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アイザックさんに話をしてから5日後。
ルルジアナ家の馬車に揺られて町の中心にある噴水広場に着いた私を待ち受けていたのは見覚えのある人物だった。
漆黒の短髪と少し吊り気味の目に紫の瞳。
なまじ顔が整っているだけに少し冷たい印象のその人は、数日前ナナツィアさんと共に屋敷に来ていた騎士団の人だった。
「あなたは確か、騎士団の……」
「ユリアス・ライザレンだ」
「ユヅキ・K・ルルジアナです。あの、もしかしてあなたがアイザックさんが言っていた案内をしてくれる人ですか?」
「そうだ。何か問題が?」
「あ、いえ。よろしくお願いします」
「……行くぞ」
つっけんどんな物言いに少したじろいでしまった私をチラリと一瞥してそう言ったユリアスさんはスタスタと歩き始めた。
「あの、ライザレンさん」
「ユリアスで構わない。何だ」
「あ、なら私もユヅキでいいです。あの、何処に向かっているんですか?」
その長いコンパスを惜しみ無く発揮してドンドン進んで行くユリアスさんに私は早歩きを通り越して駆け足の状態で着いて行く。
「ルルジアナ公爵より君の事情についてはある程度聞いている。君が異世界から来たと言うのも、自分の店を持ちたいと言うのもな」
「あ、えっと……」
自身の言葉に戸惑いを露にした私をチラリと見てユリアスさんは続けた。
「別に君がどこの誰でどんな事情を抱えていようが俺には関係ない。ただ、俺は今日、ルルジアナ公爵に君が店を開く為の手助けをするようにと頼まれている。これから幾つか俺の知る限りで店が開けそうな物件を回る」
「……よろしくお願いします」
戸惑いをそのままに取り敢えず頭を下げた私には応えずユリアスさんは再び歩を進め始めた。
「……」
「……」
無言である。
ただ黙々と進んで行く。
はっきり言ってとても居心地が悪い。
ただひたすらにその居心地の悪さに耐えながら二人連れ立って幾つかの場所を回ったが、その間に交わされた会話といえば、その場所の利点や難点、周辺情報と私がその場所を気に入ったかどうかという必要最低限のものだけだ。
案内に適任な人物と言ってなかったですか、アイザックさん?
ほぼ無言で半日を過ごしてしまう案内人は果たして本当に”適任”なのだろうか甚だ疑問でしかない。
そうこうしている内に昼食時となり、手近にあった大衆食堂へと入る。
ガヤガヤと騒がしい店内の隅、頼んだ料理が運ばれて来るのを待っていたその時に、漸くユリアスさんが必要最低限以外の会話を振ってきてくれた。
「今日は一緒ではないのだな」
「え?」
「君のペット達だ。イヌとネコと言ったか? ルルジアナ公爵が出した調査報告本に載っていただろう? この間スリの男を捕らえた時に居たモノ達だ」
「あぁ、彼等は今日はお留守番です。アイザックさんが出した本の売れ行きが予想以上に良かったらしくて、彼等に直接会いたいという手紙が殺到しているそうでして、今あの子達が外を出歩いてしまうと大騒ぎになりかねないからと暫く外出禁止が言い渡されているんです」
「そうか」
勿論、不満の声は上がった。
主にカンナとヤヨイから。
そんな二人を笑顔で黙らせたシュウォン君が凄いと思った。
「誰かに会いたかったですか?」
「ん?」
「いや、彼等の事が気になっているみたいなので、もしかしたら誰かに会いたかったのかなぁ、と」
「……」
私の言葉に少し考える素振りをしたユリアスさんは次いでジッとこちらを見つめて来た。
「確かに、会いたい者は居た」
「なら今度」
「だが、」
『その子を連れて来ますよ』と続けようとした言葉はユリアスさんの言葉にかき消される。
「もう会えた」
「へ?」
その言葉の意味を訊ねる前に注文した品が運ばれて来た為、この話はそれで終わりとなった。




