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「えっと……この子達について、ですよね?」
アイザックさんの勢いに負けてつい仰け反ってしまいながら質問の意味を確認する。
「そうだよ!」
勢いよく頷いたアイザックさん。
どうやら質問の内容は私が認識しているモノと相違ない様だ。
けれど、そうであれば尚のこと奇妙な質問である。
「何て言う生き物って……ただの犬ですけど?」
「イヌ? へぇ、イヌって言うのか! 大きさも毛の色もだいぶ違うけど、二人とも一括りでイヌなのかい?」
「あ、えっと、そこから更に細かく種類分けされてて……カンナはバーニーズマウンテンドッグ、ヤヨイはチワワという種類になりますね」
「ほぉう!! なるほどね!! 目は良いのかな? 嗅覚と聴覚は?」
「目はあまり良くないですね。嗅覚と聴覚はとても優れていますよ。特に嗅覚が」
「そっか!! それじゃあ、」
「あ、あの!」
矢継ぎ早の質問に待ったをかける。
なにかが可笑しい。
この質問は何だ?
アイザックさんのこの反応は何だ?
これじゃあまるで……
「犬、初めて見たんですか?」
"犬"という生き物を知らない様な反応だ。
「え? うん、初めて見たよ。だってこの世界にはイヌは居ないからね」
「……へ?」
サラリと言われた言葉。
「犬が、居ない?」
「そう。こんなに愛くるしい動物は初めて見たよ! この世界の動物は何て言うか……うん、そうだね、ちょっと個性的というか可愛さが欠けているというか……まぁ、見た目的にあまり癒されないんだけど、この子達は見てるだけでなんだかホッコリするよね!」
「犬が居ない……」
アイザックさんの言葉を何度か繰り返してみてもあまり現実味がない。
つまり、この世界で初めての犬が、今ここに居る二匹という事なのだ。
「……ん? ちょっと待って」
そこでふと思い出した。
そうだ。私の家族はこの二匹だけではないのだ。
「ねぇ、カンナにヤヨイ。他の子達は? サツキとキサラギとハヅキは?」
未だ腰と背中にくっついている二人を見て問う。
この世界に来る直前。私の意識が落ちるその直前まで、私は五匹のペット達と共に居たのだ。
あの時の現場の状況を考えれば、その内の二匹だけが私と一緒にこの世界に来てしまった訳ではないはずだ。
他の三匹も同様にこちらの世界に来てしまっている可能性が高い。
「あのねー、ひかりがピカッーってなったときはまだみんないっしょに居たんだよ! だけどね、ヤヨイがおきたときにはカンナいがいは居なかったの!!」
「私も見回りに行ったんだけどね、サツキもキサラギもハヅキも居なかったよ」
「……この世界には来てるって事?」
「たぶんそうだろうね。魔道具の発動も不安定だったみたいだから、もしかしたら違う場所に着いてしまっているのかもしれないよ」
「そんな……」
新たな事実に言葉が震える。
彼等は私の大切な家族だ。
無くてはならない存在だ。
そんな彼等が何処かも分からない世界の、何処かも分からない場所に、私と離れて居る。
私達の様に親切な人に保護して貰えているならいい。
どうにかなる。
けれどそれは、私達がアイザックさんと出会えた事は、きっととんでもない奇跡なのだ。
そうそう起こり得ない奇跡なのだ。
ならば、私の大切な彼等は、ここにに居ない彼等は、この見知らぬ世界でどういう扱いを受けるのだろうか?
もう一度、彼等の元気な姿を見ることは出来るのだろうか?
考えれば考えるほど恐ろしくなる。
震えが止まらない。
震える手をギュッと握り締めた。
そんな私にアイザックさんが安心させる様に笑いかけてくる。
「あの魔道具の範囲はこの国内に限られていたから、国内のどこかには居る筈だよ。その子達の特徴を教えて貰えるかい? 一刻も早く見つけ出して保護して貰える様に僕の方から頼んでおくよ」
「頼むって、いったい誰にですか?」
「とっても頼りになる人物にさ」
「……」
「大丈夫。任せて。ね?」
今のところ私がこの世界で自由に彼等を探す事は無理だ。
どう考えても現実的ではない。
道に迷うのは分かりきっているし、そもそもこの世界の常識すら知らない私が一人で何処に居るかも知れない彼等を探すなんて無理に決まっている。
今私にすがれる人はアイザックさんしか居ない。
そんな彼が任せろと、大丈夫だと言うのならそれを信じるしかないのだ。
「……はい。お願いします」
下げた頭に置かれた手は暖かかった。
「それで?」
「へ?」
「残りの子達はどんな子達なのかな?」
「え?」
急に生き生きとし始めたアイザックさんの声に顔を上げれば、数秒前までのシリアスな雰囲気は何処に行ったと言いたくなる程の笑顔だった。
カンナとヤヨイについて聞いてきた時の顔に戻っている。
「えっと、サツキとキサラギとハヅキだっけ? 三人……いや、三匹かな? その子達もイヌなの?」
「いえ、サツキは犬ですが、他の二匹は猫です」
「ネコ? へぇ! また違う種類の子達はなんだね!! それも初めて聞く種類だよ!」
犬に引き続き猫もまた、この世界には居ないらしい。
アイザックさんの笑顔が眩しい。
「特徴は? やっぱりイヌと同じで細かく種類分けされているのかな!?」
「あ、はい、そうですね」
「ほぉう! 興味深いなぁ!!」
キラキラと輝く笑顔で言うアイザックさんは楽しくて仕方なさそうだ。
「あの、動物好きなんですか?」
「うん? 何で?」
「いや、初めて見る生き物に対して驚いたり警戒したりする前に興味の方が前面に出ているのでそうなんじゃないかなぁっと……」
「そうだね。君の言う通り、僕は動物が好きだよ。職業にしてしまうくらいにね」
「職業? でも、さっき魔道具研究室の室長だって……」
「うん、それも僕の役職だけど、もう一つ別にこの世界に居る生き物達についてのあらゆる情報を集めて纏め、研究する事を仕事にしている動物学者なんだよ。だから、この世界には居ないイヌとネコに僕はすっごく興味があるんだよ」
まるで子供の様に目を輝かせて言うアイザックさん。
あ、この人本当に動物大好きだ、と納得してしまう。
そこからはもう、根掘り葉掘り犬と猫について聞かれ、気が付けば陽はだいぶ高い位置まで昇っていた。