力 1
速 1
守 1
魔力 1
魔抗 1
運 運が極まっています。
●スキル
鑑定lv1 生成lv1
●パッシブスキル
ー無しー
●ユニークスキル
加護
●称号
《神運》《運だけに振った愚者》
《女神の加護【橘鈴華】》
経験値0/10
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どれもこれもlvは1。レベルやスキルもlv1。使用したことがないのだから当たり前のことなのだが、どうしてもブルーになる。
「はぁ……」
ステータス。自身の身体的能力を数値化し、表示した板。それはこの世界の人々も閲覧できる個人情報。
それぞれの項目名【生命力・魔楼・体力・力・速・守・魔力・魔抗・運】計9個から連なる総称。
生命力___命が尽きるまでの増減カウント数
魔楼___自身が内包する魔法・スキルを行使する源
体力___持久力・運動可能領域
力___筋力の行使からなる発揮される能力
速___身体の行使時に発揮される瞬発力・時速
守___細胞単体の柔軟性のある強固さ
魔力___魔法行使時の威力に関する
魔抗___魔力抵抗とも言い、魔法に対する抵抗力
運___人生間で起きる一定幸運値
反芻するように思い出して溜息を吐く。
「ほんと、何やってんだろ」
空はキラキラと輝いて、眩しいくらい。街明かりもそれに呼応するように明るく、街灯は地面に簡易的な光を落とした。
「クローズ」
考えるだけ無駄だってのになぁ。
今日に出来ることなんてもうない。でも明日になればやれる事は増えてくる。ただ、今はやるべき事が多過ぎるから気落ちしているだけだ。まだ何とかなるような状況だからそうブルーになることも無い。
そう言い聞かせて明日する事を考える。
明日になったら先ず仕事探し。自分を売り込んで雇ってもらおう。それで上手くいくようになったらレベルを上げる。それであとは何とかなるはず。
「ああ、何とかなるはずさ」
いつも楽観的、それが楽なんだ。何とかなる、為せば成る。それが俺の人生。それで失敗した事はない。だからまだこの考えを変えることも無い。
明日はくる、絶対。
何を根拠に言っているのか分からないが、どうもこうして何か考えて励まさないと、揺れる気持ちに押しつぶされそうになった。
間接的な死の近さ。
考えれば考えるほど今を生きられている事の不思議さ。全てに押しつぶされそうになった。
こんなの、俺が望んだ第二の人生じゃ無いのに。リラックスどころか精神が病みそうだ。
「腹が減った」
もうだめだ、寝よう。起きていたら余計に腹が減る。
だから寝よう。寝て、明日の為に英気を養おうじゃあないか。公園だけどお巡りさんに見つからない限り寝ていられるだろう。
「おい、こんな所で何してるんだ?」
そう今に諦めて眠りにつこうとした時だった。そんな俺を男は上から覗き込んで聞いてきた。
しかし寝る時の癖で、腕で顔を隠して眠っていた為、男の顔を伺う事はできなかった。
「いえ、何でもないです」
どちらにせよ、ここはチャンスのような気がする。けれど、体が怠い。デスウィークとはまた違う疲労的な、意識が遠のきそうな辛さ……。だから放っておいてほしくそう言うが、気持ちと反対に腹が鳴る。腹が震えて、あっと声が漏れる。
「……成る程、無一文か」
「……。そうです……」
何となく、今の俺の状態を察したのだろう。そう言った男に、一度違うと言おうと思ったが隠したところで何かが変わることもない。俺が正直にそういうと、彼は「ふん……」と考えるような息を吐いた。
「あの、どうして僕に話しかけてきたんですか?」
こんな夜更けにベンチで寝転んでいる男なんて普通見向きもしないのだが、そんな不思議に問いてみると再び彼は唸った。
「偶々だ、偶々、野垂れ死そうな奴を見つけた」
「え、それだけですか?」
彼は「ああ」と頷いて___
「俺には、分かってて見捨てられる程の頭が無くてな」
誇れる様なことなのか、いや、類稀なる優しさの塊みたいなものか。
それからお互い沈黙した。何か話すべきだろうが、口を動かすだけでも億劫だから余計に話そうとしなくなった。反対に男と言えば何を考えているか未だに分からない。が、その思想は次に形となって語られた。
「お前にも俺にも良い話があるんだ。聞くか」
そう切り出して。
「……内容によりますが」
一体どんな話がされるのだろうか。お互い良い話となれば、俺もそれなりに困っているから、お金とは思うがどうなのだろう。
意識が遠のきかかるが、何とか歯を食いしばって眠らない様に意識を紡ぐ。そしてそれは正解だった。
「無一文だろ。少し家で働かないか」
「えっ」
思わずギョッとして起き上がる。そして驚く、目の前の筋骨隆々な男の姿。厳めしい顔付きと彫りの深い顔。スキンヘッドだが微妙なダンディーさだな、おい。
「あ、あの、それは本当なんですか」
俺は容姿は兎も角と、そのまま話に食いつくことにした。
「ああ、丁度昨日辞めてった奴の席が空いてるんだ。飯付き、部屋付き、トイレ有り、時給93ラルクで雇われてみないか」
飯があるし、部屋があるし、トイレがある。
「因みに、どんなお仕事を……」
もしかしたら、良からぬ仕事なのかもしれない。何せこの男の顔は如何にも威圧される。凡そ、この世界なら殺し屋、とか? あ、でも、そんな殺しを専門とする仕事に俺みたいなやつを誘う価値はあるのだろうか。
だがそれは、的外れもいいところだった。
「お、そうだった。家はソリエンテって食堂付きの宿屋を開いてんだ」
「宿屋、ですか」
まさかのこの顔で宿屋とは、何とも凄い決断をしたな。いや、人を悪く言うつもりは無いが、何処かの組の頭位の怖さがあるからそう思ってしまった。
「もし乗り気なら、家に来い。腹が減ってるなら飯も出すぞ」
でも、その言葉に棘はなくて、何処と無く優しい感じがする。根は良い人なのだろうか。
「あの、何で僕に話を持ちかけてくださったんですか」
だが、ここまで優遇されると返って疑わしく思うと言うより何故自分がと思ってしまう。見ず知らずの無一文の男にこうも、なぜ優しく出来るのだろうか。不思議で仕方なかった。
そして彼は言う。
「んとな、何て言うか。目の前で野垂れ死にそうな奴を見かけたら誰だって何か助けるだろ」
彼は腰に手を当てガハハと大笑いした。すると、公園近くの二階の家の窓が勢いよく開き、タライが飛んできて彼の肩に直撃していた。
「るっせぇ! 何時だと思ってんだ!」
「あ、ああ! すまんかった!」
そう大声で謝り、バタンと閉められた開閉式の木の窓の音と、男の髪のない頭を掻く姿に思わず喉を鳴らした。
「なんだ、そんなにおかしいか」
「い、いえ。なんか漫才みたいで」
「馬鹿言え、結構焦るんだぞ」
俺はそんな彼の人当たりの良さに負け、話に乗ることにした。
「はぁ……。あの、さっきの話ですが雇ってもらっても良いですか」
「お、そりゃあ良かった。突然辞めたから困ってたんだ。よし、なら家を案内してやる。そこで詳しく話をつけるぞ!」
ガハハと肩を叩かれる。それは他意のない行動なのだと思う。しかし、俺は半ば死を覚悟していた。