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「明日は町に行きましょう」
ヴィアさんがそう言って来たのはキサラギ達と合流した二日後の昼食の席での事だった。
「町ですか?」
「そうです。あなた達がこの屋敷に来て数日経ちましたが、その間ずっと勉強で町に行く機会もなかったでしょう? そろそろ世間勉強と息抜きも兼ねて町に買い物に出掛けようかと思っていたのです」
ヴィアさんの言うとおり、二日前に王城に行ったきりでそれ以外はずっとこの世界についての勉強で屋敷の中に篭りっ放しだった。
「勉強は私が言い出した事ですし、必要な事ですから別に苦ではないですが……」
「それでも、あなたが新たに学ばなければならなくなった作法は、パーティーなどとは無縁の生活を送っていたあなたにとって大変な事ではないですか?」
「それは、まあ、そうですね……」
爵位持ち、しかもその中でも上位である”公爵家”の養子となった私はこの世界について学ぶ傍ら貴族の作法についても学ばなければならなくなった。
そんなモノとは無縁の場所で生きていた私にとって、作法の練習の方が勉強よりも何倍もキツかった。
そもそも私は一般的な家庭で生まれ育ち今に至る。
ある程度の礼儀作法は身に付いているが、それだけだ。
面接とか、目上の人と話すとか、接客とか、そう言った、あくまで一般的な礼儀作法しか必要としなかった世界に居た私が、貴族位の礼儀作法を身に付けている訳がない。
令嬢らしい話し方とか、令嬢の嗜みの刺繍とか、きらびやかなドレスを着た時の歩き方とか、礼の仕方とか、ダンスとか、私が知るわけがない。
ルルジアナ家は“公爵”の地位を賜っている家だ。
その実子でないにしろ、彼等の養子になったのならこれから先、それなりに社交界の場に呼ばれる事がある。
その時にアイザックさん達に恥をかかせない為にと必死に身に付けようと足掻いてはいるが、あまりにも無縁過ぎたそれらを完璧にモノにするにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「なので偶にはお休みと言う事で、明日は皆で町に行きましょう。町を見て回るのもこの世界について知る一環になりますよ」
「確かにそうですね」
ヴィアさんの言葉に同意を示し、隣に座る人の姿をとったカンナを見やれば、彼女のその大きな瞳は爛々と輝いており、尻尾も大きく振られている。
カンナの隣に座るヤヨイも似たようなモノで、町に行くのが楽しみだとその顔にはデカデカと書かれていた。
対するサツキはと言うと、その眉間にうっすらと皺を寄せ、これから起こるであろう何かしらの問題に早くも頭を悩ませている様だ。
猫である如月と葉月は対して興味がないようで、黙々と食事を進めている。
この五人、只今人の姿を保つ練習と人の作法の練習中である。
因みに、人の姿の時は人と同じ物を食べても平気なのだそうだ。本当に不思議な世界だとついつい感嘆してしまったのはまだ記憶に新しい。
そんな五人の様子に苦笑してヴィアさんへと向き直る。
「でも、この子達は目立ちませんか?」
この世界には犬と猫が居ない。
図らずともこの世界初の犬と猫になった私の愛犬、愛猫たちは何処に居ても注目の的になった。
この屋敷も然り、王城然り。
そんな彼等が、より多くの人の目がある町に出かければどうなるかなど考えるまでもない事である。
「それはちゃんと考えているよ。ね、ミシャーラ?」
ニッコリと笑ってそう言ったのはアイザックさんだ。
アイザックさんに呼ばれたミシャーラさんが一つ頷いて近くに控えていた使用人へと指示を出す。
そうして僅かな後に持って来られたのはそれぞれ色の違う外套であった。
「ミシャーラが縫ってくれたんだよ」
「仕上げは職人に頼みましたけれどね」
「あ、」
そこで二日前にアイザックさんとヴィアさんとの間で交わされていた会話を思い出す。
成る程これの事だったのか。
「わぁ!! 見て見て、ご主人様! 可愛い!!」
手渡された外套を早速身に付けたのはカンナである。
オレンジ色の外套は裾が長く彼女の尻尾まですっぽり覆っている。
「ほらほら!! 耳が付いてるの!」
クルクルと回ったカンナが被っているフードに彼等の頭に生えている獣耳を考慮してか、ソレに合わせた耳が付いた。
「うわぁ、カワイイねぇ!」
「サイズもぴったりだ」
黄色の外套を着たヤヨイが嬉しそうに笑っている傍らで深緑色の外套を着たカンナが感嘆の声を上げる。
「肌触りがいいですわ」
「これ着て昼寝したら最高だねー」
薄桃色の外套を着た葉月が生地の手触りを堪能している横で水色の外套に頬擦りしてウットリと目を細めたのは如月だ。
「気に入ってくれた様で良かったわ」
それぞれの反応に嬉しそうに笑ったミシャーラさんが残っていた最後の一枚を私に手渡す。
「貴女にも作ったのよ。着てくれると嬉しいわ」
「え、私にも?」
「当然よ」
渡された外套は朱色だ。
五人の様に耳が付いてる訳ではなく、長さも肩甲骨の下辺りと少し短めだ。
「可愛い」
「うふふ。貴女のその黒髪と黒の瞳に合うと思ったのよ。やっぱり凄く合ってるわね。可愛いわ」
「うん。皆似合ってるね。それじゃあ明日は朝10時に玄関ホールに集合だよ」
「「はーい!!」」
「承知しました」
「わかったー」
「分かりましたわ」
それぞれに動き出した五人の、何だかんだと楽しそうな様子に小さく笑った私も席を立つ。
「あれ?」
一歩踏み出したところでふと声を上げて今しがた皆に指示を出したアイザックさんを見やった。
「アイザックさんも一緒に行くんですか?」
「勿論だよ。僕は君達の保護者だし、ヴィアだけで君達全員を連れて町を歩くのは大変だろうしね」
「確かに……」
個性豊かな五匹が人の姿で町を歩くのだ。
首輪とリードをつけて行っていた元の世界での散歩とは訳が違う。
思わず頷いてしまった私にアイザックさんが苦笑した。
「それに、彼等の生体に関する調査結果は明後日には市場に出回るだろうけど、明日には間に合わない。もし何かあった時には僕が居た方が都合がいいだろうしね」
確かにその通りである。
「分かりました。明日はよろしくお願いします」
下げた頭の下、思わず上がってしまう口角に、私自身もまた初めての町に少しばかり受かれていたのだった。