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私には五匹の家族が居る。
その内の二匹が今、目の前で檻に入れられていた。
カンナ(バーニーズマウンテンドッグ、雌、三歳、トライカラー)とヤヨイ(チワワ、雄、八ヶ月、チョコレート&タン)は尻尾を目一杯振りながら、それぞれに吠え続けている。
「え、え? これ、どういう状況?」
「ユヅキさん!!」
ふらり、と檻に近づいた私の名前を叫ぶ様に呼んだアイザックさんが同時に肩を掴んで来たせいでそれ以上前に進めない。
「ユヅキさん、」
「何ですか? ……ぅへあ!?」
ニ度目に呼ばれた名前は無理やり感情を押し殺した様な声音だった。
檻に近づく事を諦めて振り向いた私の視界に入って来たアイザックさんの顔に思わず変な声が出てしまったが仕方ない。
翡翠色の瞳をした少し垂れ目がちなアイザックさんの目が爛々と輝いており、ついでに言えば、その顔も輝かんばかりの笑顔であった。
「ユヅキさん、この子達の事を知っているの!? 知っているんだね!? 何て言う種類の動物なのかな? 性別は? 大きさも体毛の色も違うけど、この二匹は同じ種類なの?」
「え、ちょ……」
「習性は? 雑食? それとも肉食? 群れで生活しているの? それとも単体?」
「ちょっとまって……」
「今で何歳くらいなのかな? 寿命は? あの尻尾の振りは嬉しいから?」
「ま、待って下さい!! ストップ! ストップ!!」
「ん? あぁ、ごめんね、つい興奮して……」
いきなり始まった矢継ぎ早な質問達につい声を上げて停止を呼び掛ければ、一瞬キョトンとしたアイザックさんが苦笑と共に詰めていた距離を離して謝ってくる。
「先ずは状況を整理する必要があるかな? お茶を入れて貰うから、ゆっくり話そう。君達にも何か着る物を用意させるね」
「へ? 着る物?」
落ち着きを取り戻したアイザックさんが言った言葉に首を傾げる。
アイザックさんの視線の先、檻に入れられているカンナとヤヨイへ向き直ったその時、ポン!と軽い音と煙りを立てて二匹の姿が消えた。
「え?」
そして、煙りが晴れたその場所には、最初に目覚めた草原に居た獣耳と、尻尾を生やした全裸の少年と女性が居たのだった。
「は? え、どういう……え? なんで? だって、カンナとヤヨイは? え、あなた達だれ?」
言葉が纏まらない。絶賛混乱中である。
「ほらほら、落ち着いてユヅキさん。取り敢えず僕達は外に出ておこう。二人には着替えて貰うから、その間にちょーっと頭の中を整理しとこうね」
「え、え?」
「あー! ご主人様、待ってよー!!」
「ゴシュジンサマー!!」
"ご主人様"と私を呼ぶ二人の声を背に、アイザックさんに促されるまま部屋を後にする。
アイザックさんがメイド服を着た人を一人呼び止めて何やら話している間も私はただボーッと突っ立っているだけだった。
今、目の前で起こった事が信じられない。
あの檻の中に居たのは確かに私の家族であるカンナとヤヨイの二匹だった筈なのに、気が付けば彼等は獣耳と尻尾を生やした人間に成っていた。
「……」
先程思い浮かんだ可能性がいよいよもって現実味を帯びてきた。
大きく息を吸って、吐き出す。
大丈夫。落ち着いた。頭の中は未だに混乱中だけど、少なくとも心は落ち着いている。
さぁ、覚悟を決めようか。
「アイザックさん」
メイド服の女性が頭を下げて去って行った後、アイザックさんに呼び掛ける。
こちらを振り向いた彼の表情は酷く気遣わしげなものだった。
「落ち着いたかい?」
「はい、だいぶ。あの、幾つか確かめたい事があります。よろしいですか?」
「うん、いいよ。場所を移そうか。中庭の東屋に居るから、あの二人も着替えが終わったならそこに案内して貰えるかい?」
扉の前に立っていた男達が頷いたのを確認したアイザックさんが背中に手を添えてエスコートしてくれる。
その手の温かさにほんの少し心が安らいだ。
小さく息をついた私に気付いたのだろう、ポン、ポン、と背中に添えられた手がニ度あやすように叩かれる。
一歩下がった所にあるアイザックさんの顔を見上げれば優しい笑顔が返された。
「大丈夫だよ」
「……はい」
ただ一言だけのその言葉が、堪らなく嬉しくて何故だか泣きそうになってしまった。