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当店本日も営業中  作者: 夢猫
異世界に来てしまいました。
16/21

15

 結月とサツキがその場に着いた時、そこは既に凄い人だかりが出来上がっていた。


「あー、これは……」


「あのバカ……」


 人だかりの中心から聞こえて来る、男の驚きと戸惑いの混じった声と低い犬の吠え声に二人は頭を抱える。

 現状は見なくても予想出来る。

 スリを追うことに夢中になったカンナが、脚の遅い人の姿から本来の犬の姿に戻ったのだ。


 彼等は人の姿の時、聴覚や嗅覚は犬の時と変わらない様だが身体的な能力値は下がってしまうらしい。

 人の姿になれば人間と同じ物を食しても何ら害はないし、見える色彩も人間のそれと同じだが、その代わりかの様に脚は遅くなり、体力も減る。

 それは他の動物にも言える事の様で、しかし詳しい要因は分かっていないのだそうだ。


「ほらね、やっぱり。もうやだ、どうしよう……」


 人混みを掻き分けてその中心へと出た二人の目には案の定な光景があった。

 うつ伏せに倒れている男の上にドシンと座っている大型犬。

 結月を見つけた瞬間にその尻尾が大きく振られ、誉めてくれと言わんばかりの顔で見られる。

 対する結月はひきつった笑みを浮かべ、途方に暮れた声を上げるのが精一杯であった。

 

 この世界には居ない犬と猫。

 人間の姿になっても残ってしまう獣耳と尻尾を隠して目立たない様にと用意して貰った外套はしかし、元の姿に戻ってしまっては意味がない。

 見たこともない動物。

 その存在に恐れを抱くか、興味を抱くか。どちらにしろ、これだけ大勢の人間の目に触れてしまえば、その存在は隠しようがない。

 カンナが動かないから群集も動かない。

 ここに居る人達は今、見たことのない生き物の出方を伺っているのだ。

 もしここで結月がカンナを連れて逃げ出したりでもすれば、その瞬間にこの場には大きな混乱が広がるだろう。

 恐怖や困惑が大半を締める、あまりよろしくない類の混乱だ。

 それだけは避けなければいけない。


「……サツキ」


 必死に巡らせた頭で結月は隣に居るサツキの名を呼んだ。


「アイザックさん達が騎士の人を連れて来るまでカンナと一緒にあの男の人押さえといて」


「了解した」


 一つ頷いたサツキがスタスタと男の元へと行って綺麗な関節技を決めた。

 男の悲鳴が上がっている傍らで結月は近くに落ちていたお金の入った袋を拾い上げる。


「泥棒はいけないって教わりませんでしたか?」


 その袋を男の眼前に突き付けてニッコリ笑った結月は言う。

 

 どうせこの場から暫く動けないのなら、この状況を作った大元の原因を腹いせにちょっと苛めてもいい筈だ、というのが結月の出した結論だった。


「いっ!! いってぇよ!! 何なんだよお前等!? 何だよこの生き物!? 放せよ!!」


「泥棒はいけないって教わりませんでしたか?」


 喚く男にもう一度、笑顔を崩さずに同じ事を問いかける。


「知らねぇよ!! テメェがこいつ等の親玉か!? 覚えとけよ!! 絶対に許さねぇからな!!」


「……泥棒はいけないって教わりませんでしたか?」


 三度目の問いかけ。

 笑顔は消え去り、無表情で手に持った袋をズイッと男の顔ギリギリまで近づけた。


「あなたのせいでこっちは物凄い迷惑を被っているんですよ。分かります? ねぇ?」


「うるせぇ!! この野郎!!」


「まだ吠えますか、元気ですねぇ。本当なら一発ぶん殴ってやりたいところですが、それは本業の方達にお任せします」


「あ?」


「お迎えですよ、泥棒さん」


 立ち上がった結月の視線の先で集まっていた群集が割れ道が出来る。

 五人程の騎士を伴ったアイザック達が到着したのだ。


「ゴシュジンサマ!! ぼくがんばったよ!」


「ヤヨイ! お利口さん、えらかったね!!」


「エヘへ」


 駆け寄って来たヤヨイの頭を撫でる結月の元にアイザックとハヅキ、キサラギが合流する。


「ユヅキさん、大丈夫? ごめんね、遅くなって。誰も怪我とかしてないかい?」


「大丈夫ですよ、アイザックさん。……あれが騎士団の人達ですか?」


「そう、王国騎士団の人達だよ」


 結月の視線の先にはアイザックと共にやって来た五人の男が居る。

 揃いの制服に身を包んだ彼等はスリの男の上に乗っているカンナを見て数秒動きを止めたがそこは訓練された騎士、すぐさまスリの男の身柄確保と集まった群集への解散を促し始めた。


 王国騎士団は幾つかの部隊に分かれており、それぞれ王城警備、城下町警備、国土警備、国境警備に当たっている。

 城下町警備を勤めるのは群集色の制服に身を包んだ"青鳥(せいちょう)の騎士団"だ。

 胸元に刺繍されているそれぞれ剣と一輪の花をくわえている二つの頭がある鳥が彼等が掲げる紋章(エンブレム)である。


「主!」


「サツキ、お疲れ様。……カンナもよくやったね」


 スリの男を騎士団に引き渡したサツキとカンナが結月の元へと戻って来た。

 犬の姿のカンナが誉めてくれと言わんばかりに頭をグリグリと押し付けて来るので苦笑混じりに頭を撫でる。

 それを見たサツキが自分もと無言で結月より幾分高い位置にある頭を差し出して来た。

 サツキを撫でてやっていれば、今度は先程誉めてあげた筈のヤヨイまでもが結月に抱きついてきて頭を撫でる様にとねだる始末。

 何時までも終わらない撫でて攻撃に結月がせっせと応えている間にアイザックが一人の騎士と何やら一言二言話して戻って来る。


「皆、取り敢えず家に帰ろうか。他の四人もそろそろ元の姿に戻る時間だしね」


「いいんですか? 事情聴取とかあるんじゃないんですか?」


「騎士の人が後から家に訪ねて来るから大丈夫だよ。その時に詳しい話を聞かせて貰えればいいから、それまではゆっくりしとこう」


「分かりました」


 アイザックに促され近くに迎えに来た馬車へと向かう。

 その間もカンナを始めとした全員に向けられる奇異の視線は全く無くなる気配を見せなかった。


「……はぁ」


 結月の口から思わず漏れた溜め息はありありと疲れの色を乗せていた。

 こうして終わりを迎えた初めての町散策は結月に多大な精神的疲労を与える結果となったのだった。

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