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「それじゃあ義兄さんは早めにその子達の生体について纏めてね」
「分かったよ。二、三日中には調査結果を出すから、なるべく早く市場に出回る様に手配しといてね」
「勿論だよ」
ポンポンと交わされる会話。
動物学者のアイザックさんが犬と猫についての調査結果を纏め、それを国王の後ろ楯の元に市場に出せばあっという間に国中に広がる。
この世界に居ない犬と猫が、恐れられる事なくこの国の人達に受け入れられる様にとの二人の配慮だ。
こうして、私達がこの世界で生きていく上で必要な外堀は着実に固められて行くのだった。
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「っ~~~~!!」
声にならない声を上げてヴィアさんが新たに合流した三匹を凝視してくる。
その瞳は輝いており、興奮のせいか頬はほんのりとピンク色だ。
「な、な……」
この数日でヴィアさんにすっかり慣れたカンナとヤヨイがそれとなく距離をとったその数秒後、普段のクールな態度からは想像出来ない位にテンション高めの声が上がった。
「何ですかそのかわい子ちゃん達は!? ユヅキさんが言っていた残りの子達とはその子達の事ですよね!? キャーー!! 可愛い!!」
ズイッと寄って来たヴィアさんにキサラギとハヅキの尻尾がブワッと膨らむ。
私の横に綺麗に並んでいたサツキの背中の毛も逆立ち、三匹がヴィアさんに対して大いに警戒している事が見て取れた。
「あの、ヴィアさん、皆驚いてますので少し落ち着いて貰っていいですか?」
「……コホン、失礼。取り乱しました。初めまして、ユヅキさんの専属教師のヴィルタリア・ガードです。ヴィアと呼んで下さい」
挨拶と共にまるでお手本の様に綺麗な礼をしたヴィアさん。
そんな彼女に、警戒していた三匹は顔を見合わせて頷き合い人の姿に成る。
「サツキと申します。以後お見知りおきを」
「キサラギだよー、よろしくー」
「ハヅキです。よろしくお願いしますね」
それぞれが挨拶し終わったところで漸く屋敷の中へと足を進められた。
因みに今の一連の出来事は全てルルジアナ公爵家の玄関先で起こっていた。
「悪かったね、ヴィア。君の授業を中断させてしまって」
「いえ。ユヅキさんの家族が全員揃ったのならばそれでいいです。私も丁度、奥様に頼まれていた物が出来上がったと連絡を受けていたので、それを取りに行っていました。タイミング的には寧ろ一番いい時でしたよ」
「あぁ、アレが出来上がったのか。早かったね」
「仕上げをしてもらうだけだったので、それででしょう」
「そっか。それじゃあ、近いうちに決行するのかい?」
「五日以内には」
「楽しみだね」
「日程が決まり次第お話致します」
「うん、よろしくね」
道すがら交わされたアイザックさんとヴィアさんの会話に首を傾げながらたどり着いたのは談話室である。
「ただいまミシャーラ」
「お帰りなさいませ、旦那様。ユヅキさん達も、お帰りなさい」
談話室に居たミシャーラさんが出迎えてくれた。
「あ、はい。只今戻りました」
「「ただいまー!!」」
「「「……」」」
「カンナさんもヤヨイさんもお帰りなさい。それと、あなた方がユヅキさんの言っていた子達ね? 初めまして」
ここ数日ですっかりミシャーラさんに馴れたカンナとヤヨイが人の姿になって彼女へと抱きつく。
だいぶ加減はされていると言っても、細いミシャーラさんが二人の勢いに負けてしまわないか毎度心配になってしまうのは致し方ない。
そんな二人を笑顔で受け止め、頭を撫でたミシャーラさんが残りの子達に視線を向けた。
「ネコはイヌと似ているのね。大きさが違うくらいかしら?」
「見た目が似ているだけで、違いは多くありますよ。そもそも生物としての”科”が違いますからね」
「そうなのね。確かにイヌよりも体は柔らかそうだし、鳴き声も『ミャウミャウ』って言ってるし、イヌの『バウバウ』とは違うわね」
鳴き声の認識に違いがあるのは仕方ないのだろう。
少しの違和感を覚えながらも頷いておく。
それぞれの自己紹介を終えた私達は今、ソファに座っている。
その向かいで同じ様にソファに座りながら、その膝に抱き上げたハヅキを撫でているのはミシャーラさんだ。
ミシャーラさんの隣に座っているアイザックさんと、一人掛け用のソファに座っているヴィアさんから恨めしげな視線が向けられているが当の本人は意に介さない様子でハヅキの毛並みを堪能している。
「奥様ズルいです。私も抱っこしたいです……」
「僕もまだゆっくり触れてないのに、君だけズルいよミシャーラ」
「あら、こういうのは早い者勝ちですわよ」
コロコロと笑ったミシャーラさんに二人から不満の声が上がるが忘れないで欲しい。
自己紹介が終わり、やっと少し慣れてきたその時に先程初めて会った人に抱き上げられ膝に抱え込まれてしまったハヅキこそ、この中で一番不満を持っている人物(猫)なのだ。
ピシリ、と不満気に揺れたハヅキの尻尾に苦笑を返す。
救ってあげたいのは山々だけれど、先ずは身近な人達から犬と猫に触れ合う事に慣れて欲しいので今回は黙って見守るだけにしようと決めたのだ。
ハヅキには悪いが耐えてもらうしかない。
『頑張れ』と口パクで伝えれば、再びピシリと白くしなやかな尻尾が揺れた。