16
その日、騎士の人達がやって来たのは夕刻近くになってからだった。
「先ずはお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
スリの男を捕まえた時の状況説明にと呼ばれた応接間でそう言って私達に向かって深々と頭を下げたのは、騎士団の制服を身に纏ったクリーム色の癖毛に若葉色の瞳を持ったまだ僅かに幼さが残る青年だった。
その後ろにもう一人、漆黒の髪に紫色の瞳を持った美丈夫が無言で立っている。
「あ、いえ、あの、顔を上げて下さい。私は何もやってませんし、捕まえたのはカンナですし……」
「けれど、スリの男を捕まえたモノの"飼い主"は貴女だと聞きました。ならやはり貴女に礼を言うべきです」
「それは……確かにそうですけど……」
頭を下げ続ける騎士の人にどうしていいか分からずにアイザックさんへ視線を向ければ苦笑と共に間に入ってくれる。
「ほらほら、ユヅキさんが困ってるこらその辺にしてあげて。君は初めて見る顔だね、新人さんかな? 僕はアイザック・ルルジアナ。君の名前は?」
アイザックさんの言葉に頭を上げた青年が綺麗に姿勢を正して右手を胸に当て、今度は騎士の礼をとった。
「はい! 自分はナナツィア・ミロートと申します。この度新しく”青鳥の騎士団”に入団しました。よろしくお願いします!」
元気一杯の挨拶にその場がほんわかと和んだ。
「ミロート家と言えば侯爵じゃないか。それなのに騎士の道を選んだのかい?」
「自分は三男なので爵位の継承も無理ですし、頭の出来も良くなかったので、唯一得意であった剣の道を極めようかと」
「そっか。それは殊勝だね。君みたいな若者が町を守ってくれていると思うと安心出来るよ」
「そんな! 自分などまだまだで……」
「ミロート、無駄話はその辺にしろ」
和んだついでにどんどんと逸れていく話をピシャリと元に戻したのはナナツィアさんの後ろに立って居たもう一人の騎士だった。
「あ、すみません……」
途端にシュンと落ち込んでしまったナナツィアさんにアイザックさんが彼を嗜めた騎士の人へ苦笑を向ける。
「ユリアス君は相変わらず真面目過ぎるよ。もう少し気楽にしてもいいんじゃないかな?」
「今は仕事中です」
「本当に仕事人間だよね。まぁ、だから信頼しているんだけど」
肩を竦めたアイザックさんが騎士の二人に席を勧めて漸く、話は本題に入る事となったのだった。
「それではお話を聞かせて貰います。スリの男と最初に接触した時の状況はーーー」
あの時の状況説明と犬と猫についての説明をすること暫く。夕陽が差し込んでいた窓にはカーテンがかかり、その隙間から覗く外の景色は既に暗い。
どうやら結構な時間話していたみたいである。
「だいたいの流れは分かりました。そのイヌとネコについてもアイザック様の調査結果が明日市場に出回るのであれば、我々は特に手を回さなくても良さそうですね」
「うん、それについては大丈夫だと思うよ」
「分かりました。では、最後に一つだけ」
ペラペラと調書を捲ったナナツィアさんがとあるページで手を止めて私の方へと視線を向けた。
「たいへん不躾な質問なのですが、ユヅキ様はルルジアナ家の養女なのですよね?」
「はい、そうです」
「つい先日養子縁組をしたそうですが、ユヅキ様は何か商売をやっておられるので?」
「へ? いえ、そういう訳では……」
「では、何か研究なさっているとかですか? 将来的にすごい発見や発明をする可能性があるとか……」
「そういう訳でも……」
何となくナナツィアさんの言いたい事が分かってしまった。
つまり、公爵家が養子にする程の理由を訊ねているのだ。
私が持っているであろう”価値”を。
けれど、残念ながら、私はそんなモノ一つも持っていない。
全てはアイザックさん達の善意によるものだ。
シンとした空気が部屋を包む。
誰も、何も、言わなかった。
私は、何も、言えなかった。
この世界に来て、兎に角出来る事をと必死でやってきたつもりだったけれど、それでもそれらは全て与えられていたモノだったのだ。
何一つ、私自身の手によって得られたモノは無い。
今居るこの場所ですら、与えられたモノなのだ。
私はこの世界に来てからずっと、この国の人達から与えられる優しさを甘受するだけだった。
……本当に、何をやっているのだろう?
そうだ、私はこれから何をやっていけばいいのだろう?
この世界で、一体どうやって生きていけばいいのだろう?
知識を身に付け、作法を身に付け、そうして次は一体どうしたらいいのだろうか?
目の前の事に必死で、先の事など考えもしなかった。
けれどそれではダメなのだ。
私はこの世界で、私自身が自らの手で居場所を掴み取らないといけないのだ。
私と共にこの世界に来てしまった大切な家族の為にも。
私達に沢山のモノをくれるアイザックさん達の為にも。
いったい私に何が出来るのだろうか?
「……不躾な質問をしてしまった様で。申し訳ないです」
返事に窮した私にナナツィアさんが頭を下げた。
それにさえ曖昧に返した私の頭の中は、これから何をするべきか考える事で忙しかったのだ。
気が付けば自分の部屋にいて、いつの間にか格好も寝間着へと変わっていた。