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「……ヤヨイ、歩き難い」
「だって……」
人が行き交う町の中、腰にヤヨイをぶら下げて結月は嘆息した。
昨日伝えられた町への散策。
楽しみだと全身で語るカンナとヤヨイを始め、皆が意気揚々と馬車に乗り込んだのが一時間程前になるだろうか?
時刻は昼前。町が一際賑やかな時間帯だった。
カラフルな耳つきの外套を着こんだ五人が紛れ込んでも違和感がまったく無い程に多くの人で溢れていた。
そう、多くの人で溢れていたのだ。
その光景を目の当たりにしたヤヨイがそれまで輝いていた瞳に一気に怯えを滲ませて結月の後ろへと隠れた。ビビリと人見知りは健在であった。
それからずっと、ヤヨイは結月の腰に抱きついたままなのである。
他の四人は人混みを特に気にした様子もなく、興味深そうに立ち並ぶ店のショーウィンドウを覗き込みながら歩いている。
そんな四人を見守るようにアイザックと、腰にヤヨイをぶら下げた結月が続いていた。
「そう言えば、ユヅキさんはイヌやネコについて随分と詳しいんだね。驚いたよ」
「あ、それは、私元居た場所でドッグランを経営していたので」
「ドッグラン?」
「スバーッ!! ってね、はしれるんだよ!! ゴシュジンサマのなの! ぼくたちはね、朝のごはんのまえにはしるんだよ!」
「ん?」
「あー、えっと、私達が元居た場所だと犬は自由に走り回る事は出来なかったんです。色々な決まり事があって、走るのが大好きな彼等は人間の暮らし方に合わせないといけなかった」
カンナのよく分からない説明に首を傾げたアイザック。
そんな彼に苦笑して結月が説明する。
「……」
「そんな彼等が自由に走り回れる場所がドッグランなんです。私はそこを経営していたので、犬についての知識は一通り持ってますし、猫を飼うにあたって彼等についても勉強しました」
「経営って、だけどユヅキさんはまだ若いよね? 確か、今年で二十二歳って言ってなかったかな?」
「はい。私のドッグランは元々は両親が経営していたものなんです」
「そっか、ご両親が……心配しているだろうね」
「いえ、五年前に他界しています」
「それは……すまない、辛い事を思い出させてしまったかな……」
アイザックが言葉に詰まる。
そんな彼を仰ぎ見て結月は笑った。
「気にしないでください。もう五年も前の事ですし、私には彼等が居ましたから」
先を行く四人に目をやれば、その視線に気付いたカンナが大きく手を振った。
それに小さく手を挙げる事で応えた結月が再びアイザックを見やる。
「一人じゃないから、大丈夫でした」
「そっか」
「それに、」
「それに?」
「こちらの世界で新しい家族も出来ましたしね」
「!!」
「カゾクはね、ずっといっしょなんだよ! だからね、アーさんもミーさんもいっしょなの!!」
アーさんとミーさんとはアイザックと、ミシャーラの事だ。
上手く二人の名前が発音出来ないヤヨイは二人の事をそう呼んでいる。
先程の怯えた様子はどこへ行ったのか、結月の腰からやっと離れたヤヨイはアイザックと結月の間に入り二人の手を握りながら笑ってそう言った。
「そっか」
そんなヤヨイにアイザックも笑い返す。
そんな時だった。
先頭に居たカンナが大きな声を上げて駆け出したのだ。
「カンナ!?」
「何かあったのかな?」
状況を確認するためにと残った三人の元へと駆け寄った彼等に慌てた様子のサツキが寄って来る。
「主!」
「サツキ、何があったの?」
くぁ、と欠伸を噛み殺すキサラギや、あらあら、と呑気に微笑むハヅキはマイペースを地で行く猫なのでこの場合あまり役に立たない事を結月はよく知っていた。
「主、カンナの持っていたお金が何者かに盗られました。カンナはそれを追って行ったのですが、俺達も追いますか?」
「スリか。騎士団に通報しよう」
「私はサツキとカンナを追います。ヤヨイを連れて行って下さい。匂いで私達を見つけられると思うので。ヤヨイ、出来る?」
「うー」
「ヤヨイしか頼れないんだよ。アイザックさんを私の所まで連れて来るの。出来るよね?」
ギュッと握りしめられたのはヤヨイ自身の服の袖だ。
「ヤヨイ」
「で、できるよ……できるもんっ!」
その瞳に涙を溜めながら言ったヤヨイの口はキュッと引き結ばれている。
だいぶ慣れたと言ってもまだ出会って日が浅い人について行くだけでも苦行だろうに、更に今居るのは今日初めて訪れた場所なのだ。
人で溢れるその場所で、信頼している飼い主の元を離れるのは、まだ幼いヤヨイにとってとても勇気の要る決断だった。
それでも自分がやらなければいけないのだという事は分かっていた。
だから頷いたのだ。
そんなヤヨイの心情が良く分かるのだろう、結月が低い位置にあるヤヨイの頭をクシャクシャと撫で回した後にその小さな体をギュッと抱き締めた。
「よし、偉い。偉いね、ヤヨイ。大丈夫、ヤヨイなら出来る」
「うん」
「キサラギとハヅキもアイザックさんと一緒に行って」
「はーい」
「分かったわ」
「それではアイザックさん、よろしくお願いします。行こうサツキ」
「はい」
震える声で頷いたヤヨイの頭を再び撫でた結月がサツキを伴って走り出す。
「僕達も行こう。ヤヨイ君、よろしくね」
「うん」
町の中央区にある騎士団の駐在所までは数分の距離だ。
早足に歩き出したアイザックにヤヨイとキサラギ、ハヅキが続いた。