17
元の世界で私はドッグランを経営していた。
両親がやっていたのをそのまま私が譲り受けた形ではあったけど、元々動物は好きだったから私的には何も不都合は無かった。
年齢的な若さでとやかく言われる事もあったけれど、それでも私は働くのが好きだった。
自分の好きな犬達が生き生きと走り回る姿を見るのが大好きだった。
彼等が伸び伸びと走り回る空間を造る事が、私の生き甲斐だったのだ。
「生き甲斐……」
今の私の生き甲斐とは何だろう?
夜の帳が降りた部屋の中、ベッドに腰掛けて思う。
この世界に来てからの私の生き甲斐とは何だろう?
生きるのに必死でそんな事考える暇などなかったけれど、あの頃の私と今の私、果してちゃんと生きているのはどちらだろうか?
働くというのは生きて行くということだと私は思うのだ。
労働に対して正当な対価としてお金を貰い、そのお金で衣食住を安定させ暮らす。
夢がある人はそのお金で夢を追い、好きな事がある人はそれに費やす。
そうやって世界は回っていた。
人は生きていた。
きっとこの世界でも変わらない。
なら、私は……
「主、起きておられるか?」
響いたノックの音に思考を止める。
かけられた声は良く知ったものだった。
「サツキ? 起きてるよ、入っておいで」
「夜分に申し訳ない。少しお話をと思いまして」
「ご主人様!!」
「ゴシュジンサマー!!」
「うわ!?」
「カンナ! ヤヨイ! 主に迷惑をかけるな!!」
申し訳なさそうに入って来たサツキを押し退ける様にしてカンナとヤヨイが突進して来る。
そんな二人を注意したサツキの後ろにはキサラギとハヅキも居た。
「皆揃ってどうしたの? 何かあった?」
「何かあったのはあなたの方でしょう、結月」
「え?」
私の問いかけにハヅキが呆れた様に答える。
「私達が気付かないとでも思ったの? あなたの事なら何だって気付くのよ、私達」
「……」
「あの騎士に言われた事で悩んでるでしょー?」
「ナナツィアさん達と話してる時、キサラギとハヅキは部屋に居なかったよね?」
「これでも耳は良い方なのよ」
「部屋の外からでもバッチリ聞こえるんだからねー」
ハヅキとキサラギの言葉に閉口する。
そうだ、彼等はとても耳がいい。
そして、人の気持ちに敏感だ。
「主よ、皆で何かやりませんか?」
ベッドの縁に腰かけた私の右隣にカンナが、左隣にヤヨイが座り、窓際に置かれた椅子にキサラギとハヅキがそれぞれ座ったところで唯一立っているサツキがそう切り出した。
「何かって?」
「前の世界で主はドッグランを営んでおられた。あの騎士が言う様に、公爵家の養子としての”何か”が必要であるのなら、それをその”何か”にしてみては如何か?」
つまりは、”経営者”という肩書きを私の”価値”にするという事だ。
「だけど、もうドッグランは出来ないよ? この世界に犬はあなた達しか居ないんだから……」
「我等の為のモノではなく、人間の為のモノをやればいい」
「人間の為のモノ?」
「人間さんって、私達触るの好きでしょ?」
「そー! なでなでするのスキだよね!」
「僕達猫も良く撫でるしー」
「可愛いし、癒されるのでしょう?」
「ならばそれを商売にすればいいのです。犬と猫はこの世界に我等しかいない。我等を見て、そして触れたいと思う者は少なくないはず。人間の姿をとれる今、我等も主と共に客の相手が出来る」
「ちょっと待って、それはダメよ。あなた達を客寄せの為に働かせるなんて……」
「何でー?」
「何でって、だって……」
「僕達が言い出した事だよー。それに、元の世界にもあったよねー、なんだっけ? 猫カフェだったっけぇ? 猫を集客に使うヤツ。それだけじゃないけど、他にも色々さー。似たようなモノじゃない?」
「うーん……」
そうだろうか?
いや、だけど、動物の姿で自然体でいる彼等を人が勝手に愛でるのと、人間の姿をとった彼等に接客してもらうのではやはり違ってくるのではないだろうか?
「主よ、」
考え込んでいた私の前にサツキがやって来てしゃがみこみ視線を合わせる。
優しい色を宿した焦げ茶色の瞳が真っ直ぐに私を見ていた。
「元の世界で、我等は主が一人で頑張っているのを見ているしか出来なかった」
「一人でドッグランを切り盛りして、休みも無く働くあなたを私達は見ているだけだったわ。それがどんなに口惜しかった事か……」
「私は、皆が居たから頑張れたんだよ?」
「知ってるよ。けど、私達もお手伝いしたかったんだぁ……」
「ゴシュジンサマがつかれてたのしってるんだよ。いっしょうけんめいでね、だけど、つかれたってなってたのしってたんだよ」
「それでも僕たちはあの世界では只の犬と猫だったからねぇ。どうにも出来なかった」
「けれど今は違う。我等は人の姿を手に入れた。今度こそ、主の役に立てるのです。主よ、我等はあなたの役に立ちたい。あなたの為に何かしたい。それが、あなたと共に出来る事ならば尚の事嬉しく思うのです」
「これは私達があなたの為に勝手にやりたいと思った事よ。結月が気に病む事ではないし、それに、私達だけが働く訳でもないわ」
「え?」
「当然、あなたにも働いて貰うわよ、結月。あなたは店長なんだから」
「……」
「どうか我等にあなたの役に立つ機会を下さい、主よ」
「そこまで言われたら断れないじゃない……」
溜め息と共に吐き出した言葉に皆がそれぞれに喜びの声を上げた。
「それじゃあ先ずはどんなお店にするのかから話し合おうか」
そうして夜は更けていき、私達は新たな挑戦を始めたのだった。