8
『ウサギとニワトリとヒツジを足して2で割った様な生き物』と聞いていったいどれだけの人がその姿を想像出来るだろうか?
私には全くできない。そもそも、三匹の内の一匹は鳥類だ。同じ分類からすら外れてしまっている。
けれど、だ。
それでも、だ。
今、私達の目の前に居る生き物に対しては、その"全く想像出来ない表現"が一番適切だと思う。
それでも敢えてその姿を分かりやすく言葉にするのなら、『ウサギを土台にヒツジの毛と角と鳴き声を持つ、ニワトリの脚をした何だかちょっとキモチ悪い生き物』である。
「ご主人様、アレ何?」
「きもちわるい……」
私の後ろに隠れる二人に主人を盾にするとは何事だと思う。
思うが仕方ない。
『自分達を守ってくれる者』。それが犬という動物の、群れのリーダーに抱く絶対的な忠誠心の根底にある、揺るぎない確信なのだ。
だからこそ、彼等に"主人"と慕われている私は、群れを守るリーダーでなくてはならないのだ。
「……」
ならないのだがしかし、目の前の生き物はちょっと未知過ぎて対処が分からない。
そして、ヤヨイの足にしがみついて来る力が強すぎて結構まじで痛い。
「ヤ、ヤヨイ? ちょっと放してくれるかな?」
「ヤダ! ヤダヤダヤダよ!!」
「ちょ!! 痛い痛い痛いー!!」
「ご主人様ぁ!!」
「グゥエッ!? ちょ、カンナも首! くびが、締まって、る……」
ちょっとしたお願いは全力で却下され、更に力が加えられた。
それにプラスして、その長身を屈めて後ろから私の首元に抱きついていたカンナの力も増して一瞬お花畑が見えた。
そうやってドタバタとやっている私達の事など全く気にした様子もなく、目の前の未知の生物は暢気にメェメェ鳴きながら歩いている。
アイザックさんが言っていた『見た目的にあまり癒されない』というのはこの事かと、納得してしまった。
確かにこれは癒されない。
個性的なんて言葉ではごまかしきれないアンバランスさが全面に出ている。
あぁ、ピコピコ動くウサギの耳は可愛いのに、その下に生えている角で全て台無しになっているし、ウサギの顔をしているのに鳴き声がメェメェだから違和感が凄いし、ニワトリの脚に関しては触れたくもない。なんか、あの脚だけ別の生物みたいに見えてしまう。
取り敢えず一定の距離を保って観察していた私達の目の前で、その生き物はポン、という何だかとっても聞き覚えのある音と見覚えのある煙を立てる。
「……あー、」
煙の晴れたそこには想像した通りキモチ悪い生き物は居らず、その代わりに一人の男性が居た。
「えェとぉ、ユヅキ様とォ、そのペットのヤヨイ様とカンナ様であってますかァ?」
彼はゆっくりなテンポでそう聞いてきた。
「あってます、けど……えっと、」
「僕はミシャーラ様のペットでェ、バーパルのシュウォンって言いますぅ」
「バーパル……」
どうやらあのキモチ悪い生き物はバーパルと言うらしい。
よろしく、と下げられた頭に反射で返して目の前青年を観察する。
クセの強い白髪に赤い瞳。ウサギの耳と尻尾、ついでに羊の角までが特徴として残っている。
角さえなければ中性的な顔立ちをしているから可愛く見えたのに、やっぱり角で台無しだ。
「それでェ、カンナ様とヤヨイ様に僕達ペットの常識だったり作法だったりを教える様にアイザック様に頼まれてるんですけどぉ」
「あ、はい。聞いてます」
昨日のうちにアイザックさんに私の方からお願いしていたのだ。
私にも、この子達にも、この世界の常識は何一つ備わっていない。
だから、自分自身が大切な家族を探しに行けないし、どういう立ち居振舞いが正しいのかも分からない。
今居る、アイザックさんが居る事を許してしてくれたこの場所の外に一歩出た時、今のままの私達だと途端に足元が崩れてしまうのだ。
一秒でも早く他の子達を探しに行ける様に。少しでも頑丈な足場を作れる様に。
私達は先ず、知る事から始めないといけないのだ。
「ユヅキ様専属の先生も既にお部屋に案内してありますんでェ行きましょうかぁ」
話すスピードとは裏腹にきびきびと歩き出したシュウォン君の後を追った。
ーーー
ー
「初めまして、ヴィルタリア・ガートと申します。ヴィアとお呼び下さい」
部屋に入った私を出迎えたのは、長い黒髪を後ろで一つに結び、フレームの細い眼鏡をかけた女性だった。
キリッ、という言葉が似合いそうなつり目に紫色の瞳。
目元の泣き黒子が特徴的な知的美人である。
「えっと、ユヅキです。初めまして」
挨拶を返して、勧められるまま丸テーブルを挟んで向かい合う形で椅子に座る。
因みにカンナとヤヨイとは先程別れた。
私と離れたがらない二人を強制的に引きずって行ったシュウォン君の腕力がとても凄いと思った。
「アイザック様からだいたいの事情は聞いています。この国で使われている文字は解るのですよね?」
「文字は読めます」
「会話も出来ているのでそこら辺は大丈夫ですね。では、この世界の一般常識からいきましょうか」
「はい。お願いします」
そうして始まった勉強は午前二時間、午後二時間の一日計四時間行われる事になった。
勉強が終わった後のカンナ達二人の疲れ具合にシュウォン君のスパルタ加減が気になったが、そこは触れない方がいいと本能がいって来たので下手な口は挟まない様にしている。
私の専属の先生となったヴィアさんの教え方はとっても分かりやすかった。
カンナ達二人を見た瞬間にキリッとしたその相貌が崩れたのを目の当たりにして少し驚いたし、蕩ける様な笑顔で元の姿に戻った二匹を撫でくり回しているのを見ると苦笑せずにはいられないけれども、それでもヴィアさんの教え方はとっても丁寧だった。
そうして過ぎ去った三日間。
その報せは午前中の勉強時間にもたらされた。
「残りの子達が見つかったよ! 今すぐ僕とお城に行こう!!」
バンッ!と勢い良く開けられた扉。
肩で息をしながらのアイザックさんの言葉は、私が待ち焦がれていたものだった。