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「……」
次に目が覚めたそこは、見知らぬ部屋だった。
高い天井に清潔なベッド。
広い部屋に置かれている調度品はシンプルだが品がある。
「どこ、ここ?」
もう何度目になるか分からない問いを口にして体を起こせば、ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けて居た男性と目が合った。
「体調はどうかな?」
「へ!? あ、はい、大丈夫です……」
茶色い髪に翡翠色の瞳。
四十代後半くらいだろうか? 皺が刻まれた顔には優し気な笑みが浮かべられている。
「それは良かった。僕はアイザック。アイザック・ルルジアナ。君の名前を聞いてもいいかい?」
「結月です。暦結月」
「コーミ・ユヅキさん?」
「あ、いえ、暦……えっと、ユヅキ・コヨミです」
「そう、ユヅキさんか! 僕の事は好きに呼んでくれて構わないよ」
アイザックと名乗った男性に合わせて英名風に名乗ってみたが、正しく名前が伝わった様なのでもしかしたらここは英語圏なのかもしれない。
話している言葉はおもいっきり日本語なのだが……
「あの、ここはいったい……」
「あぁ、ここは僕の屋敷だよ。地方に行った帰りに倒れてる君を見つけて連れて来たんだ」
「それはご迷惑をおかけして……あの、私以外に人は居ませんでしたか?」
全裸の少年とか女性とか、とは流石に言えなかった。
「人は居なかったんだけどね……うーん、何と言うか、見なれない生き物が……」
「え?」
やっぱり居たのか全裸な二人が!?
いや、だけど『人は居なかった』と言ったし、なら何が居たのだろう?
あの全裸な二人はどこに行ったのだろうか?
アイザックさんはきちんと服を着ているから、全裸が文化なお国柄という訳でもなさそうだし、そうするとあの全裸な二人の方がおかしいという事だから下手に人前に出ると通報されてしまうんじゃなかろうか?
……って、何で私はあの二人を心配しているのだろう?
これはあれだ。名前が私の大切な家族のモノと同じだったから変な情が湧いてしまったのだろう。
「……という訳で、これから一緒にその子達の所に行こうか」
「あ、はい。……え?」
考えに没頭している所でアイザックさんが何やら言って立ち上がり、それに反射的に応えた所で話が分からずに首を傾げてしまった。
「だから、君と一緒にこの屋敷に連れて来た子達の所に行くんだよ」
立てるかい? と手を差し伸べてくれたアイザックさんにお礼を言って立ち上がり、同時に言われた言葉に固まった。
「一緒に連れて来た子達……? え、でもさっき人は居なかったって……」
「うん、だから、"見なれない生き物"の所にだよ」
「え?」
ニッコリ笑って言ったアイザックさんにガッチリと捕まれた手。
その手は私が立ち上がるのに手助けとして差し出してくれたモノではなかったのですか。
まさかの拒否権無しな強制連行の為に出された手だったのですか。
そうですか。そうなんですね。分かりました。
けど、何でアイザックさんはそんな、見るからにウキウキしていると分かるくらいに浮き足だってるんですか!?
もう、今にもスキップしそうでちょっと離れて歩きたいんですけど!!
「……」
てか、"屋敷"って言ってたからちょっと覚悟はしてたんだけどもこの家、想像以上に大きい。
今歩いている廊下も広いし、途中途中に飾られているよく分からない壷や花瓶や絵は何だか高そうだし。
あぁ、なんかあれだ。
少し落ち着いてきて周りが見え始めたら、ものすごいあり得ない可能性に行き当たってしまった。
アイザックさんの、物語りの中とかで異世界の人がしてそうな格好や、時々すれ違うお姉様達やお兄様達のメイド服や燕尾服。
家に居た筈なのに気付いたら見知らぬ草原に居て、獣耳と尻尾を生やした全裸な人達が居る、そんな可笑しな事が起こってもなんら不思議ではない可能性。
私が異世界へ来てしまったという可能性。
「あの、ここは何処ですか?」
「ん? この屋敷がある場所かい? ここは"センカ王国"の王都、"リヌエ"だよ」
「センカ王国のリヌエ……」
全くもって聞きなれない名前が出てきた。
あぁ、これは、もしかするともしかするのかもしれない。
「さぁ着いたよ。倒れている君の傍に居たんだけど初めて見る生き物でね、どう扱っていいか分からないし、君を連れて行こうとすると吠えて威嚇してきたから取り敢えず捕らえて檻に入れてるんだ」
吐き出した溜め息はアイザックさんのそんな言葉にかき消された。
辿り着いた扉の前には腰に剣を提げた屈強な男の人が二人。
「中の様子は?」
「暫くは騒いでいましたが今は静かです」
「そっか」
頷いたアイザックに男の一人が扉を開ける。
「檻には入ってますがくれぐれもお気をつけ下さい。何かありましたら呼んで下さい」
「分かったよ」
アイザックさんの後に続いて、というより、未だに握られている手を引かれて強制的に入った部屋の中央には一つの檻が置かれていた。
気品溢れる部屋に不釣り合いな鉄で出来た檻の中に二つの影が在る。
「……え、」
私達が部屋に入った瞬間に伏せていた顔を上げた二つの影。
とてもとても見覚えがあるその子達。
「カンナとヤヨイ?」
ゥワォン! と低い鳴き声と、ワンッ! と少し高めな鳴き声が部屋に響いた。
檻の中で尻尾を振りながら吠えた二匹の犬。
私の大切な家族。
「え、どういう事? 何であなた達ここに居るの?」
状況は未だに分かりにくいままだ。